第4章23話 とある作戦の準備を進めていますの

「ソラさんが面倒そうな顔をしているので、さっそく本題に入りますわ」


 感情が表情に浮き出していたか、振り返り俺を見たアイシアはそう言って話をはじめた。


「サウスキア国王カムラ陛下は、サウスキア王国の元首ではあるものの、その権力はトップではありませんの。なぜかって? 実は、フセペ様――わたくしのおじい様が王の位を退位した後も、その権力を保持しているからですわ」


 関心もなく、ほとんど知ることのなかったサウスキア王国の政治状況。

 カムラは見せかけの国王でしかなかったということか。

 歴史の教科書で習った『院政』のような状態が、今のサウスキア王国の形なのだろう。


「おじい様がいる限り、カムラ陛下の権力には限界がある。ですから、カムラ陛下が勝手に帝國の人間と接触するのはあり得ない。わたくしはそう思っていたんですの」


 ここでアイシアは腕を組む。


「ところが銀河連合のエージェントが収集した情報を見る限り、カムラ陛下は確実に帝國の人間、それもハオス提督と複数回に渡って顔を合わせていることが分かりましたわ。加えて、2人が接触をはじめたのは、おじい様が姿を現さなくなったこの数ヶ月のこと」


 それは偶然か?

 フセペに隠れて、カムラはハオスと顔を合わせていたのか?

 もしそうでないとしたら――


「まさかと思い探りを入れると、おじい様は替え玉となり、本物のおじい様は行方不明になっていましたわ」


 お手上げと言わんばかりに片手を上げ、最悪の事態を口にしたアイシア。

 彼女の表情は余裕に満ち溢れているが、メイティはアイシアを心配そうに見つめている。


 自分の父親の不審な行動と、自分の祖父の行方不明が繋がってしまったのだ。いくらアイシアでも、そのショックは大きいはず。

 アイシアは遠い場所を眺めるかのような瞳で、どこか嘲笑するように言い放った。


「わたくしがヤーウッドに住む間、宮殿は何者かに乗っ取られてしまったようですの」


 これが彼女の導き出した、サウスキア王国の現状。

 俺は疑問を抱く。


「何者かに乗っ取られた? 国王がクーデターを起こしたってことか?」


「いいえ、違いますわ。カムラ陛下に、おじい様と敵対するだけの勇気はありませんから」


 にべもない答えに唖然とする俺。

 どうにも理解が追いつかない。

 理解が追いつかぬのはフユメも同じだったらしい。


「もしかして、カムラ陛下も替え玉だったのでしょうか? あるいは、私たちの知らない第三者が存在するのでしょうか?」


 考えられる答えを繰り出すフユメだが、アイシアは首を横に振るだけ。

 一方、メイティはじっとアイシアを見つめ、静かに口を開く。


「……乗っ取られたの、宮殿だけじゃない……国王も、乗っ取られた……」


「メイティさん、正解ですわ! というよりも、わたくしの頭の中を覗きましたね?」


「……ごめんなさい……」


「良いんですのよ。わたくしの本音を知ってくれるのは、メイティちゃんしかいないのですから」


 わずかな寂しさを見せたアイシアは、メイティをモフモフし微笑んだ。

 無表情なメイティは、嬉しそうに尻尾を振っている。


 だが、俺の頭はクエスチョンマークに支配されていた。

 コターツに入ったままの俺は、お菓子の袋を握りつぶす。


「待て待て、余計に訳が分からない。国王が乗っ取られた? 洗脳でもされたのか?」


 合理性から遠く離れた考え。

 外見はカムラのまま、中身は別人に乗っ取られるなどという話は、あり得るのだろうか。


 もちろんここは『ステラー』である。洗脳関係の技術は俺が知るものより遥かに優れているのだろう。

 けれど、やはり簡単には信じられない。


 だいたい、一体どこの誰が、何を目的にカムラを洗脳し、ハオスと接触させているのか。分からないことばかりだ。


「わたくしも、自分の推測に自信がありませんわ。もしわたくしの推測が正しければ、それはあまりに超自然的すぎますもの」


 本音はアイシアも同じ。

 超自然的な可能性と分からないことばかりの中で、答えにたどり着く方法は少ない。

 幸いなのは、アイシアがその方法のひとつを見つけていたことだろう。


「答えを知るには、カムラ陛下とハオス提督の密談内容を記す、帝國の機密情報を探るしかありませんの。そしてそれは、デスプラネットの中にあったそうですわ。そこでわたくしは、ヒュージーンさんと協力し、賞金稼ぎたちを利用した、とある作戦の準備を進めていますの」


 すでに破壊されたデスプラネットに、再び訪問する理由ができた。

 同時に、どこかで聞いた話だなと俺は思う。

 手を叩いたのはフユメだ。


「そうでした! 明後日は、過去の私たちがデスプラネットの残骸から機密情報を入手した日です!」


「ああ、完全に忘れてた」


「あの仕事の依頼人ってサウスキア王国だったけど、アイシアが立てた作戦だったんだ」


 フユメの記憶力が、俺とシェノの心もとない記憶力を補助してくれた。

 デスプラネットの残骸から、とある重要なデータを盗み出すという、あの唐突な仕事の依頼。

 その正体を、俺たちはついに知ることができたのだ。


 俺たちの言葉を聞き反応を見たアイシアは、目を輝かせている。


「まあ! やはりそうでしたの! わたくし、過去のソラさんたちにも協力を仰ごうと思っていたところですの! 未来を的中させるのって、不思議な気分ですわね! それに――」


 息を大きく吸ったアイシア。

 数秒して、彼女はひらりとシェノの目の前に移動し、両腕を広げた。


「それに! これから過去のシェノさんとニアミスを果たすだなんて、感激ですわ! これは運命ですの!」


「ちょっと!? 顔が近い! 抱きつかない!」


「おお~! おねえちゃん、ニミーもだっこして!」


「あたしはアイシアを抱っこしたつもりはない!」


「抱っこ!? きゃー! わたくし、シェノさんに抱っこされていますわ!」


「だ・か・ら! あたしは別に――あわわ! わ、脇を触らないで!」


 操縦席とアイシアに挟まれ、弱点を触られ、ニミーに脚を掴まれ、気の抜けた声を出し、ばたつくシェノ。

 俺とフユメは苦笑することしかできない。

 さっきまでの真面目な雰囲気はどこへ行ってしまったのだろう。


 王女様のご乱心とシェノの災難を眺めていると、戦場を分析するかのような冷静な声が俺たちの鼓膜を震わせた。


「殿下のボディタッチが度を越している。やはり、ここ最近の疲労のせいだろうか――」


「ドレッド艦長!」


 いつの間にグラットンの操縦室にやってきていたドレッド。

 操縦席の奇怪な光景を気にすることなく、彼は俺たちに言った。


「明後日の作戦について、過去を知る魔術師に聞きたいことがあるのだ。当時の戦場の様子を、できる限り教えてほしい」


「分かりました。覚えてる限りのことは話します」


「助かる」


 全ては作戦を成功させるため。

 頼もしいフユメの記憶力と、危うい俺の記憶力に、ドレッドは考えを廻らせ、脳内に戦場を描き出していた。

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