第5章3話 祖国を救うための覚悟はできていますの

 魔法修行を終え、数多くの動物魔法を覚えた俺たちは、ヤーウッドへと戻った。


 さて、過去の記憶を辿れば、本日はビッグイベントの日である。

 本日は過去の俺たちがタイムスリップをする日なのだ。


 そのための準備は着々と進めている。

 ヤーウッド帰還から約2時間後、アイシアがグラットンにやってきた。


「フユメさんの言う通りでしたわ。カムラ陛下から、魔術師を捕らえ報告しろという指示が出ましたの」


 コターツに入る俺たちに向かって、同じくコターツに入り、どことなく呆れながらそう言ったアイシア。

 対する俺はあくびをし、フユメは肩に力が入る。


「いよいよですね。アイシアさん、次は過去の私たちとの接触です」


「分かっていますの。フフ」


「あれ? 緊張していないんですか?」


「緊張なんかしませんわ。皆様ともう一度、初対面できるんですもの。こんなに楽しみなことはありませんわ! わたくしの演技で、皆様を騙してみせますの!」


 怪しげに笑ったアイシアは、両腕を広げ、これからの楽しみに胸を躍らせていた。


 俺とアイシアが初対面したとき、きっとアイシアは楽しくてしようがなかったのだろう。

 大好きな映画の女優を気取りながら、得意の・・・演技で過去の俺たちを騙す。

 実際、俺たちはアイシアの演技に騙された。


 確かに面白そうな展開である。


 しかし、能天気なことばかりも言えない。

 一転して真面目な表情を浮かべたアイシアは、フユメを見つめ口を開く。


「ところで、カムラ陛下は、古い伝承にある『魔王』にその人格を支配され、もはや別人と化していると、そういう認識で良いのですわね?」


「はい、その通りです……」


 あまり肯定したくない、という様子のフユメ。

 アイシアたちには、魔王の存在をエルフィン族の伝承と絡め、ある程度まで伝えている。


 帝國の機密情報にあった『魔王カムラ』についてラグルエルから返答があったのは、つい先日のことだ。

 フユメを介し伝えられたラグルエルの解説は、以下の通りである。


『報告への答えよ。魔王が世界を飛び越えるのは普通のこと。魔王が魔核を分裂させ、それを他人に寄生させて人格を支配することは可能。複数世界に魔核を分散させることも可能。『ステラー』を含む複数世界が危機にある可能性は十分。そんなところね』


 簡単な答えではあったが、巨大な闇の侵食を認めるに等しい解説。

 カムラが魔王に乗っ取られたのは、これでほぼ確定だ。

 破滅の影は、すでに『ステラー』にまで届いていたのだ。


「魔王に人格を支配されてしまうと、元の人格は完全に消えてしまっている可能性があります。おそらくカムラ陛下は、アイシアさんの知っているカムラ陛下とは別人に……」


 言いにくそうにしながらも、フユメは隠さず事実を口にする。

 カムラの死亡宣告にも近い事実。

 実の父が死んだも同然の状態にあると知って、アイシアはどのような表情をするのか。


 答えは分かりきっている。アイシアは、いつも通りの優雅な表情をしていた。


「フユメさんが暗い顔をする必要はありませんわ。わたくしはサウスキアの王女として、祖国を救うための覚悟はできていますの。フユメさんはソラさんと一緒に、自分のなすべきことに集中してくださいな」


「アイシアさん……」


 それはカムラの娘ではなく、サウスキアの王女としての言葉だった。


 泰然としたアイシアに、フユメの心は落ち着かないようである。

 俺も同じだ。今のアイシアを見ると、なぜか心がざわついた。

 この王女様は、一体何を覚悟したというのか。


 いや、彼女の道は彼女が決めるべき。俺は素直に、彼女を見送ろう。


「もう出発するのか?」


「ええ、すぐにでも。過去のソラさんたちを回収するついでに、サバリクレイでの帝國軍の悪巧みも潰してきますので、少し遅くなりますわ」


「そうか。ま、困ったら過去の俺を頼れ」


「むしろ、過去のソラさんたちがわたくしに頼るのでは?」


「間違いない」


 きっと大丈夫だ。アイシアは強い。彼女の心配よりも、自分たちの心配をしよう。

 操縦席に避難・・していたシェノも、ニミーと一緒にアイシアを見送った。


「いってらっしゃい」


「アイシアおねえちゃん、きをつけてね!」


「シェノさん! ニミーさん! ありがとうですの! シェノさんとニミーさんに見送られて、シェノさんとニミーさんに会いに行くなんて、不思議ですわ。ムフフ」


「そ、そうだね……」


 粘り気のある笑みを浮かべたアイシアと、再び操縦席に隠れるシェノ。


 続けて言葉を発したのは、コターツの中に潜り沈黙を守っていたメイティだ。

 謎の沈黙を破ったメイティは、アイシアの手を掴み首をかしげる。


「……一緒に行かなくて、大丈夫……?」


 パッチリとした瞳にモフモフの頭、心配そうに垂れる猫耳がアイシアに向けられていた。

 そんなメイティを抱きしめ、アイシアは笑う。


「大丈夫ですわ。メイティさん、いい子いい子ですの」


「……うにゃぁ……」


「あ! 私にもモフモフさせてください!」


 独り占めは許さぬと言わんばかりに、フユメもメイティを抱きしめた。

 2人に抱きしめられ撫でられるメイティは、困惑しながらもほんわか気分。


――ずるいぞ。俺もメイティを撫でたい。


 そう思ったのだが、フユメやシェノの視線が怖かったので、残念ながら俺がメイティに近づくことはできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る