第5章 王女様と魔法修行

第5章1話 かわいいなぁ、かわいいなぁ

 惑星サウスキアの森の中。

 木漏れ日が光のカーテンを作り出すこの場所で、俺は小動物たちに囲まれていた。


 ぴょんぴょん跳ねる茶色いモフモフ生物、電磁波を感じ取り空を舞う小鳥さん、森に擬態するかくれんぼが得意なコロコロ生物などなど。

 ネコやウサギ、シカやパンダ、スズメやフクロウに似た動物たちに囲まれ、俺は幸せ気分に浸っている。


「よーしよしよしよし、かわいいなぁ、かわいいなぁ」


 無我夢中にコロコロ生物を撫でる俺だが、おとなしいコロコロ生物は地面を転がるだけ。

 人懐っこいモフモフ生物は俺の体をよじ登り、「な~ん」と鳴いた。

 小鳥さんたちは俺の周りを飛び、たまに肩や頭の上に乗って歌う。


 かわいい。すごくかわいい。


 ついに俺は、動物さんたちに触れるだけでなく、その鳴き声に耳を澄まし、また匂いを嗅ぎ、さらには少し舐めてみた。

 別に俺の理性が吹き飛んだわけではない。これは魔法修行の一環なのだ。


「あ~、こんな幸せな魔法修行ははじめてだ。いつもこうなら良いんだがなぁ」


 自然の猛威に身を晒し、命を投げ捨ててきた修行の日々。

 その過酷さと比べて、小動物と一緒に過ごすだけの魔法修行は最高である。


 小動物たちと戯れること十数分後。


「おい、どうした? みんな、どこにいくんだ?」


 モフモフコロコロしていた小動物たちは走り出し、生い繁る葉の向こう側へ。

 小鳥たちは大空に羽ばたき、すぐに見えなくなってしまった。


 1人で森の中に残されてしまった俺は、動物たちを追おうと立ち上がる。

 まさにその時、俺の背後の茂みが動いた。


「うん?」


 振り返ると、茂みの中には光り輝く目が6つ。

 明らかに敵意を持つその目は、間違いなく俺を睨みつけている。


「これは……嫌な予感しかしないぞ……」


 残念ながら予感は的中した。


 茂みの中から飛び出してきたのは、筋骨隆々とした長い体に、6つの目を光らせる、8本足の猛獣。

 唸り声を響かせる大きな口には鋭い牙が輝き、そこから垂れたよだれが地面を濡らす。

 腹を空かせた悪魔のような猛獣の登場だ。


 ほんわか天国から殺伐とした地獄に落とされた俺は、もう諦めた。

 これといった抵抗もしない俺に向かって、猛獣は飛びかかる。

 まず最初に食われたのは頭だ。牙が頭蓋骨を砕き、脳に突き刺さったとき、俺の命はあの世へ去って行く。



    *



 目を覚ますと、そこは森の端の道路沿い。目の前には口を尖らせたフユメの姿が。

 蘇ったばかりの俺に、フユメは叫ぶ。


「ちょっと目を離した隙に死なないでください! どうして動物さんたちと遊んでるだけで死んじゃうんですか!?」


「知るか! 俺の頭を噛みちぎった、いかにもヤバそうな猛獣に抗議してくれ!」


 ほんの一瞬だけ感じた、頭蓋骨を貫き脳みそに食い込む牙の感覚。

 命だけでなく、思い出したくもない記憶まで蘇り、俺の心はげんなりするばかりだ。


 そんな俺に対し、少し離れた位置に立つシェノがライフルを担ぎ言った。


「猛獣ってさ、これのこと?」


 にべもなくそう言うシェノの隣には、筋骨隆々とした長い体に8本足の猛獣が、力なく横たわっている。

 先ほど俺が見た猛獣と違い、その猛獣の体には穴があき、また6つの目に光はなかった。


 ライフルを担いだシェノ、体に穴をあけた猛獣の死体。

 ハンター・シェノの前では、あのいかにもヤバそうな猛獣も敵わなかったようだ。


「おねえちゃん! きょうのごはん、おにくだね!」


「素晴らしかったですわ! たった1発で、確実に猛獣の急所を撃ち抜くシェノさんの業、美しすぎて目眩がしますの!」


 無邪気に喜ぶニミーと、邪気に溢れた喜びを爆発させるアイシア。

 他方、メイティは俺の袖を引っ張り、尻尾を揺らしながら首をかしげていた。


「……新しい魔法、覚えられた……?」


「ああ、まだ試してない。ちょっとやってみるか。ラーヴ・ヴェッセル!」


 猛獣に襲われ忘れていたが、俺は小動物たちと戯れ魔法修行をしていたのだ。その成果はいかに。


 しばらくして魔法使用許可が下りると、俺は目をつむり思い浮かべた。

 かわいらしいモフモフ生物の見た目、感触、鳴き声、匂い、舐めた際の味。

 想像するのは、ピョンと飛び上がる自分の姿。


 魔法発動を示すような光や音はないが、おそらく魔法はすでに発動したはずである。

 俺は目を開け、姿勢を低くし、思いっきり跳び上がった。


「うおお!」


 体は宙を舞い、視界は開け、サウスキアの美しい森と山脈が眼前に広がった。

 再び地面に足をつけた俺はガッツポーズ。

 モフモフ生物魔法は無事に修得、俺はぴょんぴょん軽やかに跳ねられるようになったのだ。まあ、何に使う魔法かは分からないが。


 とはいえ、俺は動物と触れ合うだけで、その動物の特徴を魔法として覚えられることが判明した。これは大収穫である。


「よし、他の魔法も確認するぞ!」


 触れ合った動物たちを五感で思い浮かべ、想像。

 結果として、俺は瞬時に木に登ることも、電磁波を感じ取ることも、擬態することも、『な~ん』と鳴くこともできるようになっていた。

 こぞって使い所が難しい魔法だが、あって困るものでもないので良しとしよう。


「やりましたね! 動物さんたちに感謝しないと!」


「……わたしも、早く動物さんたちと、遊びたい……」


 魔法修行の成果を喜ぶのは、フユメとメイティも同じだ。

 彼女らは俺の新たな魔法に興味津々である。

 動物魔法シリーズ、愛弟子であるメイティにも早く教えてあげなければ。

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