第4章20話 銀河の自由と平穏は、もはや君1人に託すしかない

 シールド1枚で宇宙と繋がる格納庫、冷たい空気に頬を冷やしながら、俺たちは窓の外を眺める。

 窓の外に見える宇宙では、ゴマ粒のような銀河連合同盟軍の艦隊と帝國の艦隊が衝突し、熾烈な艦隊戦を繰り広げていた。

 遠望装置を使いそれを見ていた2人の特殊部隊隊員は、眉間にしわを寄せる。


「想定していたよりも帝國の艦隊の規模が大きいな」


「ああ。ヴィクトル級巡洋戦艦を中心に、三個艦隊の規模だ」


「同盟軍の艦隊も三個艦隊規模だったよな?」


「そうだが、個艦の戦闘能力の差を考えると、同盟軍の戦力は心もとない」


「デスプラネットの破壊は難しい、ってところか」


 艦隊の詳しい情報は、俺には分からない。

 ただ、2人の会話を聞いている限り、帝國軍の備えは万全だったようだ。

 おかげで同盟軍の旗色は悪いらしい。


 このまま戦闘が続けば、同盟軍艦隊の消耗は避けられない。

 同盟軍艦隊を守るためには、高官たちをすぐさまデスプラネットから脱出させ、俺がデスプラネットを破壊するしかない。

 もはや時間との戦いだ。


「あ! 護送チームが来ました!」


 開かれたハッチから外をのぞくフユメの報告。

 彼女の言う通り、シェノや特殊部隊に守られた高官たちは、怪我のひとつもなく格納庫に足を踏み入れていた。

 高官たちのシェノに対する視線に恐怖心が混じっているように見えるのは、たぶん気のせいではないだろう。


 フユメは輸送船の外に出て腕を大きく振り、高官たちを輸送船に呼び寄せた。

 輸送船のハッチ前までやってきたリーダーは、高官たちに言う。


「急いで輸送船に乗ってください!」


 居心地の悪い要塞をようやく脱出できると知って、我先に輸送船に乗り込む高官たち。


 彼ら全員が輸送船に乗り込んだのを確認した俺は、彼らとは逆に輸送船を降りた。

 そんな俺に対し、特殊部隊のリーダーは表情を曇らせる。


「すまぬが、いくら魔術師でも、やはり1人でこの要塞を破壊するのは――」


「俺だって自信はないですよ。でも、やるっきゃないでしょ」


「そうか。魔術師、君は本当に人間らしい、馬鹿な男だな。よし、これより作戦フェーズ4を開始する」


 同じ人間として吹っ切れた様子のリーダーは、そう宣言し俺に背中を向けた。

 俺は近場にいたシェノに話しかける。


「シェノ、頼んだぞ」


「あんたこそ」


 相変わらずのぶっきらぼうな見送りだ。

 もう言葉はいらないということなのだろうか。

 軽く手を振り操縦席に向かうシェノ。


 続いて俺は、メイティがこちらを見つめているのに気がついた。


「メイティ、彼らの護衛はお前に任せた」


「……ソラト師匠は、自分の戦い、貫く……?」


「そのつもりだ。何度も言うが、お前は俺の真似をしなくて良いからな」


「……ソラト師匠、わたし、待ってる……」


 猫耳を立て、しかし尻尾はゆらゆらと揺らしたメイティ。

 立派な愛弟子に見送られ、伝説のマスターは嬉しい限りである。

 最後に、俺はフユメに向かって言い放った。


「おいフユメ。これから俺は、デスプラネットを道連れに死ぬ。俺が死んだら、いつも通りにな」


「はい、お任せください。ソラトさんを蘇らせるのは慣れてますから」


 死を前にした別れの挨拶だというのに、随分と明るい表情をするものだ。

 当たり前である。俺は死んだって死にはしない。フユメがいる限り、俺は死んでも死なない。


 これは決して、今生の別れなどではないのだ。

 これは、いつもと変わらぬ、ただの挨拶なのだ。


 フユメの微笑んだ表情を最後に、高官とその家族を乗せた輸送船のハッチは閉められた。

 輸送船のエンジンは黄色く輝き、浮かび上がった輸送船は宇宙へ飛び出していく。


 1人、格納庫に残された俺は、脱力しながらつぶやいた。


「暇だな。そこらの輸送船にでも乗り込むか」


 高官たちを乗せた輸送船がデスプラネットから離れるまで、デスプラネットの破壊はできないのである。

 だからこそ俺は、すぐ近くに停泊していた輸送船に乗り込み、操縦席に深く座り込んだ。


 俺の胸にぶら下がった無線機からは、同盟軍や帝國軍の声が混線し聞こえてくる。


《駆逐艦フェロー、轟沈》


《無人戦闘機部隊が迫ってくるぞ! シールド強化!》


《銀河連合のクズどもめ、栄えある帝國艦隊の力を思い知れ!》


《ヴィクトル級巡洋戦艦の弾幕を抜けられません》


 ある者は引きつり、ある者は叫び、ある者は冷淡に、ある者は興奮し、ある者は落ち着き払い、ある者は誇りを胸にする。

 ひとつの戦場にも、そこに集った兵士たちの思惑は様々だ。


《残された時間は10分だ。それまでにデスプラネットを破壊しろ》


《同盟軍の無人機に囲まれた! シールド消滅!》


《シールドが破壊されたからなんだ!? 我々はデスプラネットの盾なんだぞ!》


《ションリのリー総督から命令! 第七巡洋艦隊は敵右翼に突撃せよ!》


《帝國軍の無人機に手間取っているな。第一四駆逐隊の損害が激しい。誰か、彼らの援護に向かえる者はいないのか?》


 生き死にをかけた戦いに、必死にならぬ軍人など1人もいない。


 だが、戦の勝敗がおぼろげながら見えてきたとき、軍人は決断しなければならない。

 それが敗北を意味する決断であってもだ。


《まずいぞ。これ以上の損害は耐えられない》


《我々ではデスプラネットの破壊は不可能ということか……》


 合理徹底された同盟軍の兵士たちは、自分たちの未来が見えてしまったようである。

 ここで死ぬか、次の戦いに希望を託すか。


 同盟軍が前者を選ぶことはないだろう。

 それでも彼らは、彼らの司令官であるグロックは、勝利を諦めていない。


《デスプラネットにいるであろう魔術師、聞こえているか?》


 これは、無線機から流れ出してくるグロックの言葉。


《残念ながら、我々の戦力では究極兵器に太刀打ちできなかったようだ。それはつまり、魔術師である君が最後の希望であるということだ。銀河の自由と平穏は、もはや君1人に託すしかない。魔術師、頼む。必ず、デスプラネットを破壊してくれ》


 なんとも重荷を背負わせてくれるものだ。

 これではまるで、俺が『ステラー』の救世主・・・のようではないか。

 良いだろう、皆の期待に応えてやる。


《ソラトさん! 脱出ポイントに到着しました!》


 最高のタイミングでの、最高の報告。

 俺は操縦席を立ち、輸送船を降り、格納庫に両足をつけ、息を吸った。


 転移魔法を使うこともなく、俺はこのときのために魔力を蓄えてきたのだ。


 魔力を使い尽くす勢いで、俺は両腕を突き出した。

 同時に、五感に呼びかける。五感の全てに無力感を刻みつけた、痛みも死の瞬間も分からぬ程の、あの強大な力の記憶を呼び覚ませと。

 同時に、想像力を働かせる。究極兵器を、鉱山衛星ごと吹き飛ばすその様を思い浮かべるために。


 準備は完了し、俺は打ち出した。今の俺が持つ究極の魔法『神の雷』を。


「吹き飛べ!」


 デスプラネットが『神の雷』によって惑星ゾザークを破壊した際、俺はそこにいた。

 俺は過去に一度、デスプラネットの究極の力をこの身に受けているのだ。


 そして、『神の雷』の衝撃は魔法修行となり、五感に刻み込まれた。

 だからこそ俺は、『神の雷』を魔法として覚えていたのである。


 今、その魔法修行の成果がいかんなく発揮された。


 突き出した両腕から放たれる紫の光は、巨大な柱となりデスプラネットを貫く。

 究極兵器と呼ばれる自らの破壊力によって、デスプラネットは破壊されようとしているのだ。


 視界は紫の光に支配され、何も見ることができない。

 感覚は消え失せ、自分の意識が無事なのかどうかも分からない。


 何も分からぬまま、デスプラネットが起こした大爆発に包まれ、俺の命はこの世を去った。

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