第2章20話 あとは、諸君らの好きにしろ
唐突な仕事の依頼だった。
仕事内容は簡単。戦争の最中に破壊されたデスプラネットの残骸から、とある重要なデータを盗み出すことである。
他にも数十人のならず者たちが同じ仕事を依頼されているとのことで、今回は彼らとの協力――いや、競い合いとなりそうだ。
依頼主は、サウスキアという国の高官、という以外に詳しいことは分からない。
詳しいことを知る必要はないのだろう。俺たちは、与えられた仕事をただ全うするだけで良い。
ハイパーウェイを駆け抜けるグラットンの操縦席で、シェノは拳銃に手を当て、ニタリと笑っていた。
「目的地到着まであと30秒。戦闘準備はできてる?」
「バッチリだ」
「準備万全です」
「……わたし、戦える……」
「ニミーはおるすばんだよ~!」
「オッケー、何としてでもデータはあたしたちが回収するからね。他のヤツらに、特別褒賞を譲ってたまるかっての」
どこにも味方はいない、と言わんばかりのシェノ。
おそらくだが、他のならず者たちも同じような感覚でやってくるはず。
帝國軍どころか仕事仲間まで敵となると、なんとも殺伐とした仕事場になりそうだ。
不安ばかりが募る中、30秒が経過し、グラットンはハイパーウェイを脱出。白の波がうごめく景色は一変、かじられた果物のごとく崩壊した衛星と、そこから破片を散らばせるデスプラネットの残骸が、緑の惑星を背景に現れた。
残骸の向こう側では、数多の船が集い、青と赤、緑のレーザーが雨あられのように飛び交っている。銀河連合・同盟軍の艦隊と帝國軍の艦隊が、熾烈な戦闘を繰り広げているのだ。
グラットンの周囲には数十にも及ぶワームホールが輝き、今回の
さすがはならず者たちの集団。仕事場に到着した船はどれも個性的であり、まるで宇宙船の見本市だ。
レーダーを見る限り、この見本市に帝國軍の無人戦闘機も加わろうとしているらしい。ちょっとしたお祭り状態である。
そんな中、一際大きなワームホールから1隻の軍艦が飛び出してきた。
同盟軍の船とも帝國軍の船とも違うその軍艦は、角ばった巨大な艦体に4基の三連装砲を備え付け、中型小型の砲塔やレーダー類を突き出した、乱雑な艦影をしている。
まさか、あの軍艦もならず者の船なのだろうか。
《こちらサウスキア王国近衛艦隊旗艦ヤーウッドの艦長、ジェイムズ=ドレッドだ》
無線機から聞こえてくる、老人らしくも鋭く磨かれた低い声。
先ほど現れた軍艦の艦長だ。
依頼主である国の軍艦が自ら出撃とは、どうやらサウスキア王国も本気らしい。
《勇敢な死にたがりのならず者諸君、聞け。諸君には先に依頼した通り、帝國の機密情報を盗みとってもらう。機密情報の在り処については、すでに目星がついている。こちらからデータを送ろう》
直後、グラットンのモニターに表示された機密情報の在り処。
その情報はすぐさまフロントガラスに映され、シェノはスロットルを全開にする。
「一番乗りはあたしがもらう!」
「おいシェノ! せめて艦長の話を――って誰も聞いてないか」
フロントガラスから外を見渡せば、俺の指摘は虚しいだけだった。
スロットルを全開にしたのはグラットンだけではないのだ。
まだドレッドの話は終わっていないというに、ならず者たちは機密情報の在り処に群がっていたのである。
この展開をドレッドは予測していたのか、続く彼の口調は落ち着き払っていた。
《機密情報を守るため、帝國は正体不明の特殊部隊を配置させているようだ。ならず者の諸君がどのようにして彼らを撃退するのか、期待しよう》
ならず者たちは話を全く聞いていないが、ドレッドは気にしない。
《帝國軍の無人戦闘機については我々が対処する。また、同盟軍は完全な味方ではないが、完全な敵でもない。彼らのことは無視しても構わないだろう。我々から伝えるべきことは以上。あとは、諸君らの好きにしろ》
終始、落ち着き払ったままであったドレッドからの通信。
彼がどこまで俺たちを信用しているのかは不明だが、少なくとも彼が敵に回ることはなさそうだ。
自分の言葉を完全に無視され、なおも冷静さを保つドレッドが、突然に裏切るとは思えない。
ただし、フユメは苦笑い。
「好きにしろと言われましても、すでに皆さん、好きにしてますよね」
「してるな。シェノも含めて」
ドレッドに言われるずっと前から、ならず者たちは好きにしているのだ。
彼らは、ずっとそうやって生きてきたのだ。
今やならず者の一員になってしまった俺たちも、例外ではない。
メイティは小首をかしげ、俺に聞いてくる。
「……わたしも、好きにして、良い……?」
「当然だろ。メイティも好き勝手に誰も殺さなきゃ良いさ」
「……分かった……」
「怪我したり死んでしまったりしたら、私に任せてくださいね」
「頼んだぞ! ラーヴ・ヴェッセル!」
はっきり言おう。ここにいるならず者の中で一番強いのは俺、次に強いのはメイティ、その次がシェノである。そして俺とメイティには、フユメがついているのである。
俺たちが好きにすれば敵なし、というのは決して
勝てるか勝てないか、ではなく、どう勝つかが俺たちの課題なのだ。
シェノは一番乗りを目指し、メイティは不殺を貫き、俺は完勝を目指すだけなのだ。
加えて、グラットンはその無骨な見た目に反し素早い動きが特徴。
荒々しいシェノの操縦により、グラットンは帝國軍の無人戦闘機すらも出し抜き、誰よりも早くデスプラネットの残骸に到着した。
「おお~! いちばんだ~!」
「ニミーはグラットンで大人しくしててね」
「うん!」
ミードンを抱きしめ、コターツの中でにんまり笑うニミー。
小さな女の子を戦場で1人にするのもどうかと思うが、グラットンのセキュリティーはお守り機能もあるため大丈夫だと、シェノは言っていた。
ニミーのことはグラットンに任せ、俺たちはデスプラネットの残骸に降り立つ。
「重力と空気はあるみたいですね」
「デスプラネットの機能はまだ生きてるってことか。せっかく宇宙服も用意したのに、無駄だったな」
「無駄じゃなくなるかもしれないし、宇宙服は置いてかないでよ」
「はいはい」
宇宙服と言っても、ナノマシン型のそれは、普段は首からぶら下げた小さな箱でしかない。
荷物にはならないのだから、宇宙服を持っていって損になることはないだろう。
「機密情報があるとしたら……ここがここだから……」
「シェノさん、何を見ているんですか?」
「デスプラネットの設計図のコピー。エルデリアに渡す前に保存しておいたヤツ」
「いつの間にそんなことを……! シェノさんはちゃっかりしてますね」
驚きの奥底に呆れた気持ちを含んだフユメの表情に、俺も賛同しよう。
ただ、今回はシェノのちゃっかりに助けられることになりそうだ。
機密情報の在り処を絞り込んだシェノは、俺たちを先導し、迷うことなくデスプラネットの残骸を進んで行く。
帝國軍兵士の亡骸が転がる無機質な灰色の廊下は、ちらつく明かりと亀裂に飾られ、帝國の冷酷さと怒りの感情を表すかのよう。
まるで帝國の怨嗟に包まれているような感覚だ。
そんな廊下をしばらく歩くと、曲がり角にてシェノが足を止めた。
「帝國軍兵士が15人。それと、よく分からない生物が6匹。あれが特殊部隊?」
「よく分からない生物ってなんだよ」
自分の目で確かめようと、曲がり角から敵の様子を伺ってみる。
すると、よく分からない生物の意味が理解できた。
「マジかよ。あれはミノタウロスだ」
「また『ムーヴ』のモンスターですか。どうします?」
「どうするも何も、倒すしかないだろう」
「じゃ、あたしが兵士たちを殺るから、あんたらはそのミノなんとかを――」
「……待って……」
話を遮ったメイティは、シェノとは違う提案を口にする。
「……ソラト師匠がガーゴイルを倒す……わたしが兵士を倒す……命は奪わない……」
「つまり、人殺しのあたしは戦闘に参加するなってこと?」
「…………」
「ま、ドレッド艦長の言う通り、好きにすれば。あたしはこっから見てるから」
それはシェノからメイティへの挑戦状のようなものであった。
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