第4章24話 皆の者! 救世主様がいらしたぞ!
デスプラネットの残骸から機密情報を盗み出す作戦まで、あと18時間。
アイシアの要請を受け、ヒュージーンはならず者たちに向けて、報酬の高い魅力的な仕事を宣伝する。
メイティはアイシアやドレッド、ヤーウッドのクルーたちとともに艦橋に集まり、明日に備えていた。
シェノはグラットンの調整に夢中。
では俺は何をしているのか?
俺はコターツに潜り、ニミーのお人形遊びを眺め、フユメに叱られている最中だ。
「ソラトさん! 作戦の確認に行きますよ!」
「そんなの、後でメイティから聞けば良いだろ。俺はコターツでゆっくりする」
「過去の自分たちを守らなきゃいけないのに、どうしてそんな他人事みたいな感じでいられるんですか!?」
「実際に他人事だから」
「え!?」
「作戦に参加するのは、シェノとシェノが操縦するグラットンだろ。俺はコターツでゆっくりするためにグラットンに乗り込むのであって、作戦に参加するためにグラットンに乗り込むわけじゃない」
「本気ですか!? 真の英雄が、世界の命運をかけた作戦に参加しないんですか!?」
「真の英雄は戦わずして勝つ」
「あ、これはダメなやつですね……」
途端に脱力し、座り込んでしまったフユメ。
もう彼女が俺を説得することはない。
彼女は地面を這い、コターツへと潜り込んだ。
「フユメおねえちゃん、わるい『すーききょー』やくやってぇ!」
「分かりました。マフィアと関係を持つ悪徳枢機卿の役ですね」
癖のあるお人形遊びがはじまった。
コターツの温かみに包まれた俺は、そんなお人形遊びを見守る。
かわいらしい捜査官ミードンと、妙にリアルな悪徳枢機卿フユメの熾烈な抗争。
まるでクライムサスペンス映画を見ているような気分だ。
「マフィア役として、私も参加して良いかしら?」
突如としてお人形遊びの舞台にやってきた、透き通った美しい声。
いつの間に、コターツを囲む人物が1人増えていたらしい。
「おお~! ラグおねえちゃんだ~!」
「ラグルエルさん!?」
「マスター!?」
毎回のごとく神出鬼没のラグルエルの登場である。
久々の『プリムス』の格好をした彼女は、普段通りの笑みでニミーを見つめていた。
親戚の子供に会いに来たかのようなラグルエルに、俺とフユメはまず驚く。
続いて彼女がここに来た理由に気がつき、先回りして話を進めた。
「また魔族退治ですか?」
「過去の私たちが2度目の魔族退治――四天王ゲーを退治するのは、明日のはずでは?」
「もう、2人はすぐに本題に入ろうとするのね。私もお人形遊びがしたいのに」
口を尖らせたラグルエルと、彼女の言葉に目を輝かせるニミー。
それでも、俺たちにとっては本題の方が大事だ。
諦めたラグルエルは、小さくため息をついてから本題に入る。
「タイムスリップしたあなたたちにも魔族退治をしてもらえば、『ムーヴ』がもっと早く救われると思ったのよ。コンストニオには反対されちゃったから、私1人でお願いしに来たんだけどね」
確かにその通りだ。
過去の俺と比べれば、現在の俺の方が強い。現在の俺が『ムーヴ』で魔物退治を行えば、『ムーヴ』が魔王に滅ぼされるまでの時間を大幅に稼ぐことができる。
コンストニオが反対したのは、救世主派遣法の解釈の相違だろう。
救世主派遣法で救世主を派遣できる人数は1人まで。同一人物とはいえ、ひとつの世界に2人の救世主を送るのは、法律的には危うい話だ。
まあ、どんな理由があろうと、俺の答えは決まりきっているのだが。
「俺はコターツでゆっくりとしていたいんですけど」
「クラサカ君が『ムーヴ』に行っている間は、代わりに私がコターツでゆっくりしていてあげるわ」
「それ、代わりになってないです」
せっかくの
少なくとも、ゲーを倒したときの『ムーヴ』はまだ崩壊していなかった。
そこまで急いで魔物退治をする必要はない。今はコターツが優先。それが俺の考え。
対するラグルエルは、俺の言葉を無視してフユメに言う。
「ニミーちゃんとのお人形遊びは任せなさい。枢機卿フユメちゃんは、マフィアのボスであるラグルエルに殺されたことにしておいてあげるわ」
「物騒な言い方をしないでください!」
フユメのツッコミに可笑しそうにしたラグルエル。
彼女は笑ったままぬいぐるみを手に取り、俺たちに手を振った。
「それじゃあ2人とも、行ってらっしゃい」
俺は魔物退治に行くなど一言も言っていないのだが、俺とフユメの体は強い光に包まれる。
どうやらラグルエルは、気づかぬうちに幾何学模様が描かれた紙を俺たちに貼り付けていたらしい。
操縦室の景色が視界から消えていく中、俺はコターツに掴み必死で叫んだ。
「ちょっと待ってください! 俺はまだコターツでゆっくり――」
残念ながら、俺の叫びはラグルエルには届かなかった。
視界はまばゆい光に包まれ、俺たちの体は『ステラー』を離れてしまったのである。
*
光が消え俺たちの視界に飛び込んできたのは、陰鬱な雰囲気を放つ要塞。
俺たちが今いる場所は、要塞が佇む丘の下。
青に十字の旗がひるがえるその要塞からは、物々しい騎士たちが馬を駆り、こちらへと向かってくる。
騎士たちの先頭を走るのは、『ムーヴ』の聖女であるマリーだ。
魔力か何かで強化されているのだろうか、騎士たちが乗る馬の速度は速い。
ぼうっと騎士団を眺めているうち、彼女らは俺たちの前までやってきた。
「救世主様!? このようなところで再び相見えるとは、光栄です! 皆の者! 救世主様がいらしたぞ!」
馬を止め、地上に降り、ひざまずいたマリー。
彼女の言葉を聞いた騎士たちはどよめく。
「あれが、救世主様……」
「我らの救世主様! どうか我らにご加護を!」
「世界を魔物どもから守る為、ご助力を!」
希望と救いを求める騎士たちの声に、俺は圧倒されてしまう。
目の前の大人数から一斉に期待されるのは、実のところこれがはじめてだ。
加えて、『ステラー』の住民たちと違い、『ムーヴ』の騎士たちは溢れんばかりの感情を俺に浴びせてくる。
これこそ救世主、真の英雄の扱われ方だ。
俺は気を引き締め、胸を張り、いつか見た映画の渋い役者を気取り、ひざまずくマリーに尋ねた。
「マリー、どこに向かっているんだ?」
勇者である俺に話しかけられたマリーは、ひざまずいたままに答える。
「近辺の森に、魔族四天王である土使いのゲーが現れたのです! 我ら騎士団は、ゲーが街に近づく前に、奴めを退治しようと要塞を飛び出しました!」
「そっか、過去の俺たちがゲーを倒すのは、こっちではすぐ先のことなんだよな……」
「いかがなさいましたか?」
「いや、なんでもない」
魔力で強化された馬ならば、数分で森に到着するだろう。
そこでマリーたちはゲーに苦戦し、『ステラー』時間の明日にこちらへ来るはずの過去の俺たちに救われたのだ。
ラグルエルにより時間の流れが大幅にずれているからこその現象。
不思議な事態に小さく笑う俺だが、それを知らぬマリーのテンションは最高潮に達した。
「救世主様の助太刀があれば、我らは勝利したも同然! 土使いのゲーに、我らが救世主様の力を――」
「待ってください! 何か、強力な魔力を感じます!」
マリーの喜びを遮ったフユメの叫び。
鎖の網に包まれたかのごとく顔をしかめるフユメを見ていれば、今が笑っている場合でないのは一目瞭然。
魔力の正体を俺たちに教えてくれたのは、マリーの腰にぶら下がる水晶から聞こえた声であった。
《聖女マリー様! 要塞の北方に新たな魔物が出現しました!》
「なんだと!? どれほどの規模の軍勢だ!?」
《軍勢ではなく、たった1匹の、鳥の姿をした魔族です! すでに一部の部隊が、突風に吹かれ壊滅したとのこと!》
悲鳴にも近い報告に、マリーは顔色を変えた。
聖女の脳裏には、とある魔族の姿が思い浮かんだらしい。
「まさか……魔族四天王最強、風使いのフレスヴェルグか!?」
途端、騎士たちが一様に凍りつく。
まるで死の宣告でも受けたかのように、重苦しい雰囲気が辺りを覆った。
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