第5章17話 どちらが化け物か分からんではないか

 いざ大広間に突入すると、そこはすでに戦場であった。


 壁や床、天井には、蜘蛛の巣模様に似た大きなヒビ。

 多様な種族、大勢の人々は身をかがめ、諦めの中に沈み込んでいる。

 ライフルを構えた帝國軍兵士たちは、茫然自失し立ちすくむ。


 彼らを包み込むのは、雪のように舞う、まだ火のついた灰。

 大広間に立つのは、魔王とハオス、デイロン、そして彼らに立ち向かうメイティのみ。


「メイティちゃん! 大丈夫ですか!?」


 そう叫んだのはフユメだ。

 対してメイティは、魔王から目を逸らさない。


「……わたし、大丈夫……みんな、助けないと……」


 ただ1人で魔王に立ち向かうメイティの、なんとも勇者らしい言葉である。

 自分のことよりも、まずは大広間にいる大勢の安全ということだろう。

 俺は辺りを見渡し、現状をある程度理解した。


「見た感じ、メイティがみんなを救ってくれたみたいだな」


 この俺の言葉に反応したのはアイシアであった。

 魔王の眼前、デイロンの足元で膝をついていたアイシアは、どこか誇らしげな表情。


「ええ、メイティさんは魔王を恐れることなく、わたくしたちを救ってくれたんですの」


「さすがはメイティ、俺の愛弟子だ」


 思わず俺も鼻高々な気分。

 なぜだろう、メイティの活躍は自分のことのように嬉しいのだ。

 誰かを守ろうとする彼女の姿が、とても誇らしく思えるのだ。


 メイティのもとに駆け寄ったフユメは、モフモフの頭を撫でて優しく微笑む。

 照れくさくなったのか、メイティは無表情を貫きながら、尻尾をゆらゆらとさせていた。


 伝説のマスターである俺は、アイシアの側に立ち、愛弟子と同じく魔王の前に立ちはだかる。


「我の邪魔をしにきたか」


 怒りをのぞかせた魔王は、忌々しそうに俺たちを見下した。

 今さら彼は何を言っているのだろう。 


「当たり前だろ。俺は救世主だぞ。魔王の邪魔をするのが仕事だ」


「フン、お主はつくづく目障りな存在だ」


「その言葉、そのまま返す」


 ここは『ステラー』であり、本来は魔王と戦う世界ではなかったはずだ。

 魔王がここにいなければ、俺は今頃コターツでゆっくりとしていたはずなのだ。

 コターツタイムを邪魔したという意味では、俺にとっては魔王の方がよっぽど目障りである。


 感情のまま率直な気持ちをぶつけた俺に対し、魔王はニタリと笑って指示を下した。


「まあ良かろう。ハオス! デイロン! 救世主など放っておき、この場にいる哀れな者どもを皆殺しにせよ!」


 目的――世界の破壊を優先させた魔王。

 彼のしもべたちは、命を奪うことをむしろ喜び、指示に従う。


「かしこまりました」


「アハハ、最高の命令だ!」


 ハオスは両腕を突き出し、デイロンは銃を構えた。

 救世主を放っておき人殺し宣言とは良い度胸だ。

 そう簡単に俺たちを放っておくことなどできないと、教えてやろう。


「メイティ!」


「……うん……!」


 反射的に両腕を突き出した俺とメイティ。

 今にも引き金を引こうとしているのはデイロンだ。


 誰一人の命も奪わせぬため、俺はデイロンの銃に向けて氷柱魔法を放つ。

 氷柱は見事にデイロンの銃を貫き、デイロンの殺意を妨害した。


 この間、ハオスは水を含んだツタを大量にねじらせ、命を奪うことに躍起になる。


 対するメイティは炎魔法を使いツタを焼くも、水を含みねじれたツタは簡単には燃えない。

 であるならば、水を利用するだけ。


 俺は氷魔法を発動し、ハオスの生み出したツタを凍らせた。

 続けざまにメイティがマグマ魔法を使い、凍りついたツタを細かく切り落としていく。


「なんだよ、ハオスの魔法はこの程度か?」


 はっきり言って、『ムーヴ』で戦った四天王たちの方が、ハオスよりも強い。

 いくら魔族を名乗ろうと、体が人間では限界もあるということか。

 想像していたよりも遥かに弱いハオスに、俺は肩透かしを食らった気分だ。


 ただ、それが油断を呼び込んだ。


「アイシアさん! 危ない!」


 フユメの叫びを聞いてはじめて気づく。

 禍々しいオーラを纏った腕を伸ばし、魔王は今にもアイシアの命を奪おうとしていたのだ。

 魔王の攻撃次第では、魔法での妨害は間に合いそうにない。


「クソッ……!」


 ほとんど脳は使わなかった。

 本能的に体を動かした俺は、魔王の腕とアイシアの間に立つ。


 と同時、魔王の腕から放たれた紫色の光が俺の脇腹に食い込んだ。

 まるで肉を抉り出すような痛み。五感は悲鳴を上げ、喉は詰まる。全身からは力が抜け、俺の体は床に倒れ込んだ。


 しかし、この違和感はなんだろうか。


「すぐに治癒魔法をかけます! メイティちゃん! シェノさん! 援護をお願いします!」


「……任せて……」


「化け物の相手、ね」


 2人の頼もしすぎる少女に命を預け、フユメは俺の治療に専念した。


 赤く染まる視界の中で、フユメの治癒魔法の光が浮かび上がる。

 すると痛みは緩和されていき、五感は落ち着きを取り戻し、視界は通常の世界へ。

 呼吸が整う頃には、俺の脇腹に傷口など存在しない。


「治癒魔法、終わりましたよ」


「助かった。いつもありがとうな」


「いえいえ、ソラトさんがどんな怪我をしようと、何度死のうと、ソラトさんを助けるのが私の仕事です。だから、安心して大怪我をしてください。死んじゃっても大丈夫ですよ」


「やっぱり俺が怪我したり死んだりするのが前提なんだな」


 優しい笑みとぶっ飛んだ内容の言葉に、俺は苦笑いを浮かべるだけだ。

 まあ、いい加減にフユメのこの価値観にも慣れてきた。

 今は粗末に扱える自分の命より、他人の命である。


「シェノ! そっちは――大丈夫そうだな」


 上体を起こした俺の視界に映り込む、ハオスと戦うシェノの勇姿。

 拳銃片手に魔法を避け、レーザーを撃つ彼女は、魔法が使えぬただの人間だ。

 ただの人間が、拳銃一丁で、魔法を使える魔族と戦っているのだ。


 これにはハオスも驚いた様子。


「我ら魔族を相手に、ただの人間が生き延びるとは、どちらが化け物か分からんではないか」


「喋ってる余裕なんてあるの? ハオス皇帝さん」


 隙をついたシェノはナイフを投げる。

 そのナイフがハオスの魔法に叩き落とされると、今度は拳銃の引き金を引く。

 魔法で出現した壁にレーザーが遮られれば、次には別の位置から銃撃。

 そうしてハオスを防戦一方に追い込む。


 あれを、攻撃こそ最大の防御というのだろう。

 ハオスはもうしばらくシェノたちに任せ、俺は近くで身をかがめるアイシアに話しかけた。


「おい、アイシア」


「なんですの?」


「お前に伝えたいことがある」


 脇腹に手を当てた俺は、先ほど感じた違和感から導き出した、ある答えを口にする。


「さっきの魔王の攻撃、わざとお前を外してた」


「ほ、本当ですの!?」


「じゃなきゃ、俺は1回死んでるよ」


「そうでしたの……しかし、どうして?」


 魔王の腕とアイシアの間に、俺は立っていたのだ。

 もし魔王が本気でアイシアを殺そうとしたなら、魔王の攻撃は俺の脇腹ではなく、胸を貫いたはず。

 俺の脇腹を貫くルートでは、魔王の攻撃はアイシアには当たらない。


 ではなぜ、魔王はアイシアを殺せぬ方向に攻撃を放ったのか。

 ただの脅しやノーコンが理由とは思えない。であれば、わざと外したとしか思えない。


 わざと外したとしたら、それこそなぜなのか。

 答えはひとつしかないだろう。


「まさか……」


 早くもフユメは気づいたようである。

 彼女はアイシアに近づき、表情を明るくした。


「もしかしたら、魔王の魔核に抵抗しているカムラ陛下の人格が、アイシアさんを守ったのかもしれません!」


「待ってくださいの! ということは、カムラ陛下――お父様の人格が残っている!?」


「その可能性は高いです!」


 もとよりカムラの人格が消えたのは確定事項ではなかった。

 カムラの人格は消えたかもしれないし、残っているかもしれない、というのが正しい認識。

 そして今、カムラの人格が残っている可能性が高まったのである。

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