第4章2話 巡洋艦ストレローク艦長のケイ=カーラック大佐だ

 グラットンは帝國の巡洋艦の格納庫に船体を収めた。

 帝國に囚われたグラットンは、帝國の兵士たちに包囲され銃口を向けられる。


《武器を捨て船を降りろ! さもなければ乗り込むぞ!》


 兵士の言葉に、俺たちは素直に従った。


 一切の武器を持たず、両手を上げ、グラットンから降りた俺たち。

 無人戦闘機が並べられた格納庫に足をつけると、帝國軍兵士たちはすぐさま俺たちを囲む。


 相手が人間であろうと、それが裏切り者・・・・となれば、帝國軍兵士たちの心情は怒りに染まるものだ。

 俺たちは手荒に座らされ、手荒に手錠をかけられ、手荒に連行されていく。


 ただし、俺はグラットンを降りる直前に『ラーヴ・ヴェッセル』とつぶやいておいた。

 いざとなれば魔法を使う用意はできているのだ。


 とはいえ、魔法を使わなければならないような事態にはなっていない。

 街ひとつほどの大きさを誇る帝國の巡洋艦。移動するだけでも一苦労なこの艦を、俺たちは数分間も歩かされる。


 この数分間のうち、巡洋艦はハイパーウェイに飛び込んだようだ。


 兵士たちに連れられ廊下を歩き、エレベーターに乗せられ到着したのは、巡洋艦の艦橋。

 無機質な計器類、無表情な航海士が並ぶ艦橋には、一際目立つ1人の軍人が立っていた。

 金の刺繍に飾られた漆黒のマントをこちらに向ける軍人は、後ろ手を組み大窓から外を眺めている。


「艦長! 反逆者どもを連れてまいりました!」


「そうか、よくやった」


 部下の報告に笑みを浮かべた軍人は、振り返るなり俺たちを吟味しはじめた。


 振り返った軍人を見て、俺は思わず驚いてしまう。

 かっちりとした厳かな軍服に身を包むその人は、白い肌に神経質な目つきが特徴の、美麗な女性であったのだ。


 女性軍人は軍帽からボブカットの黒髪を垂らし、見下すような視線を俺たちに向けている。


「このお子様3人が敵対者リストに載る救世主とやらか。この艦はいつから保育園になったのだろうな」


 どこまでも俺たちを見下す女性軍人。

 無性に腹が立った俺は、つい反抗してしまう。


「初対面の相手をお子様呼ばわりとか、随分と失礼な軍人さんだな」


「フン、減らず口を。私は栄えある帝國軍第二艦隊所属、巡洋艦ストレローク艦長のケイ=カーラック大佐だ。格の違う貴様らに、礼など払う必要がなかろう」


 絵に描いたような傲慢な言葉をぶつけられ、俺の怒りは行方不明に。

 面倒くささから俺が口を閉ざすと、カーラックは勝ち誇ったような表情を浮かべた。

 このカーラックという人物、相手するだけ無駄かもしれない。


 兵士の1人は、俺の後頭部に銃口を当てて言った。


「この反逆者ども、いかがいたしましょうか?」


「反逆者どもは皇帝陛下への献上品とするつもりだ。傷ひとつつかぬよう、独房に叩き込んでおけ。リー総督にも報告を」


「承知しました」


「2人の魔術師を捕らえたとなれば、リー総督も私の成果を認めざるを得ないだろうな」


 ほくそ笑むカーラックは野望を燃やし、再びハイパーウェイの彼方へと視線を向けた。

 艦長の命令に従う兵士たちは、やはり俺たちを手荒に扱い、無理やりに歩かせる。


 フユメは顔をしかめ、シェノは舌打ち。そろそろシェノの我慢も限界かもしれない。

 一方で俺は、カーラックの言葉に興味を抱いた。 


「あいつ、2人の魔術師って言わなかったか?」


「言いましたね。1人はソラトさんとして、もう1人は……」


 考えるフユメ。

 すぐにもう1人の魔術師の正体を思い浮かべたか、フユメは表情を驚きと喜びに染め上げる。


 おそらく彼女が思い浮かべた人物は、俺が思い浮かべた人物と同じだ。

 カーラックの言うもう1人の魔術師とは、きっと猫耳と尻尾を揺らす、モフモフとしたあの少女のことだ。


 俺たちの考えが正しいかどうかを知るのはカーラック。

 ならば直接、カーラックに聞いてしまおう。


「なあ、この船、メイティ=ミードニアを乗せてるだろ」


 最短で答えにたどり着くための単刀直入な言葉。

 思わぬことだったのだろうか、カーラックはマントを揺らし、勢い良く振り返った。

 ただしカーラックの表情は俺たちを見下したまま。


「よく知っているな。もしや、あの魔術師を救出するのが狙いだったか?」


「良いのかよ、メイティを乗せてること、あっさりとバラしても」


「貴様らのようなお子様に何ができるというのだ。私の栄達の糧となる情報、貴様ら程度に知られたところで問題ではない」


 優越感を根とした嘲笑。

 権威と武力を背景とした自信。

 カーラックにとっての俺たちは、単なる出世のための道具でしかないのだ。


 俺はカーラックの答えを無視、フユメとシェノに顔を向ける。


「だとさ」


「不幸中の幸いですね」


「どうすんの? メイティを助けんの?」


「当然」


 他にどうしろというのか。

 過去のメイティを独房に放置することなど、俺にはできない。

 ついでだ、俺たちが魔術師であることをカーラックに思い出させてやろう。


「カーラック艦長、あんまり人を見下してると、せっかくの出世を逃すことになるぞ」


「なんだと?」


 不機嫌に顔を歪めるカーラックと、警戒心を強める兵士たち。


 俺はマグマ魔法を発動、煮えたぎるオレンジの糸を振り回し、兵士たちのライフルを切り刻んだ。

 同時にマグマを手錠に当て自由を得る。


 ただし、自由を得るためには代償も必要だったらしい。

 手錠を溶かしたマグマは俺の腕をも溶かしたのだ。


「クソッ!」


 骨まで溶かしたマグマは急速に固まり、俺の腕は溶岩と一体化。

 あまりの痛みに意識を失いそうになりながらも、俺は懲りずにマグマ魔法を使い、シェノの手錠を外した。


「シェノ! 好きに暴れろ!」


「はいはい」


 解放されたシェノは、すぐ側にいた兵士の拳銃を奪う。そして兵士の頭を狙い、引き金を引いた。

 1人の兵士が力なく床に倒れると同時、さらにレーザーが艦橋を飛び、また別の兵士が命を落とす。

 ライフルを失い混乱した兵士たちなどシェノの敵ではない。


 帝國軍の対処はシェノに任せ、俺はすぐさまフユメの手錠を外した。


「すぐに治療します!」


「頼む!」


 手錠を外されたと同時、フユメはマグマに溶かされた俺の腕に手を当てる。

 治癒魔法の光が俺の腕を包むこと数秒、痛みは引いていき、醜く変形した腕は元通りに。


 フユメの治癒魔法により回復するかたわら、帝國軍兵士はシェノによってほぼ全滅していた。

 艦橋に残されたのは、武器を持たぬ航海士たちとカーラックのみ。

 俺はフユメを連れ艦橋の階段に向かい、シェノに言う。


「あいつらなんか放っておいて、さっさと行くぞ!」


 戦えぬ者たちを殺しても意味はない。

 それはシェノも理解しているようで、彼女は倒れた兵士の頭にレーザーを撃ち込み掃除を終えると、俺のもとまでやってきた。

 まさかの事態に狼狽するのはカーラックである。


「待て貴様ら! ええい! お前ら、お子様を相手に何をしている! ヤツらを追え!」


 先ほどまでの余裕は何処へやら。

 焦燥感に支配されたカーラックの怒鳴り声が、背後から聞こえてくる。

 知ったことか。俺たちはメイティを救うため走るだけだ。


 ところで、勢いで艦橋を飛び出した俺たちであったが、ひとつ問題がある。


「独房ってどこだ?」


「あ! そういえば調べ忘れてました!」


 どうやらフユメも俺と同じく、勢いだけで艦橋を飛び出した口らしい。

 階段を下りる俺とフユメは、目的地がどこにあるのか分かっていないのだ。

 こうなると、地図を見つけるか、どこかで帝國軍兵士を捕まえ尋問するしかない。


 面倒だ、という思いが俺の心に浮かび上がった。

 しかしシェノは、当たり前のように口を開く。


「シュトラール級巡洋艦の独房は、第七甲板の左舷Eブロックにある。第三甲板の兵員室を避けていきたいなら、こっち」


 指をさし、俺たちを独房まで案内してくれるシェノ。

 まるで自分の船かのように巡洋艦を案内するシェノに、俺とフユメは首をかしげた。


「シェノ、妙に詳しいな」


「どうして帝國の軍艦の構造を知っているんですか?」


「昔、仕事で帝國の巡洋艦に潜入したことがあって、そのときに覚えた」


「ホントなんでもやってるんだな、お前」


「報酬高かったから」


「シェノさんはいつも通りですね」


 今回はシェノの貪欲さに助けられた。

 仲間の1人が帝國の巡洋艦の内部構造に詳しいとなれば、これほど頼もしいものはない。


 シェノを先頭に階段を下り、廊下を走り、艦尾に向かう俺たち。

 艦内にはカーラックの怒鳴り声が鳴り響き、いつ帝國軍兵士が襲ってきてもおかしくはない状況である。

 一定の緊張感を保ちながら、俺たちは広大な艦内を駆けた。


 狭く長い廊下を走る最中、ついに俺たちの前にライフルを構えた帝國軍兵士の一団が。


「いたぞ!」


 そう叫ぶなりライフルを構えた兵士たち。

 一本線の廊下の先に並んだ銃口を眺め、俺は腕を突き出した。


「邪魔だ!」


 狙いを定める必要はない。俺は氷柱魔法を発動し、多数の氷柱つららを兵士たちに向けて放った。

 氷柱は鋭く廊下を突き進み、帝國軍兵士たちのライフルを突き破り、彼らの体に突き刺さる。

 廊下に響いたのは痛々しい悲鳴。


 少しして沈黙が訪れると、俺たちは再び前進をはじめた。

 どこまでも続く味気ない艦内の風景。

 合理性を徹底させながらも、帝國の激情によって動かされる巡洋艦は、絶望と野望の間を彷徨う幽霊船のようだ。


 またも階段を下り第六甲板へ。

 ここで、先を急ごうと前を見続けていた俺の背中をレーザーが焼く。

 痛みが全身の感覚を麻痺させ、意識は遠い彼方へと消えていった。

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