第2章8話 グラットンの居候がまた1人追加された
銀河連合本部を出た俺たちは、ニミーを連れてボルトアの街に繰り出した。
エルデリアと疲れ切ったHB274の2人は、本部に残り仕事である。
まともに昼食を食べていない俺たちは、まだ日が傾きはじめた時間帯であるにもかかわらず、夕食のためにレストランへ。
「おお~! これ、すごくおいしいよ~!」
「こら、あんまりテーブルに乗り出さないで」
「おねえちゃんのごはんも、おいしい?」
「うん、美味しい」
「やった~! おねえちゃんがよろこんでる~!」
この店で食事することを決めたのはニミーだ。だからこそ彼女は、美味しい食事を食べるシェノを見て、胸を張るのである。
美味しい食事に頬を緩め、ほっぺを落としそうになっているのは、俺とフユメだ。
メイスレーンの、泥水に紙を溶かしたような味の何かとは比べものにならぬほど、ボルトアの食事は美味しい。
肉料理、野菜のスープ、石窯パン。そのどれもが、絶妙な味付けと食感で、俺たちを満足させてくれるのだ。
黙ったままのメイティも、食事を口に運ぶ手が止まる気配はない。
「メイティちゃん、美味しいですか?」
ぺこりとうなずくメイティ。
「良かった。そういえば、メイティちゃんは好きな食べ物、ありますか?」
「……プーリン……」
「うん? プーリン?」
知っているような知らないような食べ物の登場に、フユメは首をかしげる。
まさかメイティは、プリンのことを言っているのだろうか。
首をかしげたフユメにプーリンの正体を教えたのは、シェノであった。
「それって、失われた古代兵器のことでしょ。なんか、人類の精神を狂わせるとか言われてるヤツ」
プリンは知っているが、そんな恐ろしい古代兵器プーリンは知らない。
というか、好きな食べ物と聞かれてどうしてメイティは古代兵器の名を答えたのだろう。
「……プーリン、食べ物……ロングボーが作り方、教えてくれた……」
メイティの答えによって、ますますプーリンの正体が分からなくなってきた。
こうなってしまっては、もはや現物を確かめるしかないだろう。
フユメは笑みを浮かべて、メイティに優しく言った。
「私もプーリン、食べてみたいなぁ。いつかプーリン、作ってくれますか?」
ぺこりとうなずくメイティ。
将来の楽しみができたフユメは、ほんわかと笑って野菜のスープを口にするのであった。
さて、和やかな雰囲気に包まれた俺たち。
しかしシェノは、本音を投げ込むことで、この和やかな雰囲気を切り裂いてしまう。
「ずっと言いたかったんだけどさ、あたしはグロック大将の言う通りだと思うよ」
「なんだ、藪から棒に」
「あんたらがその
隠すことなく示されたシェノの嫌悪感が、メイティに叩きつけられる。
それでも黙り続けるメイティのその反応が、シェノを余計に刺激したようだ。
「ずるいよね、都合が悪ければ黙って、自分に責任が回ってくれば、さっさと死んで逃げ切ろうっていうんだから」
「お、おいシェノ……」
「誰も殺したくない? 誰かを殺すぐらいなら自分が死ぬ? ふざけないでよ。誰かのために必死に生きて、生きるために嫌でも人を殺してきたヤツがたくさんいるのに、あんたは正義ヅラして、自分の手が汚れる前に自殺して逃げ切ろうなんて、虫がよすぎ」
「少し落ち着け」
「あんたたち――というかあたしたちが、メイティを訓練するんでしょ? じゃあ、間違ったことを間違ってるって言って、何が悪いの?」
「シェノさん、自分の不満を訓練と称してぶつけるのは、悪いことです」
「……あっそう」
フユメの厳しく冷酷な指摘に、シェノは反論しなかった。
だが、シェノがメイティに謝罪することもなかった。
困ったことに、2人の意見はどちらも間違っていない。間違っていないからこそ、どちらも譲らず、歩み寄りは宙に浮き、沈黙が俺たちを覆いかぶさるのだ。
空気は張り詰め、フユメもシェノも口を閉ざし、俺はせっかくの美味しい食事にさえ集中できない。
この最悪の状況で、ニミーは無邪気に口を開いた。
「おねえちゃん! そういえばね、さっきね、こんなのもらったの!」
そう言って、ポケットの中から小さなディスクらしき物を取り出したニミー。
正直どうでもいい話なのだが、にんまりと笑ったニミーを見ていると、自然に場の空気が和んでいく。
張り詰めた空気は幾分かほぐされ、美味しい食事にも集中できるようになった。
「少しお話し、良いかしら?」
突如として俺たちの鼓膜を震わせた、鈴を鳴らしたような声。
声の主に視線を向けると、そこにはメガネとスーツがよく似合う、美しいブロンドヘアの女性が。
その格好に惑わされ、俺は女性の正体が分からなかった。
瞬時に女性の正体を見抜いたのは、肉を刺したままのフォークを片手に目を丸くしたフユメである。
「マスター!? ど、どうして、こんなところに!?」
驚くのも無理はない。俺たちの正体を知らないシェノとニミーの前にラグルエルが現れるなど、フユメにとっては想定外だったのである。
それよりも俺が驚いたのは、メイティのつぶやきであった。
「……ラグルエル……女神様……」
「うん!? メイティ、ラグルエルのことを知ってるのか!?」
しばし間を置き、ぺこりとうなずくメイティ。
ラグルエルは白い歯をのぞかせた。
「また会えたわね、メイティちゃん。元気そうな無表情で良かったわ」
これはどういうことなのか。
なぜメイティは、ラグルエルのことを知っていたのか。
なぜラグルエルは、メイティに親しげに話しかけるのか。
考えられる答えはただひとつ。
「マスター、やっぱりメイティちゃんは、『ステラー』の勇者なんですか?」
「その通りよ。まさかフユメちゃんとクラサカ君がメイティちゃんと出会うなんて、どういう風の吹き回しかしら」
可笑しそうに笑うラグルエルだが、俺とフユメは顔を見合わせ、あんぐりとするしかない。
フユメの予想は正しかったらしい。『ムーヴ』の救世主である俺は、魔法修行の最中、期せずして『ステラー』の勇者と出会ってしまったのだ。
これは偶然?
あらゆる疑問が頭を駆け回り、そして霧の中に消えていく。
正直に言うと、俺は混乱中だ。
「ねえ、話についていけないんだけど」
混乱しているのは俺だけではなかった。
椅子に深く腰掛け、腕を組んだシェノは、堂々としたその見た目とは裏腹に、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
さてこの状況、シェノにどう説明すれば良いものやら。
俺とフユメが悩んでいると、ラグルエルが躊躇なくシェノに言った。
「はじめまして。私はラグルエル=オルタファ=メイエムフォン=イーゼン。『プリムス』の住人で、『ステラー』を管理する管理者の1人よ」
「は、はぁ……。こいつらとの関係は?」
「フユメちゃんは私のかわいいお弟子さん、クラサカ君は私が選んだ救世主見習い、メイティちゃんは世界に選ばれた勇者見習いで、私の新しいお弟子さん、ってところかしら」
「ふ~ん」
真実というのは、ときに嘘のような形をしているものだ。
ラグルエルの言葉を、シェノが簡単に信じようとしないのも無理はない。
ただ一方で、今のシェノはどこか、ラグルエルの言葉を受け入れたようにも見える。
まあ、興味がない、というのがシェノの本音だろうが。
「ところで、どうして私がここに来たか、分かるかしら?」
「私たちに、メイティちゃんのことを伝えるためでしょうか」
「それだけじゃないわ」
「仕事をサボるため」
「あら、クラサカ君よく気づいた――いえ、なんでもないわ。私がここに来た理由はね、あなたたちに新しい命令を下すためなの」
どうせメイティのことだろう。
まさか、メイティの魔法修行を手伝え、とかではないだろうな。
「管理者としての命令よ。『勇者援助法』に則り、フユメちゃんはメイティちゃんの魔法修行を補佐してもらうわ。治癒・蘇生魔法の使用許可はすぐに出るからね。クラサカ君も、メイティちゃんを手伝ってあげて」
俺の思った通りであった。
銀河連合からも女神からもメイティの訓練――修行を頼まれるとは、忙しい1日である。
ため息ばかりが漏れ出す俺であったが、フユメは瞳を輝かせていた。
「承知しました! 私がメイティちゃんを育てます! 強くてかっこよくて、かわいい勇者に育て上げます!」
「フフ~ン、フユメちゃんならそう言うと思ったわ。それじゃあ、任せたわよ」
「はい!」
今にも敬礼しそうな勢いのフユメ。
ラグルエルは上機嫌に笑いながら、踵を返し俺たちの前から去っていった。
再び訪れる、静寂と困惑。
食事を終え眠気と戦うニミーを抱えたシェノは、俺たちに聞く。
「つまり?」
「グラットンの居候がまた1人追加された」
「……もうベッドが足りないんだけど」
切実な問題を気にかけるシェノ。
すると、フユメはメイティを抱きしめ言い放った。
「メイティちゃんは私と一緒のベッドで寝ます! 良いですよね、メイティちゃん!」
「……うん……」
興奮のあまりフユメは気づいていないだろうが、メイティの表情は明らかに引きつっている。
あふれんばかりの母性とかわいいもの好きが、メイティを追い詰めているのだ。
今後の魔法修行、大丈夫だろうか。
そう、俺はメイティとともに魔法修行をすることになったのだ。フユメが暴走気味では、俺もメイティも困るのだ。
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