第4章12話 こっちの魔術師様は忙しそうッスね

 しばらくして沈黙を破ったのは老人である。


「まあ良かろう。私たちも作戦を承諾しようじゃないか」


「やはり、判断までの時間をいただきたい」


「賛成も反対もしない。我々は今回の作戦への不参加を表明する。すまないが、我が惑星内の政争で銀河連合の足を引っ張りたくもないのだ。理解してくれ」


 はっきりと反対を口にした委員は皆無。

 返答を先延ばしにした委員はいたものの、これで作戦計画は承諾されたも同然だ。


 しかし、作戦計画が承諾されたというのに、グロックら軍人たちは仏頂面をしている。

 少しは喜びを表に出せとも思うのだが、それは人間の価値観でしかないのだろう。


 退屈で重苦しい会議室など、さっさとおさらばだ。

 会議室の重厚な扉をくぐり、廊下に出た俺を迎えてくれたのはフユメである。


「はぁ……疲れた……」


「お疲れ様です」


 にっこりとしたフユメの笑顔がなんとも輝かしい。

 感情すらない委員よりも、やはりフユメと一緒にいる方が安心するものだ。


 さて、俺を迎えてくれたのはフユメだけではない。


「ファロウで修行中の魔術師はのんきそうなのに、こっちの魔術師様は忙しそうッスね」


《ったくよ、タイムスリップしてんならそう言えってんだ》


 微塵の汚れも存在せぬ廊下に立つ、俺の友人たち。


「ようエルデリア、HB。なんか久しぶりだな」


「ボクは久しぶりじゃないッスよ。昨日、過去のソラトたちと顔を合わせてるッスからね」


 エルデリアの言う通りだ。

 彼は昨日、過去の俺たちと接触しデスプラネットの設計図を銀河連合に持ち込んだのだ。

 昨日は過去の俺たちに出会い、今は未来の俺たちに出会う。だいぶおかしな話である。


「お前ら、俺たちが未来からタイムスリップしてきたって話、当然のように受け入れてるけど、驚いたりしないのか?」


 タイムスリップに関しては、すでにエルデリアたちに伝えた。

 それでも目の前のエルデリアたちは普段通り。

 その普段通りの理由を、エルデリアとHBは呆れたように口にする。


「しないッスよ。帝國がタイムマシーンらしきものを作っている情報は、ボクも知ってたッスからね。それに、ソラトに驚かされるのは慣れてるんッス」


《否定する理由もねえしな》


「HBの言う通りッス」


「ああ、そう」


 これも合理的な判断というものなのだろうか。

 化け物扱いをされているような気もしなくはないが、話が早いのは助かる。


《なあ嬢ちゃん、この前、ボルトアの店でお前らと会ったことは――》


「過去の私たちには内緒ですよ」


《だよな。すまん、今の話はなかったことにしてくれや》


 フユメの冷酷な脅迫が功を奏したか、おとなしく引き下がるHB。

 過去の俺たちに、エルデリアたちが現在の俺たちの情報を漏らす心配はなくなった。

 順調に脅迫係を務めるフユメだが、本人は乗り気でないのか、怯えるHBに不満げな様子だ。


 俺は雑談ついでに、個人的に気になっていたことを聞いてみる。


「サウスキアの王様の調査、順調か?」


「まだ調査をはじめて数日ッス。順調かどうかも分からないッスよ」


 そうは言いながら、エルデリアは俺の耳元に寄った。


「ただ、ハオス提督の調査で引っかかることがあったッス。ハオス提督は帝國軍の魔物に関する全権限を握っているんスけど、どうにも最近、非常に地位の高い人物と連絡を取り合っているみたいなんスよね」


「地位の高い人物?」


「そうッス。どうやら一国の元首級じゃないかと推測されるッス」


「やっぱりカムラ国王とハオス提督の間に繋がりが……」


「まだそうと決まったわけじゃないッスけど、要注意ってところッスね」


 魔王の配下、魔物を名乗ったハオスの暗躍。

 彼が本当に魔物であるならば、彼が帝國軍の魔物に関する全権限を握るのは当然のこと。

 むしろ、『ムーヴ』にいるはずの魔物を『ステラー』に連れ出したのはハオスなのではないだろうか。


 そして、そんな男と連絡を取り合うカムラ。

 中立国サウスキアの王が、なぜ帝國軍の幹部でしかないハオスと連絡を取り合うのか。

 怪しいことこの上ない情報である。


 ただ、今の俺にできることは、少ない情報から曖昧な推測をすることだけ。

 考え込む俺に対し、エルデリアは熱く言い放った。


「今は目の前の作戦に集中ッス! デスプラネットの破壊と戦争の勝利は、ソラトたちにかかってるッス! 救世主らしいところ、見せてもらうッスよ!」


「俺は『ステラー』の救世主じゃないんだがな」


「じゃ、真の英雄らしいところ、見せてもらうッスよ!」


「おっしゃ! 任せとけ!」


 惑星すらも破壊する究極兵器デスプラネット。そんな大層なものを破壊できるのは、真の英雄である俺だけ。

 必ずや、同盟軍の作戦を成功させてみせよう。


「エルデリアさんも、ソラトさんの扱い方が分かってきたんですね」


「単純ッスからね。一度コツを掴めば楽勝ッス」


 小声で交わされるフユメとエルデリアの会話は俺の耳にも入り込むが、知らん。

 作戦開始までは数日。

 それまで俺は、コターツで英気を養うのみだ。

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