第4章29話 大掛かりな面倒事に発展しそうだな……


    *


【巡洋戦艦ヴィクトル艦内でのカムラとハオスの会話一部抜粋7】


 カムラ

 『魔物たちの調子はどうだ?』


 ハオス

 『この世界にもたいぶ慣れてきたようです。しかし、サイクロプスをはじめ巨人族の多くは、どうにも寿命が短くなっております』


 カムラ

 『構わん。すぐに死ぬというのであれば、それだけ多くの巨人族を召喚すれば良い』


 ハオス

 『承知いたしました』


 カムラ

 『それで? 戦争はいつはじまるのだ?』


 ハオス

 『もう間もなくでございます、我らが魔王様。いざとなれば、あの哀れな皇帝を消してでも、戦争をはじめてみせましょう』



【デスティネイション内でのカムラとハオスの会話一部抜粋18】


 ハオス

 『懸念材料が現れました、魔王様』


 カムラ

 『魔術師か?』


 ハオス

 『左様でございます。デイロンの言う魔術師、天界の者どもが寄越した救世主ではないかと疑っております』


 カムラ

 『ムーヴにて、四天王フロガが魔術師に倒された』


 ハオス

 『なんと!?』


 カムラ

 『思いの外、ラグルエルも骨のある救世主を送り込んできたものだ。ハオスよ、お主はステラーでの戦争拡大に努めよ。救世主は我に任せるのだ』


 ハオス

 『ははっ! 魔王様の仰せの通りに!』



【デスティネイション内でのカムラとハオスの会話一部抜粋20】


 カムラ

 『あの装置は?』


 ハオス

 『時間を遡る装置でございます』


 カムラ

 『何に使う気だ?』


 ハオス

 『時間を遡り、過去の救世主を葬り去るためでございます』


 カムラ

 『……我の言葉を忘れたか?』


 ハオス

 『忘れてなどおりませぬ。しかし、救世主の始末などという些細な問題に、魔王様の手を煩わせるわけにはいきませぬ。救世主の相手など、デイロンで十分ではありませんか』


 カムラ

 『あまり救世主を侮るでない、ハオスよ。デイロンごときに救世主は倒せぬ。くれぐれも、我の計画を邪魔するな』


 ハオス

 『申し訳ありませんでした、魔王様』


    * 


 報告書を読んだ俺たちの感想は、アイシアやエルデリアとは違う感想。

 困ったことに、俺たちは報告書の内容の意味が分かってしまった。 


「魔物のハオスがカムラを魔王と呼ぶ……なあフユメ、これって、この2人が厨二病とかじゃないよな?」


「マスターや『ムーヴ』の名が出た時点で、2人の妄想ではないと思います」 


「ってことは、まさか……」


「はい。きっと、そのまさかです」


 断言したフユメ。

 間違いない。これで帝國に出現した魔物が『ムーヴ』の魔物と同種のものであり、ハオスが魔族であるのが確定した。


 問題は、ハオスがカムラを『魔王』と読んだことだ。

 最悪の答えを導き出してしまえば、これは大変なことである。


「やっぱりソラトとフユメさんには、これの意味が分かるんスね」


 目論見通りの結果だったのか、エルデリアは満足そうだ。

 きっと彼は、機密の中にあった『救世主』という言葉に注目し、わざわざ俺たちに報告書を読ませたのだろう。

 意外と抜け目のない男だ。


 ただ、エルデリアが思っている以上に俺たちは焦っている。

 特にフユメは、表情を強張らせ唇を噛んでいた。


「エルデリアさん、これは間違いなくカムラ陛下とハオス提督の会話ですか?」


「間違いないッスよ。銀河連合が保証するッス」


 できれば間違いであってほしかった。

 フユメは立ち上がり、想像を遥かに超えた闇への注意喚起を口にする。


「大変なことになりました。もしかしたら『ムーヴ』だけではなく『ステラー』――いえ、もっとたくさんの世界が危機的状況にあるのかもしれません」


 規模の大きな警告。

 決して彼女の言葉は間違っていない。

 しかし、これではエルデリアもアイシアも危機の中身を理解できない。


「どういうことッスか?」


「詳しい説明をしてほしいですの」


 案の定、困惑した様子の2人。

 『プリムス』のルールに従うフユメは、苦しそうに答えた。


「ごめんなさい。詳しい情報は、すぐには説明できません。でも、皆さんに情報提供ができるよう、私も出来る限りのことはします!」


 せめて誠意と危機感だけでも伝わってほしい。

 そんなフユメの願いは、エルデリアとアイシアに届いたようだ。


「よく分からないスけど、あのフユメさんがこんなに切羽詰ってるんスから、無理は言わないッスよ」


「そうですわね。何か大きな事情があるのでしょう。情報提供、待っていますわ」


「本当に、ごめんなさい」


 どうせ合理的な判断なのだろうが、フユメからすれば、2人の返答は厚意と受け取ったのだろう。

 頭を下げたフユメは、心の底から申し訳なさそうだ。

 彼女は小声で俺に「マスターに報告してきます」とだけ言って操縦室を去ってしまう。


 残された俺は、大きなため息をつき嫌な未来を想像した。


「大掛かりな面倒事に発展しそうだな……」


 勇者メイティがいる時点で、『ステラー』に魔王と同等の存在が出現する可能性はあった。

 だが、まさか魔王本人が出現する可能性が出てくるとは思いもしなかった。

 それも、俺が倒すべき魔王と同じ魔王が、である。


 救世主としての仕事、真の英雄としての仕事は、これから増えるかもしれない。

 コターツでまったりするだけの人生は、まだまだ先のようだ。


 未来の苦労にすでに疲れはじめた俺。

 片や魔王の存在を知らぬエルデリアは、すんなりと話題を変えた。


「ところでソラト、帝國軍からソラト宛の通信があるッス」


「俺に通信? なんか嫌な予感がしてきたぞ」


 まさか、あいつ・・・からの通信ではないだろうか。

 傲慢な女将校の顔を思い浮かべながら、俺はエルデリアから受け取った端末を起動する。


 端末を起動すると、美麗な顔つきに神経質な瞳でこちらを睨みつける軍人の顔が、ホログラムとして浮かび上がった。


《こちら栄えある帝國軍第二艦隊第六巡洋隊司令、ケイ=カーラック少将だ。クラサカ=ソラトよ、貴様に言っておきたいことがある》


「げっ、やっぱりカーラックかよ……いつの間に少将に昇進してるし……」


 予想通りの人物の登場にげんなりする俺。

 カーラックの通信は構うことなく、大げさな口調で話を続ける。


《前回の戦いでは貴様を逃したが、再び私から逃げられるとは思わないことだ。油断はしないことだ。私は帝國軍人として、常に前に進み続ける。人間の本来あるべき姿を取り戻すために、常に戦い続ける。私は常に強くなり続ける》


 強く拳を握ったカーラックは、次に俺を指差し、俺を見下すように怒鳴った。


《次に会ったときは、必ず貴様を倒してみせる! 必ず、貴様を私の出世の糧としてくれる! 魔術師よ、貴様の強大な力がお飾りでしかないこと、思い知らせてやる!》


 それで通信は終わり。

 ホログラムのカーラックの顔は消え、グラットンに静寂が戻った。

 俺は思わず苦笑い。


「本当に言いたいことだけ言いやがったな……」


 面倒な人に目をつけられてしまったものである。

 かたわらでカーラックからの通信を聞いていたエルデリアは、コターツに体を埋め笑った。


「帝國革新派の穂先に気に入られるなんて、ソラトはどんどんビッグになるッスね」


「全然嬉しくない」


 むしろ勘弁してほしい。

 どうして俺はカーラックにライバル扱いされているのだろうか。

 どうして俺はカーラックに目の敵にされているのだろうか。


 考えれば考えるほどに意味が分からず、腹が立ってきた。


「ったく、私は常に強くなり続ける? 貴様の強大な力がお飾りでしかないこと、思い知らせてやる? 勝手に言ってろ。俺だって、魔法修行でもっと強くなってやるさ。帝國も魔王も相手にならないぐらい、強くなってやる」


 もうカーラックを黙らせる方法はそれしかない。

 カーラックが強くなるというのなら、俺はその何倍も強くなって、カーラックを黙らせる。


「……ソラト師匠、本気、出した……」


「珍しいッスね」


「真の英雄が本気を出したらどうなるのか、気になりますわ!」


 なぜか驚くメイティとエルデリア、アイシアだが、知ったことか。

 俺は俺の道を行く。

 カーラックを黙らせ、魔王を倒し、真の英雄となって、俺は自分のやりたいことをやる。


「よし! 魔法修行のために、まずは体を休めるぞ!」


 ということで、俺はコターツに潜り込み眠ることにした。

 壮大なため息が全方位から聞こえてくるが、やはり知ったことか。

 あんな女将校のための魔法修行など、休むだけで十分である。


 これから俺を待ち構えているであろう数多の面倒事に備えるためにも、休息は必要だ。

 決して、コターツから出たくないというわけではない。決して。

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