第4章28話 アイシア殿下が欲しい情報はこれッスよね

 機密情報獲得から数日後。

 エルデリアがヤーウッドを訪問してきた。

 グラットンの操縦室にやってきた彼は、操縦室を見渡す。


 彼の視界に映ったのは、メインコンピューター前で寄り添い居眠りをするシェノとニミー、そしてコターツに入るフユメと俺。


「いつも通りのダラけっぷりッスね」


「よおエルデリア。お前もコターツに入ってダラけろよ」


「それも悪くないッス」


 爽やかに笑ったエルデリアは、おもむろにコターツへ体を捻じ込んだ。

 これで、極楽浄土の地にて脱力する者が1人追加である。


 コターツの暖かさに包まれたエルデリアは、気の抜けた声で雑談をはじめた。


「昨日、過去のソラトに会ってきたッスよ。メイティさん、あんなに修行が進んでるとは思わなかったッス。今の時点であの強さなんだから、未来のメイティさんは、もっと強いんッスよね」


「あれ? お前ってメイティの実力を知らなかったのか?」


「知らないッスよ。ボクが知ってるメイティさんの情報は、小さな炎を操る魔術師の少女、ってだけだったッスから」


「そうなのか。情報通のお前のことだから、それぐらいは知ってるものかと」


「エージェントも任務以外の情報には疎かったりするんッスよ」


 頬杖をした俺に対し片手を振り、緩慢な笑みを浮かべるエルデリア。

 続けて彼は疑問を口にする。


「で、メイティさんはどこに?」


 グラットンの操縦室にメイティの姿はない。

 ここ数日はいつもそうだ。


 もちろん理由はある。

 その理由を口にしたのは、ミカンらしき果物を食べるフユメであった。


「メイティちゃん、アイシアさんの心を読み取って以来、アイシアさんの側から離れようとしないんです。ただ、メイティちゃんと一緒にいるアイシアさんは楽しそうにしていますから、今はメイティちゃんの自由にさせています」


「つまり、メイティさんはアイシア殿下の護衛役を自主的にやってるってことッスか?」


「たぶんそうだと思います」


 気のせいならば良いが、アイシアにはどこか闇がつきまとっているように感じる。

 メイティもそれを感じ取り、危うさを内包するアイシアを守らねばと思ったのだろう。


 幸い、2人の相性はぴったりだ。

 2人の関係に俺たちが口を挟む権利はないのである。


 フユメの説明を聞いたエルデリアは「あのサウスキアの孤独姫にお友達ッスか」などと言って可笑しそうにしていた。


 さて、こんな会話をしている最中、グラットンに鈴のような美しい声が響いた。


「お待たせしましたわ。あら、シェノさんはお昼寝中ですのね。フフフ、寝顔もお美しいですわ」


 操縦席にやってきたのは、ドレス姿でお辞儀をしながら、シェノの寝顔に見惚みとれるアイシアと、尻尾をゆらゆらと揺らしたメイティの2人。

 なんというタイミングだろうか。


「噂をすれば、アイシアとメイティの登場だな」


 この俺のセリフに、アイシアは興味を持ってしまう。

 彼女はわざとらしいまでに目を丸め、メイティの手を握った。


「まあ! わたくしたちの噂ですって! 一体どんな噂をしていたのでしょう? メイティさん、分かりますの?」


 対するメイティは、アイシアと手を握ったまま俺たちをじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。


「……わたしとアイシアの関係、話してた……? わたしとアイシア、相性ぴったり……?」


 正解である。

 俺たちは一瞬だけ言葉を失った。

 その一瞬が過ぎ去ると、俺たちの驚きがせきを切ったように溢れ出る。


「そこまではっきり分かるのかよ!?」


「すごい洞察力ッス! 銀河連合のエージェントとして働いてほしいぐらいッス!」


「ちょっと待てエルデリア! ウチのメイティを、お前のところに渡しはしないぞ!」


「ソラト、いきなりどうしたんスか?」


 どうしたも何も、ウチの可愛い愛弟子をエルデリアなぞには渡さん。

 誰がお義師匠だ。俺はエルデリアのお義師匠になった覚えなんかないぞ。


 などと思っている間に、メイティとアイシアは仲良くコターツに潜り込んだ。


「閑話休題ですわ。エルデリアさん、報告をお願いしますの」


 コターツの魔力に表情を緩めながら、しかし鋭い目つきをしたアイシアの言葉。

 一方のエルデリアも、待ってましたと言わんばかりだ。


 まるで友達の家を訪ねるかのようなエルデリアだが、もちろん彼は仕事をしに来ている。

 ポケットから小さな端末を取り出したエルデリアは、それをコターツの上に置いた。


「極秘の任務について書かれた機密情報もあったんスけど、そっちはまだ解析が終わってないッス。とはいえ、アイシア殿下が欲しい情報はこれッスよね。どうぞッス」


 端末からはホログラム状の報告書が浮かび上がる。

 アイシアはその報告書を、冷めた表情で読みはじめた。


 そこそこの長さの報告書を読み切るまでには時間がかかる。

 暇になってしまった俺は、フユメが食べていた果物を分けてもらい、おやつを食べることで時間を潰す。


 30分近く経った頃だろうか。報告書に一通り目を通したアイシアが言い放った。


「感想は一言ですわ。意味が分かりませんの」


 あまりにあっさりとした感想である。

 これには俺もフユメも首をかしげてしまうが、エルデリアの反応は違った。


「ボクら情報局も同じ見解ッスよ」


 つまり、誰が見ても帝國の機密の内容は意味不明なものということ。

 情報のエキスパートたちが意味不明と結論づける機密とはどのようなものなのか。

 俺とフユメはコターツに体を乗り出した。


「意味が分からないって、具体的にどういうことだ?」


「とりあえず、これを読んでみるッス」


 百聞は一見に如かずということか。

 エルデリアは報告書のある箇所をピックアップし、それを俺たちに見せた。


 報告書の文字は『ステラー』の世界の文字だが、文字を目にしたことが魔法修行となったのか、文字を読むことは可能。

 俺たちは貪るように報告書を読む。

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