第4章13話 ケイ=カーラック、着任しました

 10年も昔のこと。

 先代の皇帝が亡くなり、ツヴァイクが皇帝に即位して数ヶ月後のこと。

 エクストリバー帝國軍第二艦隊所属の巡洋艦フェヒターに、若く美麗な軍人がやってきた。


「ケイ=カーラック、着任しました」


 士官学校卒業から日も浅く、まだ20代半ばのカーラック。


 しかし彼女の階級は少佐、与えられた役職は巡洋艦フェヒターの副官である。

 それが破格の待遇であることは明白だ。


 同時に、カーラックという名字を知る帝國軍の軍人たちは、その異例の待遇の理由も理解していた。


「おい、カーラック家の長女だぞ」


「あの年で副長だってよ」


「さすが英雄を父に持つお嬢さんは違うな」


 着任したばかりの若い女性を前に、フェヒターのクルーたちはそう囁く。


 カーラックと聞けば、帝國軍人たちが思い浮かべるのはケイ=カーラックの父である。

 彼は帝國創立間もない頃、同盟軍アース部隊を離反し帝國に合流した青年将校の1人だ。


 そんな彼の名を広めたのは、帝國とニーダ連合が衝突したホランダー星系戦争。

 銀河の多様性を破壊せんとする劣等種ニンゲンを排除しようとした、銀河連合とは独立するニーダ連合による帝國への総攻撃。誰もがニーダ連合の勝利を確信していた。


 ところが、戦争に勝利したのは帝國であった。


 この戦争において、優れた艦隊指揮を見せつけ、帝國を勝利に導いたのがカーラックの父。

 8隻の巡洋艦を率いてニーダ連合の艦隊を奇襲、20隻以上の船を撃沈させた『ゼリの戦い』は、帝國のみならず銀河連合をも驚かせた。

 カーラックの父は『救国の英雄』となり、20年前に彼が戦死して以降、彼は帝國の誇りの一端となっている。


 幼い頃に父を亡くしたカーラックに、父との思い出はほとんどない。

 カーラックが知る父の姿は、他の人々と変わらぬ『救国の英雄』でしかない。

 だからこそ、英雄の娘として認識されることは、カーラックにとっては迷惑なことであった。


 一方で、父が英雄だからこそ、カーラックは任官時に少佐、副官を任せられたのである。

 約束された出世街道への感謝と、底知れぬ不満が、カーラックの心を乱した。


「貴様ら、そうしてのんきに話などしている場合か?」


「失礼しました! 副官!」


 事あるごとに父を引き合いに出されるのが嫌だった。

 あくまで英雄の娘として扱われ、誰も自分に注目してくれないことに、常に苛立っていた。

 私は私だ。私はケイ=カーラックだ。


 皆に自分の実力・・・・・を見せつけようと、若き女将校は奮闘する。

 それなのに、


「さすがは英雄カーラックの血筋!」


「まさに軍人の鑑、お父上そっくりですな」


 功績は全て父の手柄に。

 他方、失態を犯せば、


「英雄を父に持ちながら、なんという体たらく」


「自分の父親の顔に泥を塗るとは!?」


「所詮は偉大な父の七光りか」


 やはり父を引き合いに出され、穢れを祓うかのような反応を示される。

 慣れたこととはいえ、カーラックの不満は確実に増していった。


 しかも、いくら失態を犯そうと、父の栄光がカーラックを救う。

 もはやカーラックの不満は行き場をなくし、彼女を動かす原動力となった。


――いずれ父上を追い越してみせる!


 そのために、カーラックは身を粉にしてきた。

 結果は、順調な出世という形で表れてくる。


 軍人となってから5年後、カーラックは玉座の間に呼ばれ、皇帝ツヴァイクの前に立っていた。


「ケイ=カーラック中佐、お主には我が娘の侍従として、娘の面倒を見てもらいたい」


 階級や役職から考えて、それはあまりにも分不相応。

 思わずカーラックは言葉を返してしまう。


「せ、僭越ながら、私は栄えある帝國艦隊に所属する身。常に殿下のお側にはいられませんが、よろしいのですか?」


「よい。艦隊に所属していたお主の父にも、侍従として幼き予の面倒を見てもらった。予は今でもお主の父の働きに感謝している。ゆえに、予の娘もカーラック家のお主に面倒を見てもらいたいのだ。これは勅令であるぞ」


「もったいなきお言葉! 不肖ケイ=カーラック、必ずや皇帝陛下のご期待に応え、皇太子妃殿下をお支えいたしましょう!」


 複雑な気分ではあった。

 もし父が英雄などでなければ、カーラックにこのような勅令は出されなかったであろう。


 しかし、これはさらなる出世へのチャンスでもある。

 父を超えるためには、これを断る理由はない。


 こうして皇太子妃の侍従となったカーラックは、まだ赤子である皇太子妃にもよく懐かれ、その地位を確立していった。

 同時期に大佐に昇級し、ストレロークの艦長に任じられたのも、決して偶然ではないだろう。


 2年後、カーラックはとある人物と出会う。


 帝國にはもう1人、異例の出世を果たした男が存在した。

 長らく冴えない中級将校であったその男は、ある日を境に優れた指揮能力を発揮し、有力者たちに取り入り、また魔物と呼ばれる生物兵器で編成された部隊を率いた。

 その男の名はハオス。彼はわずか数年で提督の地位まで上り詰めることとなる。


 2人がはじめて顔を合わせたのは、建造中のデスプラネット。

 組み上げられる究極兵器の骨組みを眺め、ハオスはふとつぶやいた。


「この帝國は、一体誰のために存在するのだろうな?」


 嘲笑にも似た笑みを浮かべるハオス。

 その場を偶然通りかかったカーラックは、マントをひるがえし堂々と答えた。


「帝國は、長く劣等種と蔑視されてきた人間たちに居場所を与え、本来あるべき地位と誇りを取り戻させるために存在しています」


「建前上はそうであろう」


 嘲笑は冷笑へ。

 ハオスの言葉にカーラックは同意した。

 その上で、カーラックは建前ではなく本音を口にした。


「現在の帝國は、不埒にも皇帝陛下を利用したリー総督をはじめとする政治屋どもによって、銀河連合と妥協し、貴族ごっこに熱心な愚か者たちの利権を守るための存在となり果てています」


 7年間、軍の中枢と政治の中枢に身を置き感じたこと。

 そもそも、カーラックの出世もハオスの出世も、貴族ごっこによってなされたものだ。


 帝國の利権がどれほど強力なものなのかを、2人はよく知っているのだ。

 よく知っているからこそ、カーラックはそれを破壊したくて仕方がなかったのだ。


 通りがかりの女将校の本音を聞き、ハオスはニタリと笑う。


「君は……ケイ=カーラック中佐か」


「不適切な発言であったのなら、撤回いたします、ハオス提督」


「いや、帝國の革新を求める者にとって、君の言葉は興味深い。もう少し、話を聞こう」


「はっ!」


 この日から、カーラックはハオス率いる帝國革新派閥の寵児となった。


 カーラックは父の名と、己の美麗な容姿を武器に広告塔となり、帝國の革新を訴える。

 その運動は功を奏し、帝國内に革新の火種が生まれた。

 火種は帝國の内部分裂を示唆するものではあったが、もはやカーラックは止まらない。


――エクストリバー帝國を、人間を、私が本来の姿に戻してみせる! 父上たちの帝國を、私が立て直してみせる!


 父を超える唯一の方法は、カーラックの野望となった。

 野望を叶えるため、彼女は突き進み続けた。


 だが3年後、クラサカ=ソラトという魔術師に出会ったことで、カーラックは窮地に陥る。

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