第3章16話 俺は救世主の父親……伝説の父親!?

 過去の俺が家に帰る前に、証拠隠滅をしなければならない。

 俺はメイティに手伝ってもらいながら、土魔法を駆使してオークの死体を庭に埋める。

 割れた窓や傷ついた床は、こちらもまた土魔法で応急処置を施した。


 この間、フユメが母さんと父さんに事の顛末を伝えてくれる。


「――ということなんです」


「そうか、俺の息子が、世界を救う救世主に選ばれていたのか。となると、俺は救世主の父親……伝説の父親!?」


「私は伝説の母ね。小さい頃からの夢が叶ったわ」


「は、はぁ……さすがソラトさんのご両親です……」


 絵に描いたような苦笑いを浮かべるフユメ。

 一方で俺は、両親の言葉に長年のクセが蘇り、無意識にツッコミを入れてしまう。


「なんで当たり前のようにフユメの話が信じられるんだよ」


 あなたの息子は救世主に選ばれ、異世界を救おうと魔法修行をしています。


 こんな話を聞いて、それを簡単に信じられる人は少ない。

 ゆえに、俺のツッコミは常識的なものであったはず。


 ところが母さんと父さんは、俺のツッコミに首をかしげた。


「信じるに決まってるだろ。なあ」


「ええ、信じるに決まってるわ。お母さんたち、オークに殺されかけたのよ? ソラの魔法で命を救われたのよ? モテないはずのソラが女の子たちを連れてきたのよ? なら、ソラが異世界の救世主に選ばれていたって、おかしくはないでしょ」


「母さんの言う通りだ」


 すでに常識外の出来事が起きたのなら、その後の常識外も受け入れて然るべき。

 なんとも合理的な考え方だ。


 とぼけているようで、きちんと考えて行動している母さんと父さんは、本当に油断ならない。

 これこそ俺の両親だ。

 これこそ我が家のいつも通りだ。


「ところでソラト、異世界ってどんなところなんだ?」


「それ、お母さんも気になってたわ。さっきみたいな魔物がいる、ファンタジー世界みたいな世界なの?」


 間違いなく興味本位の質問。

 俺はオークの死体を庭に埋めるかたわら、母さんと父さんの興味に答えた。


「ちょっとややこしい話で、異世界は複数あるんだ。まず『プリムス』っていう、簡単に言えば天界みたいなところがあって、そこがたくさんの世界を管理してる」


「あらあら、ということは、お母さんたちが住んでる世界も、その『プリムス』って世界に管理されているの?」


「そう。ここは『スペース』って呼ばれてる世界。それで、さっきの魔物に襲われてる世界『ムーヴ』が、母さんの言うような中世ヨーロッパ風味のファンタジー世界。俺が救わなきゃならない世界だ」


「フフ、俺が救わなきゃならない世界、だって」


「いつの間にソラトも立派になったんだなぁ。父さん嬉しいぞ」


「やめてくれ恥ずかしい」


 自分の息子が救世主に選ばれ、母さんと父さんはよっぽど嬉しかったらしい。

 先ほどから、俺の話を聞く両親は誇らしげな表情だ。


 茶化されるのも嫌だが、本気で喜ばれるのもまた気恥ずかしい。

 話を進めて恥ずかしさを誤魔化そう。


「で、実は『ムーヴ』にいる時間はすごく短くて、ほとんどは『ステラー』って世界にいるんだ。そこで俺は魔法修行をしてる」


「あら、そうなの。その『ステラー』という世界も、ファンタジー世界?」


「いいや、違う。『ステラー』は『スペース』よりも遥かに文明レベルが進んだ、宇宙時代の世界。大型の宇宙戦艦が宇宙戦争を繰り広げてるような世界だよ」


「そうなのか!? 最高の世界じゃないか! 父さんも救世主として『ステラー』で魔法修行をしたいぞ!」


「お母さんも宇宙世界に行って、ブラックホールの脇をかすめてみたいわ」


 俺と同じく『ステラー』のような宇宙世界が大好きな母さんと父さん。

 むしろ、俺が宇宙世界を好きになったのは2人の影響だ。

 きっと2人が『ステラー』に行けば、とても大人とは思えぬはしゃぎ方をすることだろう。


 けれども、母さんと父さんは自分たちを『ステラー』に連れていけとは言わない。

 母さんは優しく微笑み、俺に質問を投げかけた。


「ソラ、異世界での生活は楽しい?」


 即答はできなかった。

 今までの出来事を思い浮かべれば、決して楽しいことばかりではない。

 何度も死ぬ生活など、楽しいですと言い切ることはできない。


 だが、フユメやシェノ、ニミー、メイティを眺め、俺はひとつの答えを導き出す。


「苦労することばかりだけど、まあ、楽しいよ。毎日のように宇宙を旅できるんだから」


 仲間たちと過ごす毎日が楽しい、とは言えなかった。

 そんな恥ずかしいこと、フユメたちの前で言えるはずがなかった。


 それでも母さんと父さんは、さすがは両親、俺の思いを理解したらしい。

 2人は顔を合わせ、互いに頷くと、再び俺に聞いてくる。


「お前は未来からタイムスリップしてきたソラトなんだよな?」


「ああ」


「これから学校から帰ってくるソラトを、異世界に転移させないといけないんだよな?」


「そう」


「だったら――」


 顎に手をやり考え事に耽る父さん。

 続けて母さんが、父さんの考え事に答えを与えるかのごとく口を開く。


「ソラがこの世界に未練を持たないよう、ソラに嫌がらせをするのはどう? そうすればソラ、この世界が嫌になって、異世界に行きやすくなるんじゃないかしら?」


「そうだな、それが良い。だけど、どんな嫌がらせをしようか……」


「例えば、理不尽な理由で小一時間叱りつけるとか」


「決まりだ!」


「じゃあ、どんな理不尽な理由で叱りつけるかを考えないとね」


 俺が『プリムス』に転移したあの日、なぜ母さんと父さんは、俺が捨て忘れたプリンのカップにより、母さんのスリッパが汚れたなどという理由で怒鳴っていたのか。

 今、その理由が明らかとなった。


 あれは、俺が地球に未練を持たぬよう、わざと理不尽な理由で怒鳴っていたのだ。

 理不尽な怒鳴り声の底には、俺を想う気持ちが根を張っていたのだ。

 これぞ母さんと父さんの優しさ。


 いや、それにしてもあれは理不尽すぎる。やはり美談にはならない。


「フユメちゃんとシェノちゃん、メイティちゃん、それにニミーちゃん」


 ふと母さんはフユメたちに呼びかける。

 名前を呼ばれたフユメたちは、母さんに視線を向けた。

 出会ったばかりの少女たちに見つめられながら、母さんは小さく笑う。


「みんな、ソラと一緒にいるのは大変でしょ。あの子、ひどい面倒くさがりだから」


「いえいえ、そんなことは――」


「ホント大変。何度宇宙に放り投げてやろうかと思ったことか」


「ちょっとシェノさん! ソラトさんがクソ人間だという本音ぐらいは隠しましょうよ!」


「フユメ、お前も本音を隠し通せよ」


「……クズ人間、学ぶこと、多い……」


「メイティ、それは良い意味か? 悪い意味か?」


「ソラトおにいちゃん、いつもコターツでねてるよ~! ニミー、ソラトおにいちゃんとグダグダ~ってするの、すきー!」


「話を聞いてると、異世界でもソラはあんまり変わらないみたいね」


「やっぱりソラトはソラトか!」


 とことん好き勝手なことを言うヤツらだ。

 よくもまあ、人の子を親の目の前で悪く言えるものだ。

 そして、よくもまあ、俺の両親は自分の子を好き勝手に言われて笑えるものだ。


 十数分後、証拠隠滅が完了する。

 オークの死体は庭に埋め、土魔法による応急処置を施された床や窓ガラスは、カーペットやカーテンで隠された。

 多少の不自然さが残るが、何も知らぬ過去の俺が異変に気づくことはないだろう。


「……部屋、綺麗……」


「みんなでおそうじすると、すぐにきれいになるね~! おねえちゃんひとりのときと、おおちが~い!」


「あたしは部屋を掃除するのは苦手だけど、敵を掃除するのなら得意だから良いの」


「おお~! そうだった~!」


「ソラトさん、そろそろ行きましょうか」


 時計を見れば、もうすぐ過去の俺が家に帰ってくる頃。

 過去の俺に鉢合わせないためにも、俺たちはグラットンに戻るべきだろう。

 母さんと父さんとはお別れだ。


「なんだかお母さん、安心したわ。フユメちゃんたちがいれば、ソラも異世界で元気にやっていけそうね」


「ソラト、伝説の父親から救世主にアドバイスだ。仲間は大切にしろよ」


 別れの時がきたからといって、照れくさいことを言う両親である。

 返す言葉も見つからず、俺は素直な返答ができない。


「今生の別れじゃないんだから、あんまりかしこまらないでほしいんだけど」


「そうか。じゃあ俺から言えることはこれだけだ。異世界でも元気でな、救世主様」


「いつでもお母さんのところに帰ってきて良いからね。いってらっしゃい」


 見送る両親に、俺は軽く手を振る。

 遅すぎる異世界への出発の挨拶にしては、あっさりとしすぎている感が否めないだろう。

 けれども、心残りであったことが、これでひとつ減った。

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