第5章6話 必ず、もう一度この場に来いよ

 過去の3人は俺たちを凝視し、混乱の渦に巻かれる。


「……ソラト師匠、フユメ師匠、さっき、連れて行かれて……」


 もう1人の自分と、ここにはいないはずの存在に、過去のメイティは猫耳を立て尻尾を強く振り、首をかしげていた。

 これは当然の反応だろう。


 当然の反応を示さなかったのは、もう1人の自分を互いに見つめた2人のニミーだ。


「「おお~? おお~!」」


 不思議な出来事への興味が、困惑を押し退けたらしい。

 胸の前で手を握り、ぴょんぴょん跳ねる2人のニミーは、まるで双子のようであった。


 過去のシェノはいぶかしげな顔をして、もう1人の自分の前に立つ。

 そして普段と変わらず、ぶっきらぼうに言い放った。


「何これ、気持ち悪いんだけど」


「それはこっちのセリフ」


 ぶっきらぼうな言葉に対する、ぶっきらぼうな返答。


 2人のシェノに、2人のニミー、2人のメイティ。奇妙な光景である。

 俺とフユメはつい笑ってしまう。


「ねえ、笑ってないでさ、この状況を説明してくれない?」


 業を煮やした過去のシェノの言葉。

 彼女の言葉に応えたのはドレッドだ。


「詳しいことは私から話そう」


 老兵は過去のシェノたちの前に立ち、冷静な面持ちで説明をはじめた。


「帝國軍の機密情報を解析した結果、帝國軍が本日、オペレーション・トラウトと呼ばれる極秘作戦を実施するつもりであることが分かった」


 3日前にエルデリアから伝えられた情報。

 今の俺たちは、この情報と俺たちの記憶をもとに行動している。


「これは、帝國軍が作り出した時間遡行装置、つまりタイムマシンを使って帝國軍兵士を過去に送り、まだ修行をはじめる以前、あるいは修行をはじめたばかりの魔術師殺害を目的とした作戦のようだ」


 作り話のようだが、銀河連合情報局お墨付きの機密情報である。

 何より、俺たちがここにいる時点で、この機密を否定することはできない。

 ドレッドは説明を続けた。


「我々はアイシア殿下に従い、このオペレーション・トラウトを阻止する作戦を実行する。君たちには、それを手伝ってほしい」


 単刀直入な協力要請。

 果たして過去のシェノたちはどのような反応を示すだろうか。


「そんなこと、いきなり言われてもさ……」


 案の定、さらに困惑してしまった過去のシェノたち。

 過去のメイティも話についていけない様子。


 仕方のないことだ。誰だって同じような反応を示すはず。

 幸い、過去のシェノは少しでも俺たちの話を理解しようと、俺たちに疑問を投げかけた。


「タイムマシンって言ったよね? じゃあ、そこにいるフユとかって、もしかして未来のあたしたち?」


「さすが、話が早くて助かる」


 俺の返答に一応は納得する過去のシェノ。

 しかし、まだ過去のシェノの疑問は尽きない。


「で、オペレーションなんとかの情報を知っておきながら、なんでソラトとフユを帝國に連行させたわけ?」


「過去を再現するためです。そうしないと、今に繋がりませんから」


「ふ~ん。それもアイシアの作戦のうち?」


「そうです」


 フユメの返答に、やはり一応は納得する過去のシェノ。

 勘の良いシェノのことだ。話自体は、すでに理解している。


 問題は、映画やアニメのあらすじのような話が信用できるかどうかだ。

 これに関しては、もう説得もクソもない。

 一歩踏み出したフユメは、過去のシェノたちに向かって頭を下げた。


「シェノさん、メイティちゃん、ニミーちゃん、信じられない話かもしれませんけど、お願いします! 過去のソラトさんと私を帝國から救い出すには、皆さんの力が必要なんです!」


 真剣な口調でのお願いに黙り込んでしまう過去のシェノたち。

 その沈黙を最初に破ったのは、過去のメイティの小さな声であった。


「……わたし、ソラト師匠とフユメ師匠、信じる……2人の魔力、わたしの知ってる、大好きな魔力、だから……」


 さすがは俺たちの愛弟子。

 魔力で繋がった俺たちの絆は、時間の差などものともしないのだ。


 メイティの背後では、ニミーと過去のニミーが向き合っている。


「ねえねえ、さっきのおはなし、ほんと~? ニミー、みらいからきたの?」


「うん! ニミー、おねちゃんたちといっしょに、みらいからきたんだよ~!」


「おお~! すごいすご~い!」


 鏡のように同じ動きをして、目をキラキラとさせた2人のニミー。

 無邪気さが奇怪な事実を受け入れるのに一役買ったようだ。


 残るは過去のシェノの返答だけである。

 なかなか答えを口にしようとしない過去のシェノに対し、フユメは催促した。


「シェノさんは――」


「正直、話が本当かどうかはどうでもいいんだよね」


「それじゃあ、どうすれば協力してくれますか?」


「報酬次第」


 またいつものがはじまった。

 この状況でならず者を前面に出すシェノに対し、俺は呆れ返ってしまう。


「おいおい、どこまで金の亡者なんだ、お前。未来のシェノ、なんか言ってやれ」


 半分は嫌味のつもりでシェノに話を振る俺。

 けれども、シェノもまたならず者だ。

 シェノは大きく開いた手を突き出し、堂々と言い放つ。


「厄介な仕事は相場の5倍は払ってもらうからね」


「クソ……未来のシェノも金の亡者だった……」


 ならず者は金が第一。

 今も昔もそれは変わらない。

 それに気づけなかった俺が馬鹿だったのだ。


 ドレッドは端末に数字を書き、それをシェノに見せる。


「これでどうだね?」


「う~ん……」


「これは前金だ。作戦終了後、この数字の2倍払おう」


「決まり」


 条件反射かと思うほどの即答。

 まあ、なんやかんやと、これで役者は揃った。

 これで次の作戦をはじめられる。


「では、オペレーション・トラウトを阻止するための作戦を開始する。出撃の準備を」


 短い指示を出すドレッド。

 指示に従い出撃の準備をはじめる過去のシェノたちに、俺は呼びかけた。


「過去のシェノ、メイティ、ニミー」


「なに?」


「必ず、もう一度この場に来いよ」


「分かってるって、任せて」


 ニタリと笑ったシェノ、尻尾を立てるメイティ、笑って手を振るニミーの3人。

 きっと彼女たちなら大丈夫だ。

 彼女たちなら、必ず俺たちを救出し、過去に戻り、過去の俺たちを陰ながら支え、ここに戻ってくる。


 別に楽観的になっているわけではない。俺がここにいる時点で、過去のシェノたちはうまくやったのだ。

 何も心配することはないだろう。


 過去のシェノたちを見送ると、俺の袖が引っ張られる。

 振り返ると、うつむいたメイティが何か言いたげな表情をしていた。


「……あの……わたし……」


 言いかけて、口ごもるメイティ。

 今のメイティが何を言いたいのか、俺には分かる。

 俺だって、たまには人の心が読めるのだ。


「アイシアのところに行きたいんだろ?」


 ぺこりとうなずくメイティ。

 ならば、この伝説のマスターが愛弟子の願いを叶えよう。


「ドレッド艦長! メイティをアイシアのところに連れて行ってあげてください!」


「良いだろう。サウスキアに向かう輸送船の準備を!」


「ほら、お前はお前の道を行け」


「……うん……!」


 パッと表情を明るくし、メイティはドレッドに連れられ俺たちとは別の道を歩みはじめた。


 小さかったメイティの背中が、今は大きく見える。

 脱出ポッドで丸まっていた、あの小さくてかわいいメイティが、アイシアを守るため進んでいく。

 その姿を眺め、俺の隣に立つフユメは微笑んだ。


「メイティちゃんは、もう私たちがいなくても、立派な勇者ですね」


「どうした? 寂しいのか?」


「はい、寂しいです! かわいいメイティちゃんが巣立ってしまったら、寂しいに決まってます! でも、とっても嬉しくもあります」


 胸の前で両手を握ったフユメは、微笑んだままメイティを見送った。

 さて、任務はこれからだ。


「行くぞ、良い加減に時計を進めよう」


 過去を辿るのはこの任務が最後だ。 

 俺たちはいよいよ、未来に進もうとしているのだ。

 魔王と対決する未来へ。

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