第5章5話 見ろよ、過去の俺たちが出てきた
アイシアがヤーウッドを去って数時間、ヤーウッドの格納庫が騒がしくなる。
過去の俺たちを乗せたグラットンが、アイシアとともに格納庫へとやってきたのだ。
布をかぶったグラットンの近く、物陰に隠れた俺たちは、過去の自分たちから身を隠す。
「お、見ろよ、過去の俺たちが出てきた」
「ソラトさん、隠れてください! 見つかっちゃいますよ!」
「おお~! ニミーがいる~!」
「ニミーちゃんも隠れてください!」
自分たちの姿を見てみたい気持ちと、自分たちに見つかってはいけない緊張感。
その合間に立つスリリングを楽しむ俺とニミー、不必要な危険を冒したくないフユメ。
最終的にはシェノの腕力が勝利した。
俺とニミーはシェノに引っ張られ、物陰に引きずり込まれてしまう。
視覚がダメなら聴覚で過去の自分たちを知るまで。
シェノに押さえつけられながら、俺は過去の自分たちの声に耳を傾けた。
「おお~! すごいすごい! アイシアおねえちゃんのおうち、ひろ~い!」
「まあ! ニミーちゃんはわたくしのお家が、気になりますの?」
「きになる~!」
「でしたら、ヤーウッドを冒険してもよろしいですわよ」
「ほんと? やった~! おねえちゃん、アイシアおねえちゃんのおうち、ぼうけんするよ~! いこいこ~!」
「え!? ちょ、ちょっと待って! こら! 走らない!」
可愛らしい声と足音が響き渡り、過去のシェノもろとも過去のニミーは格納庫を去った。
思わず俺は笑ってしまう。
「元気だな、あいつら」
「……ソラト師匠と、対照的……」
「そんなことはないぞ。俺だって元気――」
なんとかメイティの言葉を否定しようと、わずかに物陰から顔を出し、過去の自分を確認。
視界に映ったのは、気だるそうな顔で話を聞く1人の青年だった。
うむ、メイティの言う通りだ。
「――元気そうではないな。なんか過去の俺、疲れた顔してないか?」
「そうですかね。今と変わらないと思いますよ」
「変わんないね」
「かわってな~い!」
「……いつも通り……」
「あっそう」
なんということだ。まさか俺は、他人にはあんなにくたびれた風に見えていたのか。
あの姿で真の英雄だとかを自称していたと思うと、恥ずかしくなってくる。
唯一の救いは、泥臭さと哀愁に満ちた主人公っぽさがゼロではないこと。
それでも、一度でも気になったことがあれば、次々と気になる部分が目についた。
「なんか姿勢も悪いし、服装もテキトーだし、少し自分を見つめ直した方が良いかもな」
「ソラトさん、そんなこと言ってる場合ではありませんよ。カムラ陛下が来ました」
「なに!? ついに魔王のお出ましか」
自分の姿が他人にどう見えているかなど、今はどうでもいいこと。
世界の破壊を望みうごめく闇の権化を宿したカムラが、ついに格納庫に現れた。
こうして見ると、カムラは人より豪華な衣装を着た、ただのおじさん。
けれども彼の人格は、危険極まりない魔王。
カムラの体を借りた魔王は、アイシアとの会話を繰り広げる。
「魔術師は世界を破壊しかねぬ存在。彼らを捕らえ、我輩に伝えよと申しつけたはずだが?」
「申しつけは守っていますわよ。こうして、カムラ陛下の前に魔術師ソラトを連れてきているのですから」
「得意の詭弁か」
「詭弁ではありませんの。わたくしは、この魔術師が本当に世界を破壊しかねぬ存在かどうか、観察したかっただけですわ」
冷たい会話が格納庫に立つ人々の心を凍りつかせている。
過去の俺たちに至っては、目の前で起きていることへの理解が追いつかず、半ば呆然としていた。
「迫真の演技だな。ありゃ騙される」
アイシアとドレッドは、カムラがカムラでないことを知り、わざと魔王の望みに乗っかっているのだ。
そう、今のアイシアは、その演技によって魔王すらも騙しているのである。
ただし、それ以上に騙されてしまったのが過去の俺たち。
「ふざけてるのか! まさかお前ら、俺たちを罠にはめたのか!?」
「ソラトさん! ここで魔法を使えば、ここにいる皆さんに危険が及びます!」
「当たり前だろ! そうじゃなきゃ、魔法を使う意味がない! 俺はメイティと違ってクソ野郎なこと、忘れるな!」
「もう少し状況を把握してから魔法を使っても、遅くはありません! 今は、おとなしく彼らの言う通りにしましょう!」
「……チッ」
明らさまな怒りと不満をぶちまける過去の俺と、それを必死で制止するフユメ。
なんだか滑稽だ。
俺は過去の自分の姿形だけでなく、言動にまで恥ずかしさを覚える。
苦言を呈したのは、俺の背後にいたシェノだった。
「あんた、もうちょっと場所を選んで怒鳴ったら? 見苦しいよ」
「場所を選ばず拳銃ぶっ放すお前に言われたくないね」
とっさの俺の返答に、シェノは一瞬だけ拳銃を抜きかけた。
おそらく状況が状況でなければ、俺はシェノに撃ち殺されていたかもしれない。
さて、しばらく息を潜め物陰に隠れていると、フユメの報告が耳に入る。
「過去の私たちと魔王を乗せた輸送機が飛び立ちました。ドレッド艦長にところに行きましょう」
物陰に隠れている理由はもうない。
俺たちは堂々と格納庫を歩き、ドレッドのもとへと向かう。
格納庫を歩く最中、ふと見た輸送船。そこには、輸送船に乗り込むアイシアが。
一体彼女はどこへ行こうとしているのだろうか。
その答えを知るため、俺は声を張った。
「おい、アイシア――」
尻切れとんぼとなる俺の声。
輸送船に乗り込むアイシアの表情が、俺の言葉を腹に引っ込めてしまったのだ。
まるで戦地に赴く兵士、自らの死をも
なぜアイシアはそんな表情をしているのか、理解できない。
理解できないうちに、フユメはドレッドに話しかけた。
「ドレッド艦長」
「やあ、未来の魔術師たち。私の演技はどうだったかな?」
「アイシアさんと同じくらい、素晴らしかったです。今頃、過去の私たちはドレッド艦長たちに騙されていますよ」
可笑しそうにするフユメと、厳しい顔をわずかに緩めるドレッドの2人。
俺たちの背後では、アイシアを乗せた輸送船が格納庫から飛び立っていった。
こうなれば、ドレッドに答えを求めるしかない。
「アイシアはどこに?」
「殿下はサウスキアの宮殿に向かわれた。陛下の人格が魔王に支配されたことを公表するおつもりのようだ」
「そう簡単に信じてくれるとは思えないが……」
「同じことを殿下も仰っていた。ゆえに殿下は、陛下を国王にふさわしくない人物として弾劾し、魔王から権力を奪うことを優先するようだ」
「そうですか……」
事実上のクーデターを起こすのがアイシアの狙い。
だからこそ募る不安。
もしやアイシアの狙うクーデターは、平和的な結末を迎えないのではないか?
同じ心配を抱いているのはメイティである。
彼女は俺たちとの会話を聞くこともなく、闇に浮かんだ青と緑の惑星サウスキアを眺めていた。
一方、俺たちの不安を吹き飛ばすような明るい声が俺たちの鼓膜を震わす。
「おお~、グラットンがふたつある~!」
「どういうこと? 国王がソラトとフユを連れて行ったって聞いたけど、それ以上に訳が分からないことになってんだけど」
「……私が、もう1人……?」
過去のシェノ、ニミー、メイティがやってきたのだ。
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