第3章17話 これが家を揺らした原因だ!

 午後5時、俺たちはグラットンに戻る。


 午後6時、過去の俺が帰宅する。


 午後7時、自宅から理不尽な怒鳴り声が響き渡る。


 午後8時、過去の俺が自室にこもり、ベッドの上でスマートフォンをいじる。


 その時・・・は刻一刻と迫っていた。

 俺はグラットンの操縦室からスコープをのぞき、過去の自分を監視中。


「こうやって見ると、俺ってすごいダラけてるな」


「コターツに潜り込んでいるソラトさんも、いつもあんな感じですよ」


「ああ、そう。ところで、落としたスマホが俺の頭に当たった瞬間、ラグルエルから渡されたこのスイッチを押せば良いんだよな?」


「はい、そうです。でも、スマホを落とした瞬間を狙うのは難しそうですね」


「大丈夫だ。確かあのとき、突然家が揺れて、そのせいでスマホを落としたんだ。だから、家が揺れそうな瞬間を待てば良い」


 なぜ家が揺れたのかは分からない。

 地震か、大型トラックが家の前を通ったか、どこかでガス爆発でも起きたか。

 どんな理由にせよ、家が揺れた途端にスイッチを押せば、過去の俺は無事に『プリムス』へと転移するはずである。


 時計を見る限り、転移までの時間は数分程度。

 しばらくは過去の自分から目が離せそうにない。


 他方、俺たちの背後では、ニミーがシェノとメイティを巻き込み、お人形遊びを楽しんでいた。


「わっはっはー! われこそはミードン! みんなの『きゅうか』をまもる、せいぎのヒーローだぞー!」


「……ミードン、助けて……怪人シゴトツイカーが、襲ってくる……」


「お、俺様は怪人シゴト――」


「ちがう! おねえちゃん、かいじんはね、もっとダミごえなの」


「ダミ声って……俺様は怪人シゴトツイカーだぁぁ! 仕事が終わったようだなぁぁ! この仕事も任せたぞぉぉ!」


「まてー! しごともだいじだが、きゅうかもだいじ! ミードン、さんじょう!」


 独特な世界観が俺たちの背後に広がっている。

 ニミーとメイティは楽しそうだが、シェノはダミ声のやりすぎで顔が赤い。

 のんきなことだ。


 転移のタイミングを逃すまいと緊張する俺と、お人形遊びを楽しむニミーたちの間には、水星の昼と夜ほどの温度差があることだろう。


「うん? あ! トラックが来ました!」


 外を眺めていたフユメからの報告。

 林の隙間から見える道には、確かにヘッドライトを輝かせる大型トラックの姿が。


 ここで俺の直感が告げる。


 異世界転移といえばトラックだ。

 おそらく、あのトラックが家の前を通り、その振動で家が揺れたのだ。

 結果、俺はスマホを落とし『プリムス』へ転移したのだ。


 それに違いない。


「転移の準備だ」


 ラグルエルから渡された、救世主選抜のためのスイッチ。

 そのスイッチに、俺は指をかける。


 トラックのヘッドライトは徐々に輝きを増していった。

 俺の家の前をトラックが通り過ぎるまで、あと数秒。


 狭い道にしてはスピードを出すトラックは、瞬く間に家の前を通り過ぎる。

 同時に俺はスイッチにかけた指に力を入れた。

 タイミングは完璧、だったのだが。


「あれ?」


 スコープをのぞき自室を眺める。

 するとそこには、相も変わらず泥のように寝そべった俺がいた。


「悪いフユメ、スイッチを押すタイミング、間違った」


「ええ!? じゃあ、今頃はマスターのところに赤の他人が転移しちゃってますよ!」


「ホントにすまん」


 幸い、スイッチは何度でも押せる。チャンスはまだある。

 一度だけタイミングを間違えたからといって、絶望する必要はないのだ。


 ただしフユメは頭を抱えていた。


「うう……やっぱり……」


「どうした?」


「マスターから連絡がありました。ゴリラが転移してきたけど、これは何? って」


「次は失敗しないから大丈夫だって返事しておけ」


「本当ですね? 本当に失敗しないんですね?」


「しない。たぶんな」


 とはいえ、どうしてあのとき、家が揺れたのかは分からずじまい。

 いつどのように家が揺れるか分からぬ現状、同じような失敗を繰り返す可能性は否定できないのだ。


 はて、どうしたものか。

 などと思っている最中である。


「またマスターから連絡です」


「今度はなんだ?」


「おじいさんが転移してきたけど、これは何? って」


「それは知らん」


 スイッチは押していないのだ。

 ラグルエルの言う謎のおじさんについては、まったく身に覚えのない話である。

 

 奇妙な出来事ではあるが、今はそんなことに関心を向けている場合ではない。

 俺は家が揺れるそのときを、ただ待つことしかできなかった。


「かいじんシゴトツイカーめ! かくごしろー!」


「……あの技は……」


「ミードンパーンチ! うおおおおおお!」


 怪人を倒すべく必殺技を繰り出したミードン――を持って走りだすニミー。

 これに対し怪人――シェノはミードンパンチを回避してしまう。


 ニミーは操縦席に向かって一直線、そのまま操縦席前のモニターに激突するのだった。

 直後、グラットン機首に装備されたブラスターが起動する。


「マズい! 早くブラスターを止めて!」


「は、はい!」


 シェノは真っ青な顔をして叫び、フユメはそれに応えようとモニターに手を伸ばした。

 しかし俺は、そんなフユメの手を掴む。


「ソ、ソラトさん!? 何をしているんですか!? 早くブラスターを――」


「これだ……これが家を揺らした原因だ! 俺たちがここでグラットンのブラスターを撃ったから、家が揺れたんだ!」


「え!?」


 素っ頓狂な声を出し俺の正気を疑うフユメだが、俺は本気だ。

 俺を転移させたのが俺ならば、家を揺らしたのが俺でもおかしくはない。


 俺はすぐさま操縦席に座り、ブラスターを操作する。


「照準を庭に合わせて……」


 我が家を吹き飛ばさぬよう注意しながら、照準は定めた。

 あとはブラスターを撃つだけ。


「発射!」


 左手の指を動かすと同時、青のレーザーが林を覆う闇を突き抜ける。


 レーザーは狙い通り庭に着弾した。

 グラットンの攻撃・・を受け、オークの死体が混ざる土を花火のように撒き散らす我が家の庭。

 着弾の衝撃は地面を伝い家を揺らした。


 今こそ転移のとき。

 俺は右手に掴んでいたスイッチを押し込む。


「これでどうだ?」


 スコープを使い自室を覗く。


 視覚が受け取ったのは、散らかった男子高校生の部屋のみ。

 そこに人の姿はない。


 続けてフユメが表情を明るくした。


「マスターから連絡です! 過去のソラトさんが無事に転移してきたそうですよ!」


「よし!」


 どうやら俺の考えは正しかったようである。

 家が揺れるのを待つのではなく、家を揺らすのが正解だったのだ。

 過去の俺が『プリムス』に転移したのは、ほぼ全てが今の俺の仕業だったのだ。

 唐突かつロクでもない転移は、ほぼ全てが俺のせいだったのである。


 ただし、あまり喜びに浸っている場合でもなかった。


「……ブラスターを撃ったの、騒ぎになってる……」


 外を眺めたメイティの言葉。

 確かに、我が家を囲む住宅街の窓に人々が集まってしまっている。

 閑静な住宅街を宇宙船の攻撃が襲ったのだから当然だ。


「逃げるぞ」


 土魔法を使い我が家の庭を簡単に片付け、俺は転移魔法を発動。

 光に包まれたグラットンは、俺たちを乗せて地球を去った。


 きっと明日のニュースには我が家が映っていることだろうが、知ったことではない。

 これでまた、故郷とはしばらくのお別れである。

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