第4章21話 もうソラトさんは救世主扱いですよ

 再び、俺はフユメの顔を見上げている。

 ただし今度のフユメの表情は、嬉しさに満ち溢れていた。


「ソラトさん! やりましたよ! デスプラネット、破壊成功です!」


「……やっぱり、ソラト師匠は、すごい……」


「まさか、本当に1人でデスプラネットを破壊してしまうとはな。魔術師の力は、我々の想像を遥かに超えたものだったようだ」


 蘇ったばかりの俺を、フユメやメイティ、特殊部隊のリーダーは褒め称える。

 どうやら俺は、皆の期待に応えられたようだ。


 しかしデスプラネットの現在の姿は、まだこの目にしていない。

 こうして褒められている理由を、まだ確認していない。

 ゆえに、体を起こした俺は、まず最初にデスプラネットの様子を確かめた。


 フロントガラスの向こう側に見えたのは、食べかけのリンゴのようにえぐられた鉱山衛星と、無重力空間に浮かぶ人工物の残骸。


 帝國の究極兵器は完全に砕け散っている。

 追い詰められた人間たちが、居場所を求めて生み出した魔王は、もはや消え去っている。

 俺は最後の希望、真の英雄として、デスプラネットの破壊に成功したのだ。


「あんた、自分が救世主だとか英雄だとか言ってたけど、あながち嘘じゃないかもね」


 操縦席に座るシェノですら、俺の力を認めていた。

 あのシェノが、俺の大言壮語を真実だと、渋々ながら受け入れた。

 ならば当然、銀河連合の高官とその家族たちも、俺を褒め称えてくれる。


「噂には聞いていた。あれが、魔術師……」


「信じられない。あのニンゲンが、たった1人であの要塞を破壊したのか?」


「彼がいる限り、銀河の平穏は保たれるわ!」


「私たちの命を救ってくれた彼には、感謝しなければな」


 飛び交う賞賛と感謝に、さすがの俺も気恥ずかしくなってきた。

 いつもはフユメやシェノにぞんざいに扱われている分、一斉に褒められるとどうすれば良いのか分からなくってしまう。

 現在の俺は、自然と頬が持ち上がるのを止められず、副操縦席に座り、皆の顔を見ないようにするので精一杯。


 そうしている間、リーダーはシェノに話しかける。


「帝國艦隊は戦闘を継続しているようだな。同盟軍艦隊は撤退を開始している。我々もこの戦場を離れよう」


「はいはい」


 シェノはリーダーの言葉に従い、ハイパーウェイの準備を開始。


 2人の会話を聞いていた俺は、同盟軍の艦隊に艦砲射撃を続ける帝國艦隊に視線を向けた。

 誇りを葬られた帝國軍は、それでもなお、尊厳を保とうと戦闘を継続しているのだろう。


 実際、艦隊戦では帝國軍が優勢なのだ。


 もちろん同盟軍も、自分たちが不利な状況に置かれているのは理解している。

 デスプラネットの破壊に成功した今、同盟軍がここで戦い続ける理由はどこにもない。


 同盟軍の軍艦は次々とワームホールに飛び込み、戦場を去っていった。

 俺たちもここに長居する理由はない。


「さっさと帰るよ。報酬が待ってる」


 そう言って笑みを浮かべたシェノは、レバーを倒し輸送船をハイパーウェイに飛び込ませた。

 戦場を彼方に置き去りにし、白い波に包まれ安寧へと向かう輸送船。

 安心感と疲労に包まれた高官とその家族たちは、静寂の中へと入り込んでいった。


「お疲れ様です」


 副操縦席の背もたれから顔をのぞかせたフユメの、優しい声。

 俺は思わず大きなため息をつく。


「お疲れ。まったく、コターツの中で寝てるだけの人生は、いつ訪れるんだか……」


「もう、救世主である魔術師の言葉とは思えませんね」


「待てよ、俺は『ムーヴ』の救世主であって、『ステラー』の救世主じゃないんだが」


「いくらソラトさんがそう言っても、もうソラトさんは救世主扱いですよ」


 可笑しそうにしたフユメ。

 救世主扱いされること自体はまんざらでもない俺は、とりあえず救世主らしく胸を張った。


 すると、足元にフワフワとした感覚が。

 いつの間に俺の隣で眠っていたメイティが、尻尾で俺の足をくすぐっていたのだ。

 フユメはメイティの頭を撫でながら、母親のようにつぶやく。


「『ステラー』のかわいい勇者さんも、こうして気持ち良さそうに寝ていると、勇者とは思えませんね」


 同感だ。

 不殺を貫き戦い、高官とその家族を救った勇者は、今はただの小さな女の子。

 伝説のマスターよりも勇者らしいメイティは、今はただの甘えん坊。

 なんとも穏やかな雰囲気である。


「帰ったらニミーにお菓子をあげないとなぁ」


 操縦席でそうつぶやいたのはシェノだ。

 ヤーウッドでアイシアとともにお留守番中のニミーは、元気にしているだろうか。


 戦いを終えた俺たちの関心は、すでに日常へと向けられていた。

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