第2章21話 ヒャッハー! そうこなくっちゃな!

 沈黙したメイティは、俺の顔をじっと見た。

 俺がうなずくと、早速メイティは曲がり角から飛び出す。


「おい! 敵だ!」


「カーラック司令とデイロン大尉からの射撃許可は下りている! 撃て!」


 早くも銃を構え、メイティを撃ち殺そうとする帝國軍兵士たち。

 ミノタウロスもメイティの存在に気がつき、牛頭に光る赤い目でこちらを睨みつけ、肩に担いだ斧を構えた。


 誰しも、猫耳を尖がらせ尻尾を立てたメイティが彼らに勝てるとは思わないだろう。

 自分たちの前に立ちはだかったニャアヤの女の子が、実は勇者であるなど、想像すらできないであろう。


「……マグマ魔法……!」


 メイティの両の手の平から打ち出されたのは、糸のように細く伸びたマグマ。

 そのマグマはメイティの意志に従い、曲線を描きながら帝國軍兵士たちをかすめていく。


 誰一人として、怪我を負った帝國軍兵士はいない。

 しかし彼らは、俺たちを攻撃する術を失った。兵士たちの持つライフルが、マグマによって真っ二つに切られていたのである。


「まさか……魔術師!」


「クソッ! 我ら帝國軍兵士が、この程度で――」


 諦めの悪い兵士たちだ。

 諦めが悪いのはメイティも同じ。彼女は諦めず、兵士たちの命を守り通した。


 拳銃を取り出した兵士は、メイティが放った氷魔法によって、一歩すらも踏み出せない。

 脚、腰、胴体、腕へと這い上がる氷に拘束され、兵士は表情を強張らせることしかできなくなってしまったのだ。


 15人の帝國軍兵士たちは、メイティによって無力化されたのである。


「やるなメイティ。こうなると、俺も師匠らしくしないとな」


 弟子の成長に感心し、師匠のわざで弟子を驚かせるのが、師匠らしさというもの。


 俺は普段と変わらず両腕を突き出し、6匹のミノタウロスに向かって氷柱つらら魔法を放った。

 メイティの背丈を優に越す氷柱の大群は、まっすぐとミノタウロスに突撃。

 牛頭も立派なツノも、大きな斧も彫刻のような筋肉も、氷柱魔法の前では無力だ。


 1匹につき6~7本の氷柱が、ミノタウロスの肉を貫く。

 ミノタウロスに刺さった氷柱は、そのまま彼らを吹き飛ばし、壁にはりつけに。

 デスプラネットの廊下は、6匹のミノタウロスに飾られた。


「……ソラト師匠、えげつない……」


「でも殺してないだろ」


「……うん……一応、不殺……」


 痛みに阿鼻叫喚する磔になったミノタウロスたちを見て、メイティは微妙な表情。

 とはいえ、俺とメイティの活躍により、帝國軍兵士は排除された。

 俺たちは再びシェノを先頭に、機密情報の在り処へと向かう。


 途中、帝國軍兵士に出くわすこと3回。全ての兵士やモンスターを殺さず戦闘不能にし、俺たちはデータ保管室らしき部屋に到着した。


「サーバルームみたいなところだな」


「一体、どこに機密情報があるんでしょうか?」


「セキュリティはほぼ死んでるから、探すのは難しくないと思うよ」


 早くもデータ保管室の制御盤に端末を差し込んだシェノは、余裕を持ってそう言う。

 彼女の言う通り、機密情報の発見に時間はかからなかった。

 ものの数分で、お求めの情報がシェノの端末にダウンロードされたのだ。


「ええと――『帝國の戦争支援者に関する報告』ってので良いのかな」


「コードは合ってるし、たぶん大丈夫です」


「フフフ、これでまたお金ちゃんたちが、あたしとニミーの懐に……!」


 とことん金のことしか頭にないシェノに、俺とフユメは呆れ帰る。

 しかし、呆れている場合などではなかった。


「……敵意、感じる……」


 メイティの言葉の直後である。

 データ保管室に1発の銃声が鳴り響き、俺の背中に激痛が走る。


 この感覚には覚えがあった。

 俺の背中に、レーザーが突き刺さったのだ。


 揺らぐ意識は、自分の体が地面に倒れた衝撃すらも無視し、痛みの中に沈んでゆく。

 いっそ死ねればどれだけ楽だったことか。俺の意識はなおも体に留まり続け、俺を撃った者たちの顔を脳に焼き付ける。


「情報の回収、ご苦労だったな! だが報酬は俺たちのものだ!」


「お前たちはここで死んどけ!」


 ヤツらは帝國軍兵士ではない。ヤツらは、種族も雑多なならず者の一団だ。

 おそらく、俺たちの背後をつけてきたのだろう。そして、帝國軍兵士たちとの戦闘を避け、俺たちから機密情報を掻っ攫うつもりなのだろう。


 バカなヤツらだ。

 大人しくしていれば、彼らも死なずに済んだというに。


「ほらよ、機密情報を渡してもら――」


 ならず者に渡されたのは、機密情報ではなく、シェノが撃ったレーザーであった。

 レーザーはならず者の1人の頭を撃ち抜き、脳を焼き切られたならず者は命を落とす。

 突然の仲間の死に、ならず者たちは笑みを浮かべて反撃を開始。


「ヒャッハー! そうこなくっちゃな!」


「撃て撃て撃て!」


 ライフルや機関銃を得意げに構え、引き金を引き続ける7人のならず者たち。

 データ保管室にはおぞましい数のレーザーが飛び交い、フユメとメイティはデスクの裏に隠れる。

 背中を撃たれ瀕死の俺は、頭上を飛び抜けるレーザーを眺めるしかない。


 この状況で、しかしシェノに焦りはなかった。


「やっぱ、あたしに不殺は無理」


 彼女は拳銃を片手に、デスクを利用しならず者たちの目と鼻の先へ飛び込む。


「こいつ……!」


 銃の乱射に夢中になっていたならず者の1人は、突如として目の前に現れたシェノに対し、驚くことしかできない。

 シェノはそんなならず者の顎に銃口を突きつけ、引き金を引いた。


 1人のならず者が青い血を撒き散らす中、シェノは隣のならず者の腕を掴む。そのまま機関銃ごと腕を別のならず者に向け、2人のならず者が蜂の巣に。


「ソラトさん! 治癒魔法をかけます!」


 ならず者たちの混乱に乗じ、俺の側にやってきたフユメ。

 背中にあいた穴を緑の光が癒してくれる中、俺はシェノの戦いを眺める。


 仲間意識の薄いならず者たちは、シェノの武器となった男を撃ち殺し、シェノを狙った。

 だが、シェノの動きは早い。


 死体となった男を盾に、シェノは1人のならず者の胸と頭を撃つ。

 続いて盾にした男の死体を蹴り、別のならず者の1人を怯ませ、その間に別の1人を銃撃。

 最後に、仲間の死体が覆いかぶさった1人のならず者の頭に銃口を向ける。


 ところが、最後の1人を撃ったのはシェノではなかった。


「アハハ、また会えたな」


 拳銃を握り愉快そうに笑った、数名の兵士を連れるロングコートの男。

 フユメの治癒魔法のおかげで意識がはっきりとした俺は、思わず叫んでしまった。


「デイロン!? お前、生きてたのか!?」


「それはこっちのセリフだ、同志よ」


 俺とあいつがいつ同志になったというのか。

 相変わらずのニタニタとしたデイロンの表情が、なんとも腹立たしい。

 フユメとシェノ、メイティも警戒感を隠さず、デイロンの出方を窺っている。


 対してデイロンは、拳銃をホルスターにしまい、両腕を広げて言い放った。


「うむ、強敵だ! これは強敵だ! しかも、ならず者は他に腐るほどいる! 全てを潰すのは骨が折れる!」


 つまりは面倒ということ。

 それこそ俺のセリフだ。


「お!? ちょうど良いところに面白いスイッチが。アハハ!」


 やおら手に取ったスイッチを、これといった躊躇もなく押したデイロン。

 次の瞬間、至る所から爆音が聞こえてくる。

 嫌な予感しかしない。


「宇宙服を!」


 俺たちの鼓膜を震わすシェノの忠告。

 嫌な予感にかぶさる忠告には、考える前に従うべき。


 とっさに首にぶら下がる小さな箱を握ると、ナノマシンの集団が体を這い、宇宙服となって俺たちを包み込んだ。


 宇宙服が俺の体を包み込んだと同時、データ保管室の壁が吹き飛ぶ。

 壁にあいた穴の向こう側は、デスプラネットの崩壊によって宇宙と同化した廊下。

 空気は俺たちを連れ、無重力空間への入り口に殺到した。


 自然の力には抵抗できず、俺たちはデータ保管室から、無重力の廊下に吹き飛ばされてしまう。

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