第4章22話 アイシア、今日もシェノの匂いを嗅ぎにきたのか?

 デスプラネット破壊以降の約10日間、俺はヤーウッドから一歩も外に出ていない。

 1日のほとんどをコターツで過ごすというスローライフを、俺は満喫中なのだ。


「ねえねえソラトおにいちゃん、おかしたべる?」


「ああ、食べる。ありがと」


「えへへ~」


「こうしてコターツに潜って、お菓子食べて、アイシアから借りた映画見て、ゲームするだけの毎日、最高だぁ」


「ずうっと、こたーつにはいっていたいね!」


「だなぁ」


 何もせず、コターツの中でダラダラとした時間をエンドレスに続ける。

 そのために必要なものは、全てコターツから手の届く場所に配置しておいた。

 もはや何かをするために動く必要はない。


 しかも、天使のような表情を浮かべ楽しそうにお人形遊びをしているニミーの姿も眺められるのだから、ここは極楽浄土の地なのだ。

 人生の終着点はこれなのではないか、とすら俺は思っていた。


「ニミー、そいつと一緒にいるとダメになるよ」


 グラットンのメインコンピューターを調整するシェノの冷酷な視線が俺に突き刺さる。

 やはりコターツの外は冷たい世界なのだ。

 是非ともニミーには、お姉ちゃん似になってほしくないものである。


「これで……やっと終わった」


 俺がお菓子片手にゲームをしている間、シェノは背伸びをし汗を拭った。

 まるで繁忙期を終えたかのようなシェノの言動に、俺は首をかしげる。


「何が終わったんだ?」


「グラットンの重装甲化。もうシールド破られても、ちょっとやそっとの攻撃じゃ撃墜されないよ」


「そりゃ頼もしい。けど、重装甲化ってことは重量増しってことだろ。機動性が落ちたりしないのか?」


「落ちてるよ、当然じゃん。だから、ちょっとエンジンをいじって推力を大きくしてみた。おかげで操縦性が余計に不安定になったけど」


「おいおい、シェノ以外にグラットンを操縦できるヤツがいなくなるぞ」


 ただでさえ癖の強い輸送船であったグラットンは、ますます個性的な輸送船へ。

 改造に改造を施したグラットンは、今やシェノのオーダーメイド品だ。

 それが嬉しいのか、シェノは俺の指摘にニタリと笑い、どこか自慢げである。


 機嫌を良くしたシェノは操縦席に座り、珍しく鼻歌を歌いはじめた。

 お人形遊びに夢中なニミーと、グラットンの改造に夢中なシェノ。こういうところだけは姉妹らしい。


 さて、時を同じくして、学生服のような格好の少女と尻尾を揺らす猫耳少女が、俺たちの目の前に現れた。


「今日もコターツでお休みですか?」


「……ソラト師匠、10日前と、同じ格好……」


 呆れているのか驚いているのか分からぬフユメとメイティの反応。

 対する俺は、ゲームを中断することなく、お菓子を口に入れたまま2人の言葉に返答した。


「今日だけじゃなく、明日も明後日もこの格好のまま、コターツでお休みだ」


「はぁ……魔法修行ができないとはいえ、少しぐらいは運動もしないとダメですよ」


 深呼吸でもしているのかという程に大きなため息をつくフユメ。

 そんなダメ息子を叱るお母さんのような顔をされても困る。

 コターツから出ないのには、一応の理由だってあるのだ。


「しようがないだろ。デスプラネットを破壊した俺を帝國軍が報復として殺しにくるかもしれないんで、安全な場所から一歩も出るな、って銀河連合に指示されたんだから」


「コターツから一歩も出るなとは指示されてませんよ!」


「世界で最も安全な場所はコターツだ」


「ヤーウッド艦内だって十分安全ですよ!」


 コターツに両手を叩きつけたフユメは、そう言って俺をコターツから引きずり出そうとする。

 冷たい世界に引っ張り出されてたまるものか。

 俺は必死でフユメに抵抗した。


 抵抗する最中、フユメの背後をドレス姿の優雅な少女が駆け抜けていくのが目に入った。

 優雅な少女――アイシアはシェノの目と鼻の先に立ち、鼻息荒く口を開く。


「まあ! シェノさんシェノさん! グラットンの改造が終わったのですわね!」


「う、うん」


「デスプラネット破壊の功績で借金もチャラになりましたし、いよいよシェノさんも自由の身ですわ! おめでとうですの!」


「ど、どうも……」


 いつぞや破壊してしまった超遠望装置の弁償金。

 膨大な借金となってシェノに覆いかぶさったそれも、デスプラネットとともに消し飛んだ。

 現在のシェノは、ついに借金地獄から解放されたのだ。


 ただし、アイシアの求愛地獄は継続されているため、シェノの表情は晴れない。


 なお、同盟軍が債権放棄を行ったため、過去のシェノも借金がチャラになっているはずなのだが、過去の彼女はそれを知らないでいる。


 テンションが高いアイシアに対し、フユメに勝利しコターツ内に留まった俺は聞いてみた。 


「アイシア、今日もシェノの匂いを嗅ぎにきたのか?」


「え!?」


「変なことを言わないでほしいですの。今日は別件ですわ」


「いつもはあたしの匂い嗅ぎにきてるの!?」


 狼狽するシェノと、それでも気にせずシェノから離れないアイシア。

 俺をコターツから引きずり出すのに失敗したフユメは、アイシアの代わりに言葉を続けた。


「アイシアさんが、私たちに話しておきたいことがあるそうです」


 わざわざグラットンにやってきてまで伝えたい話。

 うむ、面倒事の予感。

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