第5章7話 未来のお前から過去のお前に伝言だ

 白い光の波は漆黒の闇に塗り替えられ、氷の幕が視界を遮った。

 氷の幕が即座に蒸発し煙に姿を変えると、ようやく視界が開ける。


 グラットンに乗る俺たちの眼前には、歪な円環状の巨大宇宙ステーションが浮かんでいた。

 それは以前――厳密には数分後――にも目にしたことのある宇宙ステーション。

 鈍い明かりが灯り、建物が肩を寄せ合う、世界の端に追いやられた者たちの最後の居場所、帝國の本拠地『デスティネイション』である。


 デスティネイションは、当然ではあるが、よそ者である俺たちに警戒心を向けた。


《所属不明の輸送船、応答せよ。貴船はエクストリバー帝國の宙域を飛行している。すぐさま船籍ナンバーを提示し、こちらの誘導に従え》


 機械的ながら、敵愾心てきがいしんを内包する帝國の管制官からの無線。

 シェノはこれを無視し、グラットンをデスティネイションに突撃させる。

 途端、管制官からの無線に熱が入った。


《繰り返す、すぐさま船籍ナンバーを提示し、こちらの誘導に従え。さもなければ撃墜――》


 言い終わる前に、シェノは無線のスイッチを切ってしまった。

 これには管制官も唖然としていることだろう。

 知ったことではない。俺たちはデスティネイションに攻撃を仕掛けようとしているのだ。仲良くなる余地などない。


 グラットンはデスティネイションの表面をかするように低空飛行。

 数多の建造物の合間を縫い、そのまま標的へと一直線だ。


「あったぞ。送電網だ」


 開けた空間にそびえる複数の鉄塔。

 デスティネイションの中心部に電力を送る、あの送電網こそが、俺たちの標的だ。


 低空飛行を続けていたグラットンは、鉄塔の目前で急上昇をはじめる。

 同時にシェノが言い放った。


「爆弾投下」


 同時、荷台にぶら下がっていたコンテナが切り離される。

 弧を描き落下していくコンテナは、デスティネイションへのお土産だ。


 気になる中身は何かって? サウスキア近衛艦隊特製の爆弾詰め合わせである。


 爆弾をたんまり詰め込まれたコンテナは、送電網の中心に転がった。

 約100メートルからの落下の衝撃に、コンテナはゴムのように歪む。

 そしてその衝撃は、爆弾の信管にまで伝わり、送電網の中心に巨大な火球が出来上がった。


 鉄塔は折れ曲り、コード類は切り裂かれ、莫大な電力は四方八方へ散乱。

 送電網を破壊されたデスティネイションから、次々と明かりが消えていく。


「停電が発生しまた! 過去のシェノさん、今です!」


《はいはい》


 無線を通して伝えられる、フユメから過去のシェノへの報告。

 過去のシェノたちを乗せたグラットンは、玉座の間が鎮座するタワーへと飛んだ。

 標的の破壊を終えた俺たちを乗せるグラットンも、急いでタワーの方角へ。


 暗闇の中で、デスティネイションから突き出るタワーは、さながら鬼のツノのよう。


 俺たちがタワー上空に到着したとき、過去のグラットンは、2人の人物を船に乗せている真っ最中であった。

 破壊された壁から土の橋を渡るあの2人は、間違いない。


「過去のソラトさんと私の回収、確認しました!」


 副操縦席から外を眺めていたフユメが、そう叫ぶ。

 過去の再現は順調に進んでいるのだ。


 2人を回収しタワーを離れた過去のグラットンは、一気に高度を上げる。


 高度を上げ、デスティネイションの地平線の先に見えてきたのは、青白く輝いた光の幕が張る、指輪のような円環状の建造物。

 暗闇に沈んだデスティネイションの中で唯一、幻想的な明かりに浮かんだタイムマシンだ。


「来たぞ。無人戦闘機の群れだ」


 嬉しくはないが、これも過去の再現が順調である証拠。

 あのときと同じように、おびただしい数の無人戦闘機がこちらへ向かってきたのである。


 もちろん、過去の再現は悪いことばかりではない。

 乱雑な艦影をした軍艦――ヤーウッドが無人戦闘機たちの背後に現れたのだ。


《こちらヤーウッド、これより魔術師たちの護衛を開始する》


《目標は帝國軍の無人戦闘機です! 撃ち方用意! 撃てぇぇ!!》


 ヤーウッドの艦体に並ぶ砲が輝き、雨のようなレーザーが無人戦闘機の集団に降りかかる。

 唐突な攻撃に数機の無人戦闘機は火だるまとなり、部品を散らばせた。


 無人戦闘機を攻撃するため、グラットンも大きく旋回。


「シェノ、くれぐれも慎重に……って、うお!」


「おお~! みてみて! きれいだよ~! はなびみた~い!」


「花火を眺めるなら、外側からにしてくれ!」


 グラットンが突入したのは、ヤーウッドが放つレーザーの雨の中だ。

 シェノはグラットンをレーザーの雨に紛れさせ、無人戦闘機を攻撃しようというのだ。


 まさに花火の中。過ぎ去るレーザーの雨に、俺もフユメも恐怖で体が動かない。


 花火の中を突っ切ったグラットンは、無人戦闘機の背後にブラスターを撃ち込んだ。

 ブラスターは3機の無人戦闘機に命中、宇宙ゴミを増やす。


 ここで俺は、ふと頭に浮かんだことを口に出した。


「おい! 揚陸艇を撃墜できないのか!?」


「無理」


 びっくりするほどの即答。それもそうだろう。揚陸艇はすでにタイムマシンの手前、追いつける距離ではない。


 とはいえ、グラットンとヤーウッドの活躍により、過去のグラットンは無人戦闘機を振り切っている。

 過去の俺たちがタイムスリップする前に、フユメは無線機を手に取った。


「こっちは私たちに任せてください! 皆さんは、急いでタイムマシンに!」


 蘇る記憶。

 タイムスリップ直前、俺は未来のフユメと俺の声を聞いた。

 ならば、


「俺にも無線を!」


 そう言う俺に、フユメはすぐさま無線機を手渡してくれた。

 無線機を手にした俺は、頭に浮かんだ言葉をそのままに吐き出す。


「あーあー、未来のお前から過去のお前に伝言だ。過去に戻ったら、自分を守るのと同時に、過去の自分の足跡を追え。まずはラグルエルに会って、俺を救世主として転移させるんだ。それと、アイシアに協力してやれ。絶対に過去を変えるなよ」


《お前は……》


「ま、真の英雄である俺がここにいる時点で、お前はうまくやったってことだ。あんまり気負いすぎず、テキトーにやれ」


 言うだけ言って、無線を切った俺。

 無人戦闘機とのダンスの中から垣間見る過去のグラットンは、今にも光が消えそうなタイムマシンに突撃していった。


 直後、過去のグラットンは爆発でも起こしたかのように青い光を拡散させ急加速。

 過去のグラットンが目にもとまらぬ速さで消えたと同時、タイムマシンの光も消える。


「相も変わらず無茶ばっかりだな」


 自分たちの行いとはいえ、端から見ると危なっかしくて仕方がない。

 まあ、今の俺たちも負けず劣らず無茶ばかりなのだが。


《過去の魔術師たちが乗るグラットン、消失。おそらくタイムスリップに成功したのだろう》


《タイムマシン、起動終了しました!》


《では作戦を次の段階に移行させる。魔術師の一行、頼んだぞ》


《無人戦闘機の相手は、この私、ヤーウッドに任せてください!》


「了解」


 ドレッドとヤーウッドのAIからの指示に従い、グラットンはタイムマシンの根元に針路をとった。


 たった今、俺たちは知らない世界に突入した。

 過去の再現は終わり、俺たちの時計の針は未来を刻みはじめた。


 この知らない世界で、最初に俺たちがやろうとしているのは、タイムマシンの完全破壊だ。

 二度と修復もできぬまでにタイムマシンを粉々にするのが、俺たちの次の任務である。


 すべての無人戦闘機をヤーウッドに任せ、グラットンは地上すれすれを飛行。

 補助電源により一部の機能を取り戻したか、地上からの攻撃は凄まじい。

 レーザーがシールドを削り、警報が鳴り響く操縦室で、シェノは珍しく俺に頼った。


「あの辺の対空兵器、あんたの魔法で壊せない?」


「楽勝だ」


 魔法使用許可申請は、戦いの前に終わらせている。

 俺は腕を突き出し、対空兵器に向けて艦砲射撃魔法を放った。 


 どこからともなく出現したレーザーは地上を叩きつけ、そこにあった対空兵器を木っ端微塵に。

 散らばる砲台、鳴り止む警報。

 破片と炎に構うことなく、グラットンは戦場を突っ切る。


 派手に舞う炎に照らされた操縦室で、ニミーは無邪気に笑った。


「すごいすごい! またはなびだ~!」


 まるでアトラクション気分といったところか。

 一歩間違えれば死ぬアトラクションを楽しめるとは、やはりニミーもシェノの妹である。


 俺の艦砲射撃魔法は帝國の対空兵器を綺麗さっぱり片付け、タイムマシンまでの道を切り開いた。

 炎と黒煙に出迎えられたグラットンは、悠々とタイムマシンへ。


 タイムマシンの根元では、格納庫が大口を開けている。その格納庫内に、グラットンは滑り込んだ。

 すぐさま俺は、格納庫の入口を土魔法と氷魔法で封鎖する。

 操縦席前のモニターをいじったシェノは、振り返り俺たちに言った。


「エネルギー生成装置は荷台から降ろしておいた。あそこにあるフロート・カーゴを使えば、制御室まで運ぶのも楽だよ」


 彼女の言うエネルギー生成装置とは、帝國がサバリクレイで盗み出そうとした例の品だ。

 今回の作戦では、タイムマシン破壊のキーアイテムである。


 タイムマシンの制御室に向かうため、俺とフユメは操縦室のはしごへ。

 一方でシェノは操縦室から出ようとしない。 


「お前はグラットンに残るのか?」


「うん。あたしは、ここでニミーとグラットンを守る」


「そうか」


「シェノさん、気をつけてください!」


「あんたたちこそ」


「いってらっしゃ~い!」 


 シェノとニミーに見送られた俺とフユメは、やる気だけを胸にグラットンを降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る