第4章 女将校と魔法修行
第4章1話 逃げられなくはないと思うけど、高確率で死ぬね
白い光の波がグラットン船内を照らし出していた。
ハイパーウェイを飛ぶ間、この光が俺の眼球に負荷をかける。
だからこそ俺は、コターツの中に潜り、
ミードンを頭に乗せたニミーは、興味津々な様子でコターツに潜り込み、俺へ尋ねた。
「ソラトおにいちゃん、コターツのなかには、なにがあるの?」
「気になるか。聞いて驚くなよ」
「うんうん!」
「実はな、コターツの中には特異点があるんだ」
「とくいてん?」
「ああ、特異点。俺たちはコターツに潜り込み特異点へ足を踏み込むことで、天界に暮らすグダグダ神と出会えるんだぞ」
「グダグダしん!? グダグダのかみさま!?」
「最高の神様だろ」
「おお~! グダグダのかみさま、あってみたーい!」
「じゃあニミーもコターツの中で――」
言い切る前に、俺の胴体が何者かに掴まれた。
そのまま俺はコターツの外に引きずり出されてしまう。
「何をする!? やめろ! 冷たい世界に俺は戻りたくないんだ!」
「永遠に冷たくなるよりマシでしょ」
太ももにぶら下がった拳銃に触れ、冷酷な眼差しと言葉を俺に突き刺したシェノ。
とてもニミーの姉とは思えぬこの鬼によって、俺はコターツから引きずり出されてしまったのだ。
続けて、シェノの隣で大きなため息をつくフユメが口を開いた。
「もう……ニミーちゃんに変なことを教えないでくださいよ」
「変なことじゃない! コターツはグダグダ神と一体化できる夢の装置なんだ!」
「ソラトさん、まさかコターツの暖かさで壊れちゃったんですか?」
フユメは真面目な顔で心配そうに俺を見つめてくる。
一方でシェノは
「元から壊れてるでしょ、そいつ」
などと言い放った。
彼女らはコターツの崇高さを知らないからこそ、そんなことが言えるのだ。
一度でもグダグダ神の
ということで俺は、シェノを振り払いコターツの中に戻る。
「ちょっとソラトさん!」
「なんだフユメ、俺がコターツの中にいて何か問題でもあるのか?」
「今日は帝國軍が惑星ゾザークを破壊し、銀河連合に宣戦布告する日です! ということは、今日は過去の私たちがメイティちゃんに出会った日でもあるんです!」
「うむ」
「時間的に考えると、そろそろ帝國軍に何かしらの動きがあるはずです! こんな一大事に、よくソラトさんはコターツでゆったりしていられますね!?」
半ば呆れ果てた表情をするフユメの指摘はごもっとも。
未来からやってきた俺たちは、過去に変化が生じないようにしなければならない。
そのため過去の出来事を見張る必要もあるだろう。
ならば重大な出来事が連続する今日、コターツに潜っている場合ではないとフユメは言いたいのだ。
だが、俺だって何も考えずにコターツに潜っているわけではないのである。
「いいかフユメ、俺は気づいたんだ」
「気づいた? 何に気づいたんですか?」
「よく考えてみろよ。俺を『プリムス』に転移させたのは俺だったし、メイスレーンで帝國軍兵士から俺たちを守ったのも俺たちだ。つまり、俺たちの今までの行いは、未来の俺たちの支援があったからこそだったんだ」
「はい。だから、今こそコターツでゆったりしてる場合ではなく、過去の私たちを支援しなければならないのでは?」
何を当然のことを、と言わんばかりのフユメ。
俺の話の本題はこれからだ。
「いや、俺たちがここにいる時点で過去は変わってない。じゃあ、俺たちが何もしなくたって、過去は勝手に今の俺たちに繋がるんじゃないか、って俺は思うんだ」
もし過去の俺が死んだのであれば、ここに俺が存在するのはおかしな話。
ここに俺が存在するのであれば、過去の俺は無事にタイムスリップを果たしたということ。
すでに未来は決まっているのだ。
今の俺たちが何をしたところで、過去の俺がフユメと出会い、シェノやニミーと出会い、メイティと出会い、タイムスリップを果たすのは既定路線であるのだ。
であれば、コターツでゆったりグダグダしていようと、全てはうまくいく。
そんな俺の考えを理解したフユメは、それでもなお難色を示す。
「ソラトさんの説は、私たちが同一の時間軸にタイムスリップした場合に限る話です。ここが、私たちが過ごした過去とは違う時間軸だったとしたら、何もしないわけにはいきませんよ」
「ま、そのときはそのときだ」
「ええぇぇ!? いくらなんでも運任せすぎですよ!」
「真の英雄にはその程度の大胆さが必要だ」
「そんなこと言って、実は面倒くさがりなだけなのでは……」
さすがフユメ、真理を突く。
面倒事の多い可能性か面倒事の少ない可能性ならば、是が非でも後者を選ぶのが俺だ。
フユメはいよいよ重いため息をつき、堪忍したのかコターツへと潜り込む。
なんだかんだと、フユメもコターツの癒しを求めたのである。
コターツに突っ伏せたフユメは、口を尖がらせ言った。
「アイシアさんとメイティちゃんも、帝國の宣戦布告に備えて頑張っているのに……」
「俺だって目的地に着いたらやる気出すさ」
「お願いしますね。シェノさん、目的地――過去の私たちがメイティちゃんと出会った宙域まで、あとどのくらいですか?」
「20分程度」
「あと20分か。ダラダラするにはちょうど良い時間だな」
そう言って再びコターツに潜り込む俺。
背後からは排気と言っても過言ではないフユメのため息が聞こえるが、知ったことではない。
ダラダラできるうちにダラダラして何が悪いというのか。
コターツの中、暖かい空気に包まれ、俺はあくびをしながら目をつむった。
俺が目をつむったと同時、ニミーがコターツを飛び出し叫ぶ。
「おねえちゃん! グラットンからへんなおとがするー!」
言われてみれば確かに、機関部の方向から鉄を打ち付けるような音が聞こえる。
直後、操縦席のモニターから断続的な機械音が鳴り響いた。
それはまるで警告音。
グラットンは俺たちに何を伝えようとしているのだろう。
「この音――あ! まずい!」
警告音の意味を知ったシェノは、友人の死を止めるかのような勢いで操縦席へと飛び込む。
そして彼女は操縦席のレバーを操作、窓の外に流れていた白い波は消え失せた。
着氷したフロントガラスの向こう側は宇宙の闇。
グラットンはハイパーウェイを脱出したのである。
急にハイパーウェイを抜け出すとは、何かあったのだろうか。
「おいシェノ、どうしたんだ?」
「ハイパーウェイ用のエンジンが爆発寸前だったから、エンジンを切った」
「は!? 爆発寸前!?」
「実は修理のときさ、ヤーウッドにあった部品をグラットンのエンジンに無理やり取り付けたんだけど、やっぱり合わなかったみたい」
シェノのガサツさにより危うく死にかけた俺たち。
まったく、機体の整備はきちんとしてほしいものだ。
「あの、もうハイパーウェイには飛び込めないんですか?」
「無理だね。もう一度ハイパーウェイに飛び込めば、飛び込んだ瞬間あの世行き」
「じゃあ、過去のメイティちゃんたちを支援するのは……」
「それも無理だね」
「そんな……」
広い宇宙空間。
惑星どころか恒星すらも見当たらない暗闇に、俺たちは放り出されてしまったのだ。
当然ながら任務は中断せざるを得ない。
「これからどうするんだ?」
「とりあえず、ヤーウッドに報告しましょう」
他にできることは何もないのである。
コターツを出たフユメも操縦席前のモニターに近寄り、無線機を操作した。
ところがシェノは、フユメの手を掴み無線機の操作を遮る。
シェノの瞳はレーダーを凝視していた。
「高出力反応が4つ。近づいてる。すぐ来るよ」
そうシェノが口にした直後、白く輝いた巨大なワームホールが4つ、グラットンを囲むように浮かび上がる。
間もなく4つのワームホールからそれぞれ1隻の軍艦が出現した。
一瞬にして現れた4隻の軍艦は、即座にスピードを落とし、ゆっくりとグラットンの周囲を飛ぶ。
溶けた氷の煙に覆われた4隻の軍艦の正体は、帝國軍の巡洋艦で編成された艦隊。
何もない宇宙のど真ん中で、俺たちは帝國の艦隊に囲まれてしまったのだ。
「急展開すぎるだろ。ここから逃げられそうか?」
「逃げられなくはないと思うけど、高確率で死ぬね」
あまりに唐突な最悪の状況。
続けて敵意をむき出しにした声が無線機から聞こえてくる。
《こちら栄えある帝國軍第二艦隊だ。貴様らの船は、我ら帝國に反逆せしむる敵対者リストに登録されている。おとなしく自動操縦に切り替えろ》
さもなければ今すぐに殺す、とは言わない。
だが、巡洋艦の大砲がこちらを向いている時点で、そう言ったも同然。
いよいよ逃げ場はなくなった。
さすがのシェノも帝國軍に従い自動操縦に切り替え、グラットンは巡洋艦の格納庫に引き込まれていく。
徐々に景色を支配していく巡洋艦を眺め、フユメは頭を抱えた。
「どうしましょう……」
「こうなったら、流れに身を任せるしかないな」
「ソラトさんは随分と余裕ですね」
「さっき言ったろ。俺たちがここにいるってことは、未来は決まってるってことだ。この状況も、なんだかんだで切り抜けられるだろう」
「ひどい運任せですけど、今回ばかりはソラトさんの言う通りになってほしいです」
絶望的な感情を楽観的な考えで押さえつけるフユメ。
操縦席を立ったシェノは、ニミーの両肩に手を置き言いつけた。
「ニミー、機関部にある隠し倉庫に隠れてて」
「かくれんぼー! ニミー、かくれんぼならとくいだよー!」
ミードンを抱きしめたニミーは、ニコニコしながら機関部へと向かう。
この状況での天使の笑顔は、俺たちのざわついた心を落ち着かせてくれた。
シェノは振り返り、今度は俺たちに言う。
「グラットンを壊されちゃ困るから、あたしとフユ、あんたは帝國軍にわざと捕まるよ」
大胆な行動に打って出るシェノだが、フユメは目を丸くした。
「あの、ニミーちゃんを1人にするんですか?」
「大丈夫、ニミーは一度隠れれば、もう誰にも見つけられないから。あたしだって、かくれんぼでニミーを見つけたことないし」
「ニミーちゃんは不思議な技を持っているんですね!」
なぜか目を輝かせるフユメに俺は呆然とする。
同時に、ニミーとかくれんぼをして遊ぶシェノの姿を思い浮かべ、つい頬が緩んでしまう。
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