第5章8話 俺はもはや提督ではない

 出入り口を封鎖された格納庫は、補助電源によるわずかな光に照らされただけの薄暗い空間。

 数隻の輸送船がうっすらと見えるだけのこの場所で、俺たちは辺りを見渡す。

 見渡した結果、フユメが探し物を見つけたようだ。


「あのフロート・カーゴですね。運転は私が」


「フユメ、運転なんかできるのか?」


「大丈夫です。シェノさんに教えてもらいましたから」


「お、おう」


 俺の知らないフユメのスキル。

 どうにもシェノに教わったという言葉が気になるが、贅沢は言えない。

 フロート・カーゴの運転席に収まったフユメは、自動運転を切りハンドルを握った。


「ほら! 私、きちんと運転できますよ!」


 エネルギー生成装置の側にフロート・カーゴを動かし、誇らしげなフユメ。 

 ここまでは合格だ。


「載せるぞ!」


 格納庫に長居はしたくない。

 文明の利器を利用し、エネルギー生成装置を半自動的にフロート・カーゴに乗せ、俺もフロート・カーゴの荷台に乗り込む。

 これで出発の準備は完了。


「よし! 行け行け!」


 荷台を叩きフユメへ合図を出した俺。

 するとフユメはうなずき、フロート・カーゴが急加速した。


 突然の加速によって荷台に転がった俺を、今度は凄まじい遠心力が襲う。

 フロート・カーゴは、横転寸前の勢いで大きくカーブをはじめたのだ。

 思わず俺は、ハンドルを目一杯に切るフユメに叫んでしまう。


「うわっと! フユメ、運転が荒いぞ!」


「速度最優先です!」


 どことなく焦りを滲ませたフユメは、アクセルをベタ踏みし、ハンドルを右往左往させる。

 やはり、シェノ先生のフロート・カー教室は頼りにならなそうだ。


 それでもフロート・カーゴは、壁にぶつかり地面に置かれた箱を吹き飛ばしながらも、狭い通路を進み制御室へと向かう。

 荷台に乗った俺は、間近に迫る壁に恐怖を覚えながら、必死に荷台にしがみついた。

 響き渡るエンジン音、殺風景な廊下、わずかな明かり。鼓動は早くなるばかり。


 そんな中、フユメの報告が俺の鼓膜を震わせる。


「帝國軍兵士が出てきました!」


 思いの外に早い登場。

 廊下に並んだ帝國軍兵士たちは、フロート・カーゴの行く手を遮るかのようにライフルを構え、引き金を引いた。

 容赦なく撃ち出された赤のレーザーは、フロート・カーゴに突き刺さっていく。


「クソ……そこをどけ!」


 そっちが本気なら、こっちも本気だ。

 俺は風魔法を使って帝國軍兵士たちを吹き飛ばした。


 風に飛ばされ数メートルも遠くの床に倒れた帝國軍兵士たち。

 彼らはさらに吹き荒れる突風に押し戻され、立ち上がることはおろか目を開けることすらできない。

 廊下を塞ぐ肉壁は、あっという間に崩壊したのだ。


「まったく、たかが帝國軍兵士なんかに、この真の英雄を止められると思ったか!」


 魔法修行で鍛えられた救世主。デスプラネットを破壊した英雄。魔王との戦いに挑もうとしている勇者。

 そんな俺を止められるヤツが、この場にいるはずない。そう思っていた時期が俺にもありました。


 荷台で胸を張っていた俺だが、その胸を赤いレーザーが貫く。

 どうやら、突風の中でがむしゃらに放たれた帝國軍兵士の攻撃が、運悪く俺に命中したらしい。

 胸を貫かれた俺は、痛みに意識を飛ばし、重い体を荷台に打ち付けた。


 勇者、ここに死す。


 勇者、ここに蘇る。


 目を覚ました俺は、復活一番にフユメに怒鳴られてしまう。


「帝國軍兵士にあっさり止められてるじゃないですか!」


「すまん、油断した」


 上体を起こすと、フロート・カーゴに迫る帝國軍兵士たちが視界に映った。

 死んだ俺を蘇らせるため、フユメはフロート・カーゴを止めているのだ。このままでは帝國軍兵士たちに囲まれてしまう。


 そこで俺は氷柱魔法とナイフ魔法を発動、冷たく鋭い切っ先を帝國軍兵士たちに殺到させた。

 想定外の反撃だったか、帝國軍兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


 しかし、もう遅い。廊下を埋め尽くす大量の氷柱とナイフは、帝國軍兵士たちに逃げ場など与えない。

 次々と氷柱やナイフに刺され、倒れていく帝國軍兵士たち。


「これでさっきのはチャラにしてくれ」


「はぁ……分かりました」


 大きなため息をつきながらも、運転席に戻るフユメ。

 再び動き出したフロート・カーゴは、倒れた帝國軍兵士たちを横目に廊下を走る。


 しばらくして、俺たちは開けた空間に到着した。

 ブロックの凹凸のように並んだ数多の機械と、ツタのように垂れたコード類に支配されたその空間は、おそらく俺たちが目指した地。


「ここが制御室か?」


「はい、間違いありません」


 ようやく目的地に到着だ。


 制御室には呆然とした様子の人々が数多くいるが、彼らの服装は兵士のそれではない。

 非戦闘員の命を奪うのは気が引けるため、俺は彼らを氷魔法で凍りつかせる。


 ついでに出入り口も氷の壁で封鎖だ。


「よし。じゃあ、さっさと荷物を下ろすぞ」


 制御室の中心にフロート・カーゴを停め、俺たちはタイムマシン破壊の準備に取り掛かる。

 まさにそのときであった。


《アハハ! 見てください、魔術師がタイムマシンの制御室にいますよ》


 どこからか聞こえてきた、嫌な思い出にまみれた声。

 戦闘態勢で周囲を確認すると、制御室の壁に置かれたモニターに、そいつら・・・・は映っていた。


「デイロン!」


「ハオス提督とカムラ陛下――魔王もいます!」


 モニターに映っていたのは、帝國の旗が虚しく垂れ下がる玉座の間の様子だ。


 狂気に満ちた笑みを浮かべるのはデイロン。

 そんな彼の足元には、ツヴァイク皇帝とリー総督の亡骸が転がっている。

 ツヴァイク皇帝を失った玉座には、満足げな表情をし俺たちを見下すカムラ――魔王の姿が。


 俺たちの声が聞こえていたか、魔王の隣に立つハオスは、その歪んだ口を開いた。


《失礼な。俺はもはや提督ではない。俺はエクストリバー帝國の新たな皇帝だぞ》


「お前が皇帝? じゃ、なんでサウスキア国王・・・・・・・が玉座に?」


《何を世迷言を》


 あざ笑うハオス。

 続けて、玉座に深く腰掛けた魔王が、低い声を轟かせる。


《ハオスを新皇帝に任命したのは、この我ぞ》


 それがこの世のことわりであるかのような魔王の口調。

 なんとも偉そうなことだ。

 つい苦笑してしまった俺は、魔王に言い放つ。


「へ~、知らなかったよ。魔王に皇帝を指名する権限があったなんてな」


《お主、われが魔王であることに気づいたか。ならば教えよう。我は『プリムス』の作りし偽りの世界を破壊せし者。贋作のひとつに過ぎぬ『ステラー』を破壊するため、帝國には先兵となってもらう。ゆえに、帝國はもはや我の玩具。皇帝の任命など遊戯に過ぎん》


「あっそう」


 仰々しい言葉を並べたところで、ようは厨二病ではないか。

 何が偽りの世界だ。何が『ステラー』を破壊する先兵だ。何が遊戯だ。

 厨二病なんかで世界を破壊されてたまるか。

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