第5章2話 ベニート殿下、お久しぶりですの
早速、俺は伝説のマスターを気取り、メイティの修行を開始した。
開始しようとしたのだが、森に向かう俺たちを、粗暴な印象の声が呼び止めた。
「アイシア!? どうしてアイシアがこんな場所にいやがる!?」
聞いたことのない男の声。
振り返るとそこには、黒塗りのフロートカーの車列が。
1台のフロートカーの側には、真っ赤なマントにうるさいまでのアクセサリーを身につける、無精髭を生やした1人の男が立っている。
尖った耳を見る限り、彼もエルフィン族の1人。
彼は複数の部下たちを連れ、どことなくアイシアに似た瞳で、アイシアを見下していた。
対するアイシアは、愛想笑いを浮かべお辞儀をする。
「ベニート殿下、お久しぶりですの」
まるで他人のように振る舞うアイシアだが、ベニートといえばサウスキア王国の王子。つまりアイシアの兄。
「チッ、相変わらずの他人のフリかよ」
顔を歪ませ、不機嫌さを見せつけるベニート。
そのまま彼は、アイシアに詰め寄り唾を飛ばした。
「どうしてアイシアは、こんなところでピクニックなんかしてんだ? ヤーウッドでの家出生活に飽きちまったのか?」
「わたくしも、たまには故郷に帰りたいときがありますのよ」
「宮殿に顔も出さずに、何が故郷に帰るだ! だいたい、アイシアと一緒にいるこいつら、魔術師の一行じゃねえかよ! アイシア、またなんか企みやがってんのか!?」
不機嫌は嫌悪感へ。
とばっちりで嫌悪感を浴びせられた俺は、シェノと一緒に不快感を顔に出す。
愛想笑いをやめないアイシアは、しかしさすがに眉をしかめた。
「お客様に失礼ですよ、ベニート殿下」
「妹の分際で偉そうに……。魔術師は数時間後に、サウスキアの植民惑星を訪れるはずだろうがよ。なんで今、魔術師がサウスキアにいやがる?」
「植民惑星を訪れる前に、お忍びでサウスキアを訪れたいと魔術師が願ったんですわ。それに対し、銀河連合が特別に許可を出して、わたくしたち近衛艦隊に、魔術師をサウスキアに連れて行くよう要請してきたんですの」
「はあ!?」
驚くべきことに、ベニートの怒りはまだ道半ばだったようだ。
彼の本当の怒りは、ここからであった。
負の感情の全てを顔に込めたベニートは、アイシアに殴りかかろうと一歩前に出る。
今にも振られようとしている拳に部下たちは焦り、彼らは3人がかりで王子の体を掴んだ。
それでも、ベニートはアクセサリーの揺れる音を鳴らし、怒りを止めはしない。
「気に入らねえんだよ!」
獣と変わらぬ叫び声。
すぐさま言葉の暴力がアイシアに襲いかかる。
「サウスキアの治安維持は俺の仕事だろうが! なんで近衛艦隊長官だけはアイシアのものなんだ!? なんで銀河連合は、俺じゃなく、厄病神のアイシアなんかに魔術師の案内を依頼したんだ!?」
「ベニート殿下、少し落ち着いて――」
「ふざけんじゃねえよ! 偉そうにするな! この国の王子は俺だぞ!」
「知っていますわ」
「ああ? 知ってるなら、出しゃばるんじゃねえよ! 俺たちと苗字も違う、ランケスター姓でもねえお前が、デカイ顔してんじゃねえ! 穀潰しは穀潰しらしく、いじましくしてろ! 格下は格下らしく、自分のお船に引きこもってろ!」
まるで幼稚園児のように喚き散らすベニート。
人間以外でここまで感情を露わにする者を見たのははじめてだ。
アイシアは黙ったまま、未だに愛想笑いを続ける。
力を持ったつもりになっている者が、逆らわぬ相手を一方的に攻撃する光景。
このどこかで見たことある光景に、俺はもう耐えられない。
「おいおい、これが王子様? サウスキアの未来が心配になってきたぞ」
「なんだと!?」
奥目のぎょろっとした瞳が俺を睨むが、知ったことか。
そっちが感情を露わにするのなら、俺だって人間らしく感情を露わにしてやる。
「さっきからぴーちくぱーちく、うるさいんだよ。そんな自分の妹にイキってるようなヤツが、近衛艦隊の長官なんか任せられるわけないだろ」
「てめえ! 英雄だからって調子に乗ってんじゃねえぞ! ああ!?」
「必死なヤツだな。見ろよアイシアを。出来の悪い兄貴に罵倒されても、王子様と違って喚かない。いいか、これが王の風格だ」
「訳の分からねえ野郎が知った風なこと言いやがって! 何様だてめえ!」
「強いて言うなら、救世主様だ」
「ソラさん、それ以上は――」
「面倒だからはっきり言ってやる。王子様とアイシア、どっちが王子にふさわしいかと聞かれれば、俺は間違いなくアイシアを選ぶね」
「ソラさん! もうやめてください!」
はじめて耳にする、アイシアの悲鳴のような叫び。
「わたくしは……ランケスター家の穀潰しどころか、厄病神ですの。苗字を変え、フォールベリーを名乗る今も、それは変わりませんわ……」
はじめて見る、負の感情に支配されたアイシア。
この期に及んで愛想笑いを浮かべる彼女は、なんとも痛ましい。
俺たちは思わず黙り込んでしまう。唯一、ニミーを除いて。
「みてみて~! どうぶつさん、いっぱいだよ~! ふわふわ~ころころ~」
小動物に囲まれ、頭にモフモフ生物を乗せたニミーの笑顔が、俺たちを救う。
天使の降臨に俺たちの心は癒され、険悪な雰囲気は中和された。
多少の冷静さを取り戻したベニートは、逃げるようにフロートカーに乗り込みこの場を去る。
嵐が過ぎ去った後の沈黙。
メイティは俺の肩を叩き、小さな声で言った。
「……ソラト師匠、アイシアにも、いろいろある……さっきのは、謝った方が、良い……」
その通りだ。
俺はすぐさまアイシアの前に立ち、頭を下げる。
「さっきは、すまなかった」
「いいえ、謝らなければならないのはわたくしですわ。ベニート殿下に嘘をつき、それが理由で怒らせてしまったわたくしに責任がありますの」
「いや、俺もカッとなって挑発的なことを言った。悪いのは俺だよ」
重ねて謝る俺に、アイシアはいつも通り優雅に笑うだけ。
どこか遠くの空を眺めた彼女の背中を見つめ、フユメは心配そうにつぶやいた。
「アイシアさんも大変そうですね」
「だな。あいつも、いろんな悩みを抱えてるんだろう」
「せめて、私たちがアイシアさんの支えになれれば良いんですけど……」
なんともフユメらしい言葉だ。
一方で、シェノは複雑そうな表情をしていた。
家族との不和は、シェノも経験したこと。
もしかすれば、彼女は俺たちとはまた違った思いで、アイシアを心配しているのかもしれない。
何はともあれ、いつまでも沈んだ気持ちでいたって仕方がない。
俺たちは気を取り直し、魔法修行を再開するのであった。
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