第5章9話 これから死ぬ予定がある。邪魔しないでくれ

 言いたいことはいくらでもある。だが、今はそれどころではない。

 今がそれどころでないのは、魔王たちも同じらしい。


《魔王様、我々はこれからサウスキアに向かわなければなりません。魔術師などは放っておき――》


《その前に、ひとつ問おう。なぜ我の命令が聞けなかったのだ?》


 禍々しいオーラを左手にまとわせ、魔王はハオスを睨みつける。


《ハオスよ、お主は我の命令を聞かず、デイロンたちを過去に送り込んだ。しかし、どうだ? 魔術師はそこにいる。これは、過去に送られたデイロン、すなわちここにいるデイロンが、魔術師の暗殺に失敗したということだ》


 玉座を立った魔王の左手が、デイロンの首を締め上げた。

 しかしデイロンは、ニタニタと笑う。


《アハハ……さすがは魔王様だ……死が……死が見える……!》


 むしろ歓喜するデイロンの首を、魔王はさらに強く締める。

 ついに魔王の左手は首に食い込み、鈍い音が玉座の間に響いた。


 ようやく魔王が手を離すと、俺たちは衝撃を受ける。

 痛々しく潰されたデイロンの首に見えたのは、血肉や骨ではなく、機械であったのだ。


「おい、あいつ……!」


「ドロイド!?」


 まさかの光景に言葉を失う俺たち。

 この間、魔王は再度ハオスを睨みつける。


《申し開きはあるのか?》


 対するハオスは、ひざまずき頭を下げ、冷静に、だが瞳に必死さをのぞかせ、弁明した。


《大変、申し訳ございませんでした。しかし、魔術師は我々の最大の敵。奴めを殺す機会は、何重にも張り巡らせるべきだと考えた上での行動です。何卒、寛大な処置を》


 ただ謝るだけでなく、自らの正当性を主張するあたりはハオスらしい。

 これに魔王はどう答えるのか。


 しばし間を置き、魔王はひざまずくハオスを見下げる。


《ふむ、ハオスよ》


《はっ!》


《覚えておけ、二度目はないぞ》


《ご慈悲に感謝いたします!》


 残念ながら、ハオスは命拾いしたようだ。

 魔王は振り返り、わずかな笑みを浮かべ、モニター越しの俺に闘争心をぶつける。


《救世主》


「なんだ?」


《死んでくれるなよ。お主には、偽りの世界が破壊されていく様を見せてやりたいのだ》


「悪いけど、これから死ぬ予定がある。邪魔しないでくれ」


 誰が魔王の言う通りにしてやるものか。

 俺はマグマ魔法を使い、玉座の間を映すモニターを切り刻んだ。


 これ以上、魔王と会話をしたところで意味はない。

 俺たちは俺たちの任務をこなすのが優先。

 赤く煮えたぎった切れ目を晒し、沈黙したモニターを背に、俺たちはエネルギー生成装置をフロート・カーゴの荷台から降ろす。


「これで設置完了です。あとは、エネルギー生成装置を暴走させるだけですね。手順は覚えていますか?」


「とりあえず、滅茶苦茶に操作すりゃ良いんだろ」


「う~ん、間違ってはいませんけど……まあ、良いです」


 そこはかとなく諦めた様子のフユメは、すぐに微笑んだ。


「ではソラトさん、グラットンで脱出したら、すぐに知らせます」


「オッケー。グラットンでまた会おう」


 今回もデスプラネットのときと同じだ。フユメたちを先に逃がし、俺が自爆攻撃を仕掛けるのだ。

 自爆攻撃と言っても、俺は蘇る。別れの挨拶に悲壮感はありはしない。


 制御室の出入り口を塞いだ氷の壁は、俺がマグマ魔法を使い、壁の向こう側にいた帝國軍兵士ごと溶かし尽くした。

 フロート・カーゴに乗り込んだフユメは、荒い運転で格納庫へと戻っていく。


 エネルギー生成装置とともに制御室に残った俺は、お菓子魔法を使ってお菓子を出現させ、それを口に運んだ。

 舌を包むほんのりとした甘さが疲労した体を癒してくれる。


「いたぞ! 敵だ!」


「撃て撃て!」


 癒しとは正反対の叫び声。

 これには自然と大きなため息が漏れ出してしまう。


「はぁ……面倒くさい……」


 戦う気も起きないので、俺は自分の体とエネルギー生成装置を、氷の壁で覆い尽くした。

 帝國軍兵士たちの放ったレーザーは、氷の壁に突き刺さるも俺には届かない。

 赤い光に照らされながら、お菓子を口に運び、俺はフユメの連絡を待ち続ける。


《脱出完了です! ソラトさん、お願いします!》


 待ちに待った報告。

 俺は残っていたお菓子を全て口に放り込み、エネルギー生成装置の電源を入れた。


 灰色の四角い箱は、起動したと同時に変形し、数枚のパネルを開きながらエネルギーの放出を開始する。

 これはまだ第一段階。俺はさらに装置の制御盤をいじった。


「ええと、ここをこうして……次にこれを……それでこれを……ああ! もういい!」


 ともかくエネルギー生成装置を暴走させれば良いのだ。

 面倒な手順は放棄、俺は電気ショック魔法を使ってエネルギー生成装置の制御盤をショートさせた。

 続けて熱魔法を使い、汗と溶けた氷に体を濡らしながら装置を温める。


 冷却装置は熱に負け、ついに警報が鳴りはじめた。

 けたたましい警報は断続的に、そして断末魔のごとく危機を報せるが、徹底的に無視。


 いつしかエネルギー生成装置は熱に溶かされ、毒素を撒き散らし、形を崩していく。

 もはや爆発寸前だ。


「タイムマシンも壊せるし、新しい魔法も覚えられるし、一石二鳥」


 そんなことをつぶやいた直後である。ついにエネルギー生成装置に限界が訪れた。

 装置から生み出される膨大なエネルギーの塊は、制御を失い暴走、一気呵成に外部へと放出される。


 その勢いは凄まじく、制御室は一瞬で消失、さらにはタイムマシンそのものがエネルギーに押し退けられた。

 俺の五感は刹那に衝撃を記憶し、体は細胞のひとつも残さず分解されてしまう。

 タイムマシンもろとも、俺はあの世逝きとなったのだ。 



    *



 タイムマシンは消えても、俺は消えない。

 毎度おなじみ、フユメの蘇生魔法が俺を生き返らせたのだ。


「おかえりなさい、ソラトさん」


「おかえりなさ~い!」


 優しいフユメの笑顔と、天真爛漫なニミーの笑顔が俺を迎えてくれる。

 すぐに立ち上がった俺は、フロントガラスの向こう側に広がる景色を眺めた。


 窓の外には、力なく宇宙を漂う、千切れたタイムマシンの残骸が。

 ついさっきまで俺がいたタイムマシンの根元は原型すらも失っている。


「派手に吹き飛んだな」


 あの景色を作り出したのは、他でもない俺である。

 俺は任務を達成し、帝國のタイムマシン技術を振り出しに戻したのだ。

 これでもう、某映画のように暗殺者を過去に送ることはできない。


 だが、戦いはまだ終わっていないらしい。

 無人戦闘機を撃墜し続けるヤーウッドから通信が届く。


《先ほど、ヴィクトル級巡洋戦艦と4隻の巡洋艦、2隻の駆逐艦がデスティネイションを飛び立ち、ハイパーウェイに突入した。魔術師、彼らの行き先は分かるか?》


 帝國艦隊の出港を訝しむドレッド。

 これに答えたのはフユメだ。


「さっき、新しい皇帝に就任したハオスが――」


《待ってくれ、新しい皇帝とは?》


「実は、エクストリバー帝國のツヴァイク皇帝やリー総督は魔王たちに殺害され、魔王の部下であり魔族の一員であるハオスが、帝國の新皇帝に就任したようです」


《なんということだ……》


 あまりの急展開、あまりの政変に、それを知っていたドレッドですら言葉を失った。

 銀河連合と帝國の停戦を目前にして、皇帝と総督が同時に殺害されたのだ。

 誰しもがドレッドのような反応を示すことだろう。


 フユメは質問に答えるため、ドレッドの沈黙に言葉を差し込む。


「そのハオスが、魔王と一緒にサウスキアに向かうと、先ほど口にしていました」


《銀河連合と帝國の停戦条約調印式に参加する、というわけではなさそうか?》


「帝國は世界を破壊するための先兵とも言っていましたから、平和的な目的とは思えません」


 むしろ、魔王は戦争の継続を望むはず。

 停戦など受け入れず、さらなる破壊と死を『ステラー』に振りまきたいはず。


《今、サウスキアには帝國の第二艦隊と、銀河連合の第七第八艦隊、そして各惑星の高官が揃っている。もしここで、魔王とハオスが事を起こせば、停戦は立ち消え、大戦の火ぶたが切られるだろう》


 おそらく魔王の狙いはそれだ。

 いくら合理的な者たちも――むしろ合理的であるからこそ――理由さえあれば戦争を継続する。

 その理由を作ろうと、魔王とハオスはサウスキアに向かったのだろう。


《事態は一刻を争う。ハイパーウェイを使い、惑星サウスキアの近傍、ニリアー宙域に移動せよ》


「了解しました」


「ニリアー宙域ね。そんなに時間はかからないかな」


 なんとしても魔王の野望を打ち砕かなければならない。

 そんな共通認識が、俺たちを動かす。


「忙しい1日になりそうだ」


 魔王の脅威を前に、救世主、真の英雄である俺が何もしないわけにはいかないだろう。

 今度ばかりはサボってもいられないだろう。

 背筋を伸ばした俺は、コターツに潜り英気を養うのであった。

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