第3章28話 今の俺たちは、過去の俺たちを信頼するだけだよ

 転移を終え『ステラー』に戻れば、予定通り艦橋の操舵室へ。

 俺とフユメ、シェノ、ニミーの4人は、操舵室に集まり宇宙を眺める。


 闇に浮かぶ惑星ドゥーリオは、変わらず悪天候なのだろう。


 遥か上空からこうして俺たちがドゥーリオを眺めていることなど、あの悪天候の下にいる過去の俺たちは知る由もない。

 逆に、当時の俺たちは未来の俺たちに見下ろされていたのだと思うと、不思議な気分だ。


「ねえねえ、おねえちゃん、きょうはなにをするの?」


「さあ、知らない」


「アイシアの話にもよるが、今日は何もしない予定だぞ」


「だって」


「おお~! それじゃあ、いっぱいあそべるね!」


「ニミーちゃん、今日は何をして遊ぼうか?」


「ミードンとフユメおねえちゃんといっしょに、おにんぎょうあそびー! それからそれから、みんなでヤーウッドをぼうけんするのー! そのあと――」


 楽しそうなニミーの姿に、操舵室全体がほんわかとしている。

 殺伐とした軍艦に現れた1人の天使は、ヤーウッドのクルーたちを和ませるのには十分すぎる存在なのだ。

 ほんわかとした空気の中、ふと響くヤーウッドのAIの報告。


《ドゥーリオから1隻の船が出港! エルイークに向かっていると思われます!》


 大した情報ではない。念のための確認を、AIがただ機械的に報告しただけだ。


 しかしシェノは何を思ったか、エルイークに向かう1隻の船をモニターで確かめた。

 モニターを眺めたシェノは、何かを確信したかのような表情。

 そして彼女は言う。


「あの船、あたしが借りた船だ」


 それが何を意味するのか。

 過去を思い起こしたフユメは血相を変えた。


「もしかして、過去のシェノさんがボッズ・グループのところに向かってるんじゃ!?」


「あ、たぶんそれ」


「大変です! 過去のシェノさんを助けないと!」


 焦燥感に駆られ、操舵室の出入り口へと歩を進めたフユメ。


 対して俺はその場を動かない。動く必要がない。

 俺はとっさにフユメの腕を掴み、彼女を制止する。


「待てフユメ、俺たちは何もしなくて良い」


「え!? でも、このままだと過去のシェノさんが……」


 フユメは俺が言いたいことを理解できていないようだ。

 実のところ、俺も自分の行動に絶対の自信は抱いていない。

 この行動が正しいのかどうかは、次の質問に対するシェノの返答次第である。


「シェノ、ボッズ・グループを襲撃したとき、何か変な出来事はあったか?」


「これといって変なことはなかったかな」


「そうか。じゃあ、俺たちは何もしなくて良いだろう」


 ようやく自分の行動に自信が持てた。

 俺は自信を胸に、自分の考えをフユメに説明する。


「ボッズ・グループを襲撃したシェノを救ったのは、過去の俺たちだ。あのとき、俺たちは俺たちの力でボッズ・グループの襲撃を生き延びた。だから今の俺たちがいるんだろ」


 過去を変えてはいけない。

 ボッズ・グループ襲撃に未来の俺たちが関わっていないのなら、今の俺たちは過去に手出しをしてはいけないのだ。


 それを俺に気づかせてくれたのは、昨日のフユメの言葉。

 だからこそフユメも、俺の行動には納得してくれたようである。


 納得はしても、過去の俺たちに対する心配は尽きないらしい。

 不安げな表情で宇宙を眺めたフユメ。そんな彼女に、俺は言った。


「そんなに心配する必要はないさ。俺たちがボッズ・グループなんかに負けるわけない。今の俺たちは、過去の俺たちを信頼するだけだよ」


 難しいことではないのだ。

 この数ヶ月間で、俺たちは互いを信頼するようになった。

 そこには過去も今も未来も関係ない。

 目の前にいる仲間を信頼するように、過去の俺たちを信頼する。ただそれだけなのである。


「そっか、そうですね。私たちは私たちを信頼します」


「よし、じゃあ面倒事は過去の俺たちに任せて、俺はコターツでゆっくりと――」


「薄々気づいてはいましたけど、やっぱり面倒なだけだったんですね」


「あんた、ホント隙あらばダラけるよね」


「ニミーもグダグダ~ってするー!」


 早くも俺への信頼が揺らぎはじめているフユメたち。知ったことか。

 過去も今も未来も関係ない。

 できうる限りの面倒事を避けて俺は生きていきたいのだ。

 最低限の魔法修行と魔王討伐で、俺は真の英雄と呼ばれたいだけなのだ。


 俺の本音に冷たい視線が向けられる中、操舵室に2人の女性がやってくる。

 1人は青のドレスに身を包んだアイシア、もう1人はリボンに飾られた猫耳が可愛らしいメイティ。


「みなさん、どうかしましたの?」


 冷たい視線のフユメとシェノに睨まれた俺を見て、アイシアは首をかしげていた。

 本当のことを言えばアイシアからも冷たい視線を向けられるだろう。

 ここは「いや、なんでもない」という返答で乗り切る。


 アイシアは釈然としない様子ながらも、本題を口にした。


「同盟軍では魔物の調査がはじまったそうですの。オークやガーゴイルの死体を貴重なサンプルとし、生態系や弱点を探すとのことですわ」


 これは過去の俺たちの成果。そして同盟軍の方針。

 続くアイシアの言葉こそが、これからの俺たちの方針だ。


「わたくしたちはメイティさんの意見を参考に、魔王の影を追っていこうと思いますの」


「メイティの意見を参考に?」


「……わたし、この世界の、勇者だから……」


「そういうことか。積極的に勇者としての務めを果たそうなんて、偉いぞメイティ」


 伝説のマスターとして、愛弟子の真面目さには感服するばかりだ。

 あっという間に自立していくメイティを見ていると、嬉しくもあり寂しくもありである。


 尻尾を揺らし照れた表情のメイティ。

 そんな彼女のモフモフの頭を撫でながら、アイシアは片目をつむり、人差し指を立て、俺に向かって言い放った。


「当然、真の英雄である魔術師さんにも手伝ってもらいますわよ」


「……ソラト師匠、お願い……」


 王女様と愛弟子に頼み事をされてしまえば、嫌な顔などできるはずがない。

 俺もフユメも、シェノもニミーも、答えは決まりきっている。


「『ムーヴ』だけじゃなく『ステラー』でも魔王討伐かよ。ま、さすがにメイティのお願いは断れないし、真の英雄と呼ばれちゃ、手伝わないわけにもいかないよな」


「メイティちゃん、アイシアさん、私たちが力になります。だから、困ったときは私たちを頼ってくださいね」


「それ相応の報酬はもらうよ」


「これからは、アイシアおねえちゃんともいっしょ~! にぎやかだね~!」


 それぞれの答えに、アイシアとメイティは表情を明るくした。


 今日、俺たちは新たな戦いの一歩を踏み出したのだ。

 ひとつの世界を侵略するだけに飽き足らず、『ステラー』にまで手を出した欲張りな魔王を探す新たな戦いの一歩を。


「さあ、どこぞに隠れた魔王を引きずり出して、さっさと魔王討伐を終わらせて、コターツでゆったりまったり過ごすぞ!」


 俺は俺の自由を貫くだけだ。ここ『ステラー』で出会った仲間たちとともに。

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