第4章27話 これからは混戦となりそうだ

 カーラックの登場にはフユメも驚いたようで、副操縦席に座る彼女はシートベルトを引っ張りこちらを振り返っている。

 思わず体を乗り出した俺は、感情そのままに口を開いた。


「お! カーラック艦長! 久しぶり!」


《フン、馴れ馴れしくするな! 貴様、よくもデスプラネットを破壊してくれたな! それと、今の私は艦長ではなく、第六巡洋隊の司令だ!》


「カーラックおねえちゃん! こんにちは!」


《ニ、ニミーを戦場に連れてきているのか!? 貴様ら、どこまで帝國をコケにすれば気が済むのだ!》


 唐突な天使からの挨拶に、一瞬だけ狼狽うろたえるカーラック。

 だがすぐに調子を取り戻し、彼女の怒鳴り声がグラットン船内に響いた。


 相変わらずプライドが高いこと。

 俺はカーラックに言い返す。


「別にコケにはしてねえよ。保育園が足りないだけだ。それより、司令だなんて随分と出世したな。てっきり除隊させられてたかと思ってたぞ」


《リー総督がデスプラネットを破壊された責任を取り、その取り巻きが要職を去ったからな》


「なるほど。じゃ、リー総督を失脚させた俺に感謝してくれよ」


《調子に乗るな! 我ら帝國の誇るべき究極兵器を破壊した悪鬼に、誰が感謝などするか!》


 再びカーラックの怒鳴り声が俺の鼓膜を刺激する。

 怒りを撒き散らしたカーラックは、一転して小さく笑い、自嘲気味に言った。


《感謝はせぬが、お前の言うことは正しかったかもしれん》


「急になんだ?」


《貴様、どうせ落ちぶれるなら、自分の道を突き進んで落ちぶれろと言ったな》


「……そうだっけ?」


《全くその通りであった。その結果が、今の私の地位だ》


「お、おう」


 どうしよう、あまり覚えていない。

 そんなようなことを言ったような気もするが、あのときの俺は、テキトーに思いついたことを垂れ流しただけ。

 いちいち自分の言葉など覚えてはいない。


 カーラックが意味深な笑みを浮かべているから、とりあえず、今はうなずいておこう。

 うなずいた結果、カーラックの言葉に力が入りはじめた。


《今はハオス提督が帝國艦隊の中心となり、我々革新派は腐敗した連中から帝國を取り戻すため邁進中だ。デスプラネットを破壊したぐらいで、我ら帝國のスピリットは死にはしない! 魔術師クラサカ=ソラト、あまり油断してくれるなよ!》


 強気なことだ。

 何がカーラックをそこまで駆り立たせるのだろう。

 どうして彼女は、わざわざ俺にそんなことを言うのだろう。


「よく喋るなぁ……」


 これでも俺たちは敵同士。本来ならこうして会話をする相手ではないのである。

 当然、戦場は俺とカーラックの会話を長引かせはしなかった。


《カーラック大佐!》


《どうした?》


《第四巡洋隊旗艦ギンナーイ轟沈! ハサン司令をはじめ当作戦の指揮官は全滅! カーラック大佐、当時刻よりは大佐が当作戦の最高指揮官となります!》


《フン、そうか》


 口角を上げ、軍帽を整えたカーラックは、おもむろに俺たちとの通信を切った。


 真っ暗なモニターを眺める俺は、何やら置いてけぼりにされた気分。

 仕方がないので、ニミーを連れてコターツへ直行だ。


「帝國軍の巡洋艦が、残骸の中に移動しはじめたみたい」


 コターツに入った直後、敵機を追うシェノがそう言った。

 フロントガラスの外に目を向ければ、帝國の画一化された巡洋艦の姉妹たちが、デスプラネットの残骸を押し退けている。

 もしや残骸を盾にしようというのか。


 時を置かずにドレッドの指示が届いた。


《こちらヤーウッド。苦戦する帝國軍は、残骸内に移動し持久戦に持ち込むようだ。おそらく援軍を待っているのだろう。同盟軍も追って残骸内に突入する動きを見せている。これからは混戦となりそうだ。敵と味方を間違えぬよう注意せよ》


 ますます混迷を極める戦場。


「面白くなってきたじゃん」


「おお~! あとらくしょんだ~!」


 どうしてか喜ぶシェノとニミーに対し、俺とフユメは顔を引きつらせた。

 残骸内に帝國軍が入り込むということは、帝國の攻撃が俺たちにも向けられるということ。

 決して俺たちにとって都合の良い展開ではないのだ。


 実際、帝國の無人戦闘機はならず者たちに群がり、グラットンが墜とすべき敵機の数は増えていくばかり。

 大小様々、千差万別の残骸をかすめながら、グラットンは敵機を追う。


「あ、危ないです! いやあぁ! ぶつかる! ま、まだ生きて――ああ! またぶつかっちゃいます!」


 視界を遮り、目の前を過ぎ去り、時には船体を擦りつける残骸に、フユメは怯えきった様子。

 それでも俺たちが死ぬことはなく、散っていくのは敵機だけ。

 帝國の巡洋艦のレーザーが飛び抜けようと、シェノが操縦席に収まる限り、グラットンは墜ちはしない。


「この魔力は……あそこです! 過去のソラトさんが浮いてます!」


 恐怖を追いやり一点を指差したフユメの報告。

 彼女の指の先には、残骸の近くを浮遊する、宇宙服を着た人影が。


 人影には、赤い一本線が黒の機体によく映える、1機の無人戦闘機が迫っている。

 俺の脳裏に思い浮かぶのは、嫌な思い出。


「チッ……」


 舌打ちをしながらも、シェノはグラットンを傾けブラスターを無人戦闘機に向けた。

 グラットンのブラスターは容赦なくレーザーを放ち、レーザーは一片の迷いもなく無人戦闘機に突き刺さる。


 機体を貫かれ制御を失い、コマのように回る無人戦闘機は残骸に激突、四散した。


 四散した無人戦闘機の破片はグラットンに降りかかるも、グラットンはそれらを振り払い人影の側へ。


 ほんの一瞬の鉢合わせ。人影――過去の俺と現在の俺のすれ違い。

 過去の俺の側を飛び抜けたグラットンの操縦席で、シェノはいたずらに笑っていた。


「ほら、助けたよ。感謝したら?」


「ありがとよ、シェノ」


 頬杖をしたまま、そう言葉を返す俺。

 シェノはまたも舌打ちをして、戦場に意識を戻す。


 新たな標的を見つけたシェノは、グラットンを操り敵機狩りを再開させた。


 残骸内に逃げ込んだ帝國の巡洋艦たちは、大量の無人戦闘機を放ち同盟軍に善戦している。


 戦力不足と判断したか、残骸内にはヤーウッドも進入。

 いつしか辺りは艦砲射撃が飛び交い、残骸はブロックが崩されるかのごとく細かく刻まれていた。


「帝國軍、以外としつこい」


 シールドに当たる敵機のレーザーと、レーダーに映る赤の点を見て、いよいよシェノも表情を強張らせた。

 すでにグラットンが撃墜した敵機の数は20に迫る。それでも敵機の数は減ったどころか、むしろ増えているのだ。

 コターツの中でゆったりとする俺も、帝國の攻撃による振動には迷惑している。


《近衛艦隊飛行群、壊滅状態です!》


《構うな。機密情報が確保できるまでに全滅しなければ十分だ》


 無人戦闘機は消耗品と言わんばかりのドレッドの指示。

 命令に忠実な無人戦闘機たちは、体当たりすらもいとわず帝國と戦い続ける。

 減少した分の戦力は、ヤーウッドの艦砲射撃で埋めるだけ。


 しかし、どうやらカーラック率いる帝國の艦隊は危機を乗り切ってしまったらしい。

 残骸の外側に、複数の白く輝く球体が現れ、帝國の巡洋艦と駆逐艦数隻が出現したのだ。


《帝國軍の援軍が出現》


《勝敗は決したか……。こちら第四三駆逐隊、これ以上の損害は許容しきれない。撤退を提案する》


《我々第四一駆逐隊、同じく撤退を提案する》


《……同盟軍参謀本部から通達。全艦撤退せよ。繰り返す。全艦撤退せよ》


 合理的な判断が同盟軍を撤退させた。

 同盟軍の駆逐艦たちは残骸を抜け、次々と戦場を去っていく。


 これで困るのは俺たちだ。このままでは、帝國の全戦力が俺たちに向けられてしまう。

 機密情報確保の報はまだなのか。


《過去のグラットン、無事に戦場を脱出しました!》


 ヤーウッドのAIによる明るい声と報告。

 それはつまり、機密情報の確保に成功したということ。

 すかさずドレッドの老練な声が無線機を巡る。


《ならず者諸君、我々は機密情報を確保することに成功した。任務は完了、これよりヤーウッドは戦場を離れ、所定の惑星で諸君らと合流する。戦場に残りたいという死にたがりは好きにしたまえ。精々死に急ぐのだな。以上だ》


 あとはスカベンジャーたちの世界。

 これでもう、俺たちの戦いは終わった。


「俺たちも戦場から抜け出そう」


「言われなくても分かってる」


 帝國の抵抗に飽き飽きしていたのだろう。シェノはそそくさとグラットンを残骸の外に連れ出し、ハイパーウェイを起動した。

 背後からは大量のレーザーが飛びかかってくるが、知ったことか。


 無人機を置き去りにし、ヤーウッドもすでにハイパーウェイに飛び込んでいる。


 シェノがレバーを倒すと、グラットンは戦場から逃げ出すように、ワームホールへと飛び込んでいくのだった。

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