第5章15話 たぶん、この魔法を使えば……

 惑星サウスキア上空にヤーウッドが現れた。

 これに帝國艦隊は気を取られ、1隻の輸送船がサウスキアに進入したことに気づけない。


 1隻の輸送船――グラットンはレーダー網を避け、宮殿近くの林の中へ。


 木々に身を隠しエンジンを止めたグラットン。

 俺とフユメ、シェノは地上に降り、雨に打たれながら宮殿の様子を眺めた。

 最も詳細に宮殿を観察しているのは、ライフルのスコープを覗いたシェノである。


「宮殿の入り口は封鎖されてる。外周は5メートルおきに帝國軍が警備、窓や扉にはドロイドが張り付いてるよ」


 特に驚くこともないシェノだが、俺は頭を抱えた。

 これから向かう先は、それだけ敵に囲まれた場所ということ。頭を抱えて当然。


 だいたい、遠くの空を見上げれば、そこでは巡洋戦艦ヴィクトルが雨雲を支配しているのだ。

 今の宮殿は、絶望的な状況なのである。

 フユメも俺と同じ考えからか、強張った表情。


「厳重な警備ですね。どうやって宮殿に潜入しますか?」


「そうだなぁ……もう魔王は来てるだろうし、できれば急ぎたいんだが……」


 宮殿内で厨二病を発症した魔王が、アイシアたちを傷つける可能性は十分にある。

 むしろ魔王は、そのために宮殿にやってきたのだろう。


 時間はあまりない。

 なんとかして宮殿に潜入する方法がないかと考える俺たち。


 だがここで、シェノが何かを見つけたようだ。


「うん? ちょっと待って、あのドロイドは……HBだ!」


 今度こそは少しばかり驚くシェノ。

 同時に、俺の心にわずかな余裕と明るい希望が生まれた。


「HBがウロウロしてるってことは、エルデリアが俺たちを探してるのかもしれない。まずはHBと合流しよう」


「はい!」


 方針が決まれば、すぐに行動だ。

 俺は魔法使用許可がまだ有効であることを確認し、フユメは防弾スーツを身につける。

 シェノはライフルを握り、拳銃をぶら下げ、グラットンにいるニミーに言いつけた。


「ニミー、おとなしくお留守番しててよ」


「わかったー! ニミー、ナツちゃんとあそんでるね!」


 満面の笑みと素直な返事に、シェノは安心する。

 対して俺とフユメは首をかしげた。


「またナツちゃんか」


「一体、ニミーちゃんの言うナツちゃんとは、誰のことなんでしょうかね?」


 何度か聞いた名前。

 知らぬうちに惑星ドゥーリオでニミーが仲良くなった子の名前だろうと思っていたが、そうでもなさそうだ。

 よりにもよって、帝國に占領された宮殿の、その近くにある林の中に、ニミーの友達がいるとは思えない。


 ナツちゃん――まったくもって謎の存在である。

 いつかニミー本人に聞いてみよう。


「行くよ」


 俺たちの疑問など構うことなく、シェノは濡れた土を踏みしめ先に進む。

 置いていかれまいと、俺たちはナツちゃんへの疑問を忘れシェノの背中を追った。


 雨の中、草木生い茂る林の中を歩くのは最悪だ。

 ただでさえびしょ濡れの服には、葉っぱに滴る雨水までもが降りかかる。

 たっぷりと水を吸い込んだ服は肌に張り付き、不快感ばかりが募っていった。


 唯一の救いは、ブーツが水をよく弾くこと。もしブーツの中にまで水が入り込んでいれば、炎魔法で付近の水を全て蒸発させていたところだ。

 雨に沈む林の中ですら表情ひとつ変えないシェノが羨ましい。


 さて、不快感と引き換えに林を抜けた俺たちは、宮殿を目前に物陰へ。

 帝國軍兵士たちに囲まれた宮殿に目をやると、宙を浮く見慣れたドロイドの姿が。


「いました、HBさんです」


 フユメの指さす先にいるHB274に対し、シェノは小さなライトを当てた。

 ライトに気づいたHB274は、帝國のドロイドに紛れてこちらにやってくる。


 俺たちの側までやってきたHB274は、レンズを見開き言った。


《おう、お前さんたちなら来てくれると信じてたぜ》


「悪いな、少し遅くなった」


《問題ねえやい、まだ間に合うさ》


 機械のアームを振り回し、続いてホログラム状の地図を浮かばせるHB274。


《王女様方は宮殿の大広間に集められてる。けどよ、おいらに感謝しな。警備に見つからず、宮殿に潜入できる良いルートを見つけてやったぜ。ついてきやがれ》


 さっさと地図を消した小さなドロイドは、意気揚々と、宮殿とは逆の方向に進む。

 ここは彼とエルデリアを信じよう。


 宮殿に背中を向け、俺たちはHB274の後についていく。


 しばらく雨の中を歩き、宮殿から離れた庭園、そこにある池の近くで俺たちは足を止めた。

 池の近くには、地下へと続く小さな穴があったのだ。


《ここだ。この地下ルートから、宮殿の地下室に抜けられる》


 意外な場所に抜け道があったものである。


 穴を塞ぐ蓋を外し、まずはシェノとHB274が、続けてフユメが、最後に俺が梯子を下り、穴に入り込んだ。

 穴の先に広がったのは、ジメジメとしたトンネル。


「薄暗いですね」


「だな。ま、光魔法を使えば大丈夫だろ」


 すぐさま光魔法を発動し、俺はトンネルを照らす。


 光に当てられ浮かび上がったのは、指で触れれば手が黒ずむほどに汚れたコンクリートの壁。足元には雨水が流れている。

 人間が通るのがやっとの、ゲームに登場しそうな古くて狭いトンネルだ。

 下水道ではないのか、鼻を刺激するのはカビ臭さだけだった。


 帝國軍兵士と雨がしのげる分、外を歩くよりは何倍もマシだろう。

 光魔法を頼りに俺たちは先を急ぐ。


 複雑に入り組んだトンネルをHB274の案内に従い進めば、地上へと繋がる梯子を発見。


《ここだ。ここを上れば、宮殿の中庭だぜ》


「あっそう」


 有無を言わさず梯子を上ろうとしたシェノに、HB274は忠告した。


《こっからは敵さんの警備の網をかいくぐらなきゃなんねえ。気をつけやがれよ》


 知ってる、と言わんばかりに梯子を上り、慎重に蓋を開けるシェノ。


 幸運なことに、梯子を上った先、宮殿の中庭に帝國軍兵士たちはいないらしい。

 シェノに急かされ梯子を上った俺たちは、そのままの勢いで宮殿の建物内に潜入した。


 建物内には、帝國軍兵士が多くいることだろう。そこで俺は思いつく。


「たぶん、この魔法を使えば……」


 空を舞い歌う小鳥たちの感覚を思い出し、また想像し、試しに発動してみたのは『小鳥魔法』だ。

 電磁波を感じ取れる小鳥から学んだ魔法である。おそらく俺も同じ能力を得たはず。


 結果は想定していた以上のものであった。

 ありとあらゆる電磁波を感じ取れるようになった俺は、壁の向こう側にいる兵士の姿すら見える・・・ようになったのだ。

 ついに俺は透視能力者になったのである。


「これは期待できそう」


 敵の位置が確認できるというのは重要。

 壁の向こう側にいる兵士が逆を向いたのを確認すると、俺は先陣を切った。


「今だ、行くぞ」


 敵の隙をつき、誰にも見つかることなく、そそくさと廊下を横断する俺たち。

 小鳥魔法、大活躍である。


 次の帝國軍兵士を探すため、俺は廊下で息を潜ませ辺りを見渡した。


「おっと……」


 辺りを見渡した結果、俺は気づいてしまった。俺と同じく息を潜め、廊下にしゃがみ込んだフユメとシェノの服の下が見えていることに。

 色合いこそ青白いものの、フユメの柔らかそうな胸や、シェノの長く筋肉質な手脚が、くっきりと見えている。

 普段は見せることのない2人の、一糸まとわぬ姿が、はっきりと俺の脳に映っている。


 まさかこんな場所で、全世界の男の子の夢が叶うとは。


「これは……禁断の魔法!」


 自分の顔がにやけていないか心配だ。

 任務中に2人の裸を見ていました、となれば、俺はしばらくあの世から帰れなくなる。


 少しでも任務に集中するため、断腸の思いでフユメとシェノから視線を外し、敵の捜索を再開。


 捜索を再開した結果、俺は気づいてしまった。廊下を見張る帝國軍兵士たちの服の下が見えていることに。

 隠し事は何もない。廊下には屈強な男たちの全てが並んでいる。

 屈強な男たちがぶら下げる武器・・たちが、はっきりと俺の脳に映っている。


「……天国と地獄は隣り合ってるんだな」


「ソラトさん、さっきから1人で何を言っているんですか?」


「いや、なんでもない」


 男の裸を見続けるのは、なかなかに酷だ。

 だからと言って、目の保養にフユメとシェノをちらちらと見るのも不審すぎるだろう。


 誠に遺憾ではあるが、ここは電磁波の感じ取り方を調整し、敵の向いている方角が分かる程度にしておくしかない。

 全世界の男の子の夢、男たちの前に破れたり。


 さて、なんやかんやありながらも、小鳥魔法のおかげで俺たちは宮殿の廊下を順調に進む。


 けれど、いつまでも順調は続かない。

 5人の帝國軍兵士が、廊下を塞ぎ話し込んでいたのだ。


「あれは避けられそうにないよ」


「任せろ。なんとかする」


 銃を構えたシェノを制止し、俺は新たな魔法を使った。

 あのコロコロとした生物の感覚を思い浮かべ、想像し、発動した次の魔法は『コロコロ生物魔法』である。

 コロコロ生物魔法を使った途端、フユメとシェノの表情が驚きに彩られた。


「ソラトさん、すごいです。ソラトさんの姿が見えません」


「へ~、それなら行けそうだね」


 2人が驚くのも無理はない。

 地面を転がるコロコロ生物の特徴は、周囲の風景への完璧な擬態である。

 まるでその場から消えてしまったかのように風景に溶け込む擬態能力を、俺は得たのだ。


 今の俺は、廊下に擬態した、事実上の透明人間。

 廊下を塞ぐ5人の兵士の前に飛び出そうと、兵士たちは俺の存在に気づかない。


 兵士たちの背後に立った俺は、彼らの首元に指を近づける。

 五感に思い浮かべ、頭で想像するのは電気ショック魔法。


「そのとき俺は言ってやったんだ。お前がザザラ人なら――うわ!」


「おい、どうした?」


「まさか酒の飲み過ぎ――うっ!」


「は!? なんだ!? 何が起こって――ああ!」


 一見すると何もない場所で、突然に痙攣し、気絶する5人の兵士たち。

 亡霊にでも襲われたかのような彼らを見下ろし、俺はコロコロ生物魔法を解いた。


 敵の排除を終え、フユメとシェノ、HB274とともに、俺は再び先を急ぐ。

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