第3章15話 母さん、父さん、大丈夫?
今やるべきことをやるため、俺たちは踵を返す。
そんな俺たちに、ラグルエルは言うのだった。
「あ、転移魔法は行ったことのある場所にしか転移できないわよ。それと、高速で動いてるものとか、高速で動いてる場所に転移させることもできないから、注意してね」
「助言どうも」
経験した事象のみを魔法として覚えられるように、転移先も経験が必要だということ。
重要な助言に感謝しながら、俺はフユメを連れてグラットンへと戻った。
グラットン船内では、メイティがコターツで丸くなり、ニミーは混乱するシェノの膝の上に座っている。
妙に和やかな船内だ。
過去の俺に危機が迫っているのだから、もう少し緊張感を持ってほしいものである。
「お前ら、これから俺の故郷に転移する。変なことはするなよ」
「うん! ニミー、いいこにする~!」
「……コターツから、出ない……」
「もう好きにして」
これといった説明をしなくとも、シェノたちは俺に従ってくれるようだ。
ならば行動は早いに限る。
「よし、行くぞ」
目をつむり、五感を呼び起こす。
同時に想像するのは、地球、日本、東京郊外、とある一軒家の裏にある公園の林の中。
普段よりも深く集中すると、まぶたの向こう側で光が輝き、そして消えていく。
*
俺はゆっくりとまぶたを開いた。
まぶたを開く最中、俺は世界がひっくり返ったような感覚に襲われ、よろけてしまった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、たぶんな。ただ、体が重い。転移魔法は結構な量の魔力を使うみたいだ」
大規模な魔法を使った際、疲れを感じることはあった。
しかし、魔力を使用したことで、体にこれほどはっきりとした影響が現れたのははじめてである。
世界を飛び越えるのに必要な魔力の量は膨大なのだろう。
「それより、想像した通りの場所に転移できたのか?」
よろける体を無理矢理動かし、窓の外を眺める。
窓の外に広がる景色は、風にそよぐ木々たちと、画一化されたデザインの家が並ぶ住宅街。
住宅街の隙間から見える道には、タイヤを地面につけて走る自動車の姿があった。
何より、住宅街の一角に建つ平凡な一軒家――自分の家がすぐ目の前にある。
俺の頬は自然と緩んでしまった。
「故郷だ。帰ってきたんだ」
数か月ぶりの故郷の景色は、数十年ぶりとも思えるほど懐かしい景色。
フユメも外の景色を眺め、つぶやく。
「地球に来るのは、すごく久しぶりです。そうでしたね、思い出しました。私、あの神様に命を救われるまで、この世界に住んでいたんですよね」
一体どのような経緯でフユメが地球を離れ、『プリムス』の住人になったのかは分からない。
どのような過去がフユメにあるのかは分からない。
それでも、心の動きに素直に従うフユメが、俺と同じように故郷を懐かしんでいるのは確かだ。
慣れ親しんでいたはずの景色に、こんなにも感情を動かされるとは、思ってもみなかった。
ただし、そんな俺たちにシェノは冷淡な言葉を突き刺す。
「2人とも、思い出に浸ってる場合?」
「……すまん、ついな。双眼鏡みたいなの、あるか?」
「銃のスコープならあるけど」
「それで良い」
まったくシェノの言う通り、過去を懐かしんでいる場合ではないのだ。
俺はシェノからスコープを受け取り、それを自分の家に向ける。
完全に覗きのような状態の俺だが、自分の家を覗くだけならば犯罪ではないだろう。
スコープ越しに見えるのは散らかった一室――俺の部屋。
部屋の壁に掛けられた時計の針は午後3時30分を指していた。
「この時間だと、俺はまだ学校に行ってる時間だな。となると、あの日は父さんが自宅勤務だったから、家にいるのは母さんと父さんだけか」
頭にスマホを落とし『プリムス』に転移したのは午後8時過ぎ。
となると、まだまだ時間には余裕がある。
過去を懐かしむ時間ぐらいはありそうだ、と思ったのだが。
「大変です! あれを!」
焦りを滲ませ外を指差すフユメ。
彼女の指差した先に視線を向けると、そこには肉に埋もれた目を鈍く光らせ、大柄な体をゆっくりと動かす3匹の魔物の姿があった。
「オーク!?」
「魔物がソラトさんの家に入ろうとしてます!」
「あいつら、人の家に土足で入り込みやがって! ラーヴ・ヴェッセル!」
招かれざる客が我が家で傍若無人に振る舞うなど、この俺が許しはしない。
母さんと父さんを、魔物の餌食にはさせない。
俺は思考よりも先に体を動かし、我が家に向かって走った。
梯子を下り、ハッチを開け、地上に降り立ち、林を抜け、我が家の庭へ。
オークたちはすでにガラスを割り、家の中に入り込んでいる。
久々の帰宅がこんな殺伐としたものになるとは夢にも思わなかった。
「母さん! 父さん!」
「ソラ!?」
「逃げろソラト! 母さんは俺に任せるんだ!」
ガラス片が散らばるリビングで、母さんはオークに壁際まで追い詰められている。
父さんは、道具箱から持ってきたであろうトンカチ片手に、母さんを救うためオークに立ち向かう。
残念ながら、母さんと父さんに勝ち目はない。
ここは俺の出番だ。
しかし、
「ソラトさん! まだ魔法使用許可は出ていません!」
俺のすぐ側までやってきたフユメの報告に、つい舌打ちしてしまった。
たかがオーク3匹、紙切れを破るよりも容易に倒せる相手だというに、俺はまだ手が出せないのである。
目の前で母さんと父さんの命が奪われようとしているのに、俺は何もできないのだ。
それでも幸運なことに、俺にはシェノとメイティ、ニミーという頼れる仲間がいる。
リビングに飛び込んだメイティは氷魔法を発動、オーク3匹の動きを短期的に封じた。
続けてシェノがリビングに立ち、拳銃でオークの頭を撃つ。
ニミーは拳を天に突き上げ俺たちを応援してくれていた。
この隙に、俺は母さんと父さんを庭まで連れていく。
「母さん、父さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。ソラも怪我はない?」
「この通り、無傷だよ」
「ソラト、あの化け物はなんだ!?」
「あれは――」
「魔法使用許可、出ました!」
「よし」
まずは安全確保、つまり失礼な客の始末。
俺はマグマ魔法を発動し、オークの体の表面を赤く柔らかく溶かした。
形の崩れたオーク3匹は、まるで人体模型のごとく内臓をむき出しにし、痛みに叫ぶ。
容赦などしない。俺は続けて土魔法を発動、土の槍でヤツらの内臓を貫いた。
体内を破壊された3匹のオークは目の輝きを失い、ただの肉塊として倒れ込む。
「好き勝手しやがって」
地球に存在しないはずの魔物の死体を見下し、俺はため息をつく。
そんな俺の背後で、母さんと父さんは怯えるような表情でこちらを見つめていた。
2人が何を思っているのかは、手に取るように分かる。
今の2人は、常識を軽く踏み潰した出来事の連続、そこに俺がいることに混乱しているのだろう。
当然だ。自分の息子がいきなり魔法を使えば、誰だって驚く。
「ソラト、お前……」
「ソラ……」
「母さん、父さん、実は――」
「お前がこんなにたくさんの女の子と一緒にいるなんて、今日は世界が滅ぶのか!?」
「ソラがお友達を連れてきた!? すぐに部屋を片付けなきゃ!」
すっかり忘れていた。
オークたちが常識を踏み潰す以前から、母さんと父さんは常識の外にいたのだ。
「えっと……明るいご両親ですね」
「というか、どうかしてる」
フユメとシェノ、2人が抱いた俺の両親に対する第一印象は、おそらく正しいものであろう。
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