第5章16話 110人の敵ぐらい問題ない

 数十メートル進んだ頃だろうか。2人の兵士が見張る扉の前、物陰に隠れたHB274のレンズが傾く。


《ありゃ?》


「どうしましたか?」


《さっき来たときには、この扉に鍵はかかってなかったんだがなあ》


 廊下を分断した扉を見ると、確かにロックを意味する赤い光が輝いている。


「よし、任せろ」


 ロックを解除するのは難しい話ではない。問題は2人の兵士だ。

 コロコロ生物魔法と電気ショック魔法を発動すれば、容易に解決できる問題である。


 魔法を発動し周りの風景に擬態した俺は、すぐさま2人の兵士の背後へ。

 電気ショック魔法を使い2人の兵士を無力化すると、俺は扉の制御盤に触れた。


 小鳥魔法を駆使すれば、扉の向こう側にドロイドが待機しているのが分かる。擬態は継続した方が良さそうだ。


 制御盤のスイッチに触れロックを解除すると、ゆっくり開きはじめる扉。

 やはり扉の向こう側には、頭台のサイズにアームを生やした帝國のドロイドが。


《敵発見、排除する》


「げっ!」


 擬態し姿が見えないはずの俺を補足したドロイドは、容赦なくレーザーを撃った。

 赤のレーザーは寸分狂わず俺の心臓を貫通、俺は血を吐き倒れる。

 地面に倒れた衝撃は感じない。その頃にはすでに、俺は死んでいたのだから。


「ソラトさん、生き返りましたよ」


「え? あ、ホントだ。ありがとう」


 優しさと呆れが同居したフユメの言葉に目を覚ました俺。

 疲労が消え軽くなった体を起こすと、視界に入ったのは、レーザーに撃ち抜かれたドロイドの残骸。

 振り返ればそこには、ライフルを構えたシェノが立っている。


 俺は首をかしげた。


「さっき、どうしてドロイドに見つかったんだ?」


 素朴かつ重大な疑問である。

 これにぶっきらぼうに答えたのはシェノだ。


「たぶん熱探知だと思うよ」


「ああ、なるほどな」


 物体を認識するためには、視覚情報だけに頼る必要もない。

 人間が自然と放つ熱さえ探知すれば、いくら風景に擬態した俺であろうと、見つけ出すことは可能だ。

 そもそも、俺だって小鳥魔法を使い、電磁波を感じ取って敵の位置を確認していたではないか。


 少しコロコロ生物魔法を過信しすぎたようだ。

 ただ、対応策はすでに思いついている。


「だったらこの魔法を併用して……」


 対応策として発動したのは、冷凍魔法。

 氷魔法の応用のようなもので、クーラーのように周囲の温度を下げる魔法だ。

 肌寒さに鳥肌を立てながら、俺は自分の周囲の温度を下げていく。


「どうだ? 熱探知で俺が見えるか?」


《ちょっくら違和感があるが、自動探知には捕まらねえレベルには隠れられてるぜ》


「そうか、なら十分だ。じゃ、先を急ごう」


 対策はバッチリ。

 一度死んだことも忘れ、俺たちは足を動かす。


 足を動かそうとしたのだが、ドロイドに見つかった影響は大きい。

 廊下の先から、帝國軍兵士のものと思われる会話が聞こえてきたのだ。


「こっちから物音がしたんだ」


「本当か? 俺は何も聞こえなかったぞ?」


 緊張感のない兵士たちの会話に、緊張感を刺激される俺たち。

 俺はコロコロ生物魔法を使い擬態すれば良いが、フユメたちはどうするか。

 もしシェノに再び銃を撃たせれば、今度こそ俺たちの存在が敵に知られてしまう。


 わずかなタイムリミット。兵士の影はすでに廊下に差し掛かっていた。

 考えている時間はない。俺はとっさにモフモフ生物魔法を使い、口を開く。


「な~ん」


 気の抜けた鳴き声が廊下に響いた。

 フユメとシェノは唖然としているが、さて結果はどうか。


「なんだ、小動物の鳴き声じゃないか」


「この辺は林が多いからな。悪い悪い。俺の勘違いだった」


「びっくりさせんなよ」


 そんな会話とともに、廊下に差し掛かった兵士の影は消えていく。

 まさかの作戦成功である。

 思わず大きなため息をつき、胸をなでおろした俺たちは、ようやく足を動かした。


 装飾品と絨毯に包まれた宮殿の廊下は、だんだんと壮麗さを増していく。

 これは目的地に近づいている証拠。


 多くの魔法を使い、多くの兵士たちを出し抜き、多くの危機に直面し、だが誰にも見つからず、ついに俺たちは、大広間へと繋がる大廊下に到着した。

 この大廊下を抜ければ、アイシアたちが待つ大広間だ。


 とはいえ、本丸への道は険しい。


《大広間に向かうには、どうしてもこの大廊下を抜けなきゃなんねえ》


「兵士とドロイドの数は、約50です。かなり多いですよ」


「廊下と繋がってる部屋がいくつかあるけど、そこには何人の兵士がいる?」


「20人程度だ。ただ、ドロイドの数は40近い」


「合計110の兵士とドロイドですか!?」


《おいおい、勘弁しやがれ。んなとこ突破するなんて、無謀にもほどがあるってもんだぜ》


 まったくもってHB274の言う通りだ。

 たった3人、しかも戦力となるのは2人で、どうして110の敵を退けようか。


 それでも大廊下は突破しなければならない。

 加えて、フユメは悪い夢でも見ているかのような表情を浮かべた。


「おいフユメ、どうした?」


「大広間から強大な魔力を感じます。きっと魔王たちです」


「マジかよ!? クソ、急いで大広間に向かわないと!」


 最悪の事態だ。魔王はすでに大広間にいるというのだ。

 あの危険な存在が、いつアイシアたちの命を奪おうとするかは分からない。

 少なくとも、俺たちが急がなければ悲惨な結末が待っているのだけは確かだ。


 こうなると小細工を弄している場合ではない。

 仕方なく、俺はシェノと目を合わせ、大廊下に踏み出した。


《待て! お前さん、死ぬ気か!?》


「死ぬのは慣れてる。それに俺とシェノなら、110人の敵ぐらい問題ない。な、シェノ」


「まあね」


 随分と軽い返しだ。

 これから俺たちがやろうとしていることとは正反対である。

 まあ良い。どうせこの大廊下を突破すれば魔王との対決。少し早いが、派手にやろう。


「はぁ……死んじゃったら私が蘇生しますから、もう好きにしてください」


《……つくづくバカなヤツらだぜ、ったくよ》


 フユメとHB274も俺たちに賛同・・してくれた。

 ならば躊躇することはない。


「こういうときは勢いが大事だ! 行くぞ!」


「はいはい」


 物陰を飛び出した俺とシェノ。

 シェノはライフルを構え、流れるように銃口を滑らせ、引き金を引く。

 撃ち出されたレーザーは的確に帝國軍兵士の頭や胸に直撃、彼らの息の根を止めた。


 この間に、俺は両腕を突き出し、大廊下に繋がる部屋の扉を土魔法で封鎖する。


「これで少しは時間が稼げる――」


 言い終わる前に、背後から赤のレーザーが飛び抜け、俺の腕をかすった。

 今のは間違いなくシェノの攻撃だろう。


「おい! 危ないだろシェノ!」


「射線上にいるあんたが悪いんでしょ!」


 つまりは邪魔だということか。

 俺はそこはかとない怒りを抱きながら、シェノに殺されぬよう身を低くする。


 そこはかとない怒りは敵にぶつけて発散だ。


 土魔法に続いて、俺は氷柱魔法を発動し、凍りついた鋭利な氷柱を敵に向かって放つ。

 氷柱は帝國軍のレーザーに削られながらも、帝國のドロイドを次々に破壊。

 痛々しく中身をあらわにしたドロイドたちは、火花を散らせ床に落ちていく。


「こっちは大人数だぞ! 何を苦戦している!?」


 そう叫んだ兵士は、直後にシェノに頭を撃ち抜かれた。


 柱や装飾品を盾にしたシェノは、一発も外すことなく帝國軍兵士を銃撃。

 土の壁のひとつが破壊され、すぐ側に帝國軍がなだれ込もうと、彼女は平気な顔をしていた。


 とっさに拳銃に持ち替えたシェノは、なだれ込んだ帝國軍兵士の胸と頭を撃ち貫き、あっという間に死体の山を作り上げる。

 まるで敵がわざとシェノの銃口の前に立つかのように、シェノの攻撃は的確であった。


 一方の俺は氷柱魔法を乱射し、面での攻撃で帝國軍の動きを止めた。


 あえて氷柱魔法を止めれば、兵士たちは顔を出す。それをシェノが銃撃する。

 そうやって俺たちは、兵士の数を確実に減らしていく。


「クソ! またやられた!」


「援護を頼む!」


「無茶だ! 自分の身を守るだけでも精一杯なんだぞ!」


 飛び交うレーザーと氷柱の合間から聞こえる、兵士たちの必死の叫び。


 徐々に大広間の扉へと近づく俺たちに焦ったか、兵士たちはドロイドを引き連れ制圧射撃を敢行。

 対する俺は氷の壁を作り、おびただしい数のレーザーを遮った。

 氷の壁にはレーザーが突き刺さるが、壁が破壊される恐れはない。


 おそらくライフルがオーバーヒートしたのだろう、帝國のレーザーの数が激減した。

 この機会を逃さず、俺は氷の壁を氷柱に変換し帝國軍を襲う。


 突然の氷柱を避けることに集中した兵士たちは、シェノの突撃に対応できない。

 兵士たちの集団に紛れたシェノは、拳銃一丁のみで兵士たちを蹂躙した。


「これで半分」


 そのつぶやきと同時、土の壁が吹き飛び大勢の兵士とドロイドが大廊下に。

 一発のレーザーが俺の肩をかすめ、強烈な痛みが俺の顔を歪ませる。


 だからなんだ、この程度の怪我、知ったことか。

 俺は氷柱魔法だけでなくマグマ魔法も発動、兵士やドロイドたちを突き刺し切り裂く。


「あと少し」


 がむしゃらに魔法を放つ俺、オーバーヒートしたライフルを捨て敵のライフルを構えるシェノ。

 死体とドロイドの残骸が転がる大廊下で、俺たちは攻撃の手を緩めない。


 一部の兵士は逃げ出してしまったのだろうか、立ち向かってくる兵士は数えるほどだ。

 飛び交っていたレーザーは、もはや一方的。


 おそらくだが、残った兵士は俺たちの前に立ち塞がる数名だけだろう。

 簡易シールドの裏に隠れた彼らを吹き飛ばすため、俺は力を込めて腕を突き出した。


「終わりだ!」


 邪魔な簡易シールドごと吹き飛ばそうと発動したのは、土魔法。

 土魔法により作り出されたのは、大樹のような柱。

 その柱を兵士たちにぶつけ、俺は彼らを吹き飛ばす。


 吹き飛ばされ宙を舞った兵士たちは、その勢いのままに大広間への扉に叩きつけられた。

 扉だけでは勢いを殺しきれない。

 兵士の勢いに扉は破壊され、大広間と大廊下を分けていた存在は消え去る。


 都合が良い。俺とシェノ、フユメの3人は、魔王を止めアイシアたちを救うため、大広間へと突入していく。

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