第2章9話 マグマに飛び込め!

 メイティの魔法修行が決定した翌日。

 俺たちは惑星『ファロウ』にやってきた。


 どこを見渡しても、マグマを吹き出す火山と溶岩の川が視界に入る、まさに死の惑星。

 当然だが、この惑星は生物が住むのに適した惑星ではない。とはいえ、全く生物が存在しないわけでもない。

 ファロウには銀河連合系の企業が工場を建設しており、少数の生物と多数のドロイドが、小さなコミュニティを形成しているのだ。


 では、なぜ俺たちはこの惑星にやってきたのか?


 帝國から追われるメイティを保護するには、辺境の惑星、かつ銀河連合の勢力圏内という条件が必要であった。その点で、ファロウは都合が良い惑星である。


 同時に、魔法修行という観点からも、ファロウは丁度良い惑星であった。

 メイティが使える魔法は、小さな炎魔法のみ。他の魔法は、どれだけ訓練しても覚えられなかったとか。

 ならばせめて、唯一使える炎魔法を伸ばそうと、フユメは考えたのだ。


 水魔法と氷魔法、風魔法を覚えた俺にとっても、炎魔法を覚える良い機会である。


「ではメイティちゃん、魔法の基礎知識を教えますね」


 飛び去っていくグラットンと、煮えたぎるマグマを背に、フユメ先生が人差し指を立てる。

 俺は汗を拭い、メイティは尻尾を揺らしながら、フユメ先生の授業に耳を傾けた。


「魔法は他次元のひとつである魔力を操作し、また別の他次元から物質を引き出すなどして、想像した現象を具現化する行為です。メイティちゃんとソラトさんは、魔力を操作するための魔力感知能力を有していますので、あと必要になるのは、経験と想像力ですね」


 これは長い説明になりそうだ。

 思わず俺はあくびをしてしまう。


「想像力というのは、私たちが認知する三次元を超えた次元に、無意識的に接続しています。ですから、想像力と魔力感知能力を合わせることで、私たちは魔法を使うことが可能になるんです」


 何を言っているのかよく分からないが、ふわっと覚えれば十分だろう。

 ともかく、俺はフユメの解説が終わるのを待つだけ。


「そして、想像力に必要なのは、経験と知識です。何より、五感で覚えた経験は、想像力の大きな糧となります。だからこそ、とある現象に身を投じることが、魔法修行となるのです」


「質問」


「なんでしょうか」


「どうしてそんな大事な説明、もっと前にしてくれなかった?」


「ソラトさんは感覚で魔法の使い方を覚えてしまったので、もう良いかなと思いまして」


 時折見せる、フユメのテキトーさ。

 だが彼女のテキトーさには感謝したい。長々とした説明など、俺には面倒なだけだからだ。


 魔法修行をさっさと終わらせるためには、行動第一である。

 炎魔法を覚えるには、目の前を流れるマグマの川に飛び込むのが、最も早いのである。


「なあメイティ、平気か?」


 小さく首をかしげるメイティ。


「死ぬのは平気か、って聞いたんだ。どうだ?」


「……平気……」


「そりゃ頼もしい。じゃあ、行くぞ! ラーヴ・ヴェッセル!」


「ちょっと、ソラトさん!? まだ話は――」


「蘇生魔法は頼んだ! メイティ、マグマに飛び込め!」


 岩場を走り、俺は煮えたぎるマグマへと一直線。

 肌を焦がすような暑さに汗が噴き出すが、これから経験する暑さは、そんなものでは済まされない。


 オレンジ色のマグマに飛び込むと、俺の足がマグマの粘り気に沈んでいった。

 足の感覚はほとんどない。俺は膝までマグマに沈んでいるが、きっと膝より下はマグマに溶かされ、もう存在しないのだろう。


 隣では、同じようにマグマに飛び込んだメイティが、無表情でマグマに沈んでいく。


 痛みや苦しみを通り越し、徐々に体を溶かされていく感覚は、なんとも奇妙なものだ。

 マグマと一体化した体は生命維持機能を失い、俺の意識は遠ざかる。

 完全に意識が飛ぶ前に、俺は右腕を上げ、親指を立てておくのだった。


 再び意識を取り戻したとき、俺の体は元通り。

 さすがはフユメの蘇生魔法である。


「ソラトさん、マグマ遊泳は楽しかったですか?」


「楽しくはなかったな。だって俺、泳げないし」


 フッと笑うフユメ。

 俺は上体を起こし、メイティを探した。

 フユメに蘇生されたメイティは、不思議そうに遠くを眺めている。


「どうだ、はじめて死んだ気分は」


「……いつも通り……」


「そうか、もっと困惑してるもんかと思ったけど」


 死というものを恐れていなかったのだろうか。

 遠くを眺めたままのメイティは、本当にいつも通りの様子だ。


 ただ、彼女にも思うところはあったらしい。

 少し間を置いて、メイティは静かに口を開く。


「……わたし、死んだのに……世界は、変わってない……」


「そりゃそうだ。誰かが死ぬたびに世界が変わってたら、キリがないからな」


「……そうなの……?」


「そんなもんだ」


 おそらくだが、メイティは自分が死んだことよりも、蘇ったことに困惑している。

 蘇った世界に何らの変化もないことが、メイティにとっては不思議だったのだろう。

 誰かを殺すぐらいなら自分が死ぬ、と口にしたメイティだ。俺は口には出さないが、それはグロックやシェノの言う通り、死の世界に逃げ込むのと同義である。


 ところがメイティは、自分が死んだ後の世界に蘇った。逃げ出したはずの世界に帰ってきてしまった。

 メイティは今、はじめて『自分が死んだ後の世界』というものを考えたのだ。


「メイティちゃん、魔法を使ってみましょう」


 今は難しいことを考えるときではない。

 今は魔法修行の時間だ。

 フユメ先生の授業は続く。


「マグマに沈んでいく時の感覚を思い出してください」


「…………」


「思い出したら、その感覚を元に、マグマが流れる様子を想像してください。腕を突き出せば、意識と魔力が集中し、現象の具現化がしやすくなりますよ」


「…………」


 言われた通り、両腕を突き出し目を瞑るメイティ。

 ところが、何も起きない。


「魔力の動きが感じられませんね。ソラトさん、お手本をお願いします」


「はいはい」


 俺は両腕を突き出し、目を瞑り、マグマの感覚を思い出す。

 マグマに沈んでいく間、あまりの灼熱地獄に感覚は吹き飛んでしまっていたが、それでも俺の五感には、煮えたぎるマグマの感覚が刻み込まれているはず。

 とにもかくにも五感をフル稼働、同時に想像力を働かせ、火口から勢い良く吹き出すマグマを頭に浮かべる。


 すると、俺の両の手の平からマグマが吹き出し、岩場をオレンジ色に染め上げた。


「よし、マグマ魔法修得だ」


 また一歩、俺は魔王討伐に近づいた。

 順調にチート救世主の道を進む俺。


 それとは正反対に、メイティはチート勇者どころか、魔術師の道すら進めないでいる。

 フユメは顎に手を当てた。


「う~ん、同じ条件でソラトさんがマグマ魔法を覚えられたということは、メイティちゃんに問題があるということですね」


 これはフユメの言う通りだろう。

 では、メイティの何が問題なのか。先ほどのフユメの説明を思い出せば、何か分かるかもしれない。


 魔法に必要なのは、五感による経験と、現象を具現化するための想像力だ。

 俺は小さな氷柱つららを作り出し、それをメイティのほっぺたに当ててみる。


「……冷たい……」


 時間差で飛び出した、メイティの棒読みの驚き。

 もっと飛び跳ねるように驚いてくれると面白かったのだが、それは意地悪というものだ。

 少なくともメイティは、冷たさを感じている。


「感覚が麻痺してる、って感じじゃなさそうだな。メイティの五感は正常だろう」


「ですね。となると――」


「メイティが魔法を使えない主な要因は、想像力の欠如ってところか」


「だとすると、ちょっと困ったことになりましたね」


「ああ、想像力を豊かにさせる教育なんて、大抵失敗するからな」


 よりによって、またも面倒なことになった。

 想像力が豊かになるかどうかは、生まれ育った環境や本人の資質が大きい。他人がいくら想像力を育てようとしたところで、簡単に育つようなものではない。


 むしろ、『想像力の教育』という型にはめてしまうことで、逆に想像力を後退させる可能性だってあるのだ、というのは俺の母親の言葉。


 つまり、俺とフユメはメイティの教育方針について、さっそく壁にぶち当たってしまったのである。


「メイティの魔法修行、これからどうするんだ?」


「一応、メイティちゃんは勇者としてマスターに認められていますから、魔法を使う資質はあるはずです。何か突破口さえあれば……」


「ラグルエルにメイティの魔法修行をさせる、ってのはダメなのか?」


「ダメじゃないですけど、たぶん私たちがやった方が、メイティちゃんはきちんとした勇者になれると思います」


「おいおい、どんだけラグルエルを信用してないんだよ。フユメが治癒・蘇生魔法を覚えたのは、ラグルエルのおかげだろ」


「それはそうなんですが……私の努力の比重が大きかったというか……なんというか……」


「そうか、お前も苦労したんだな」


 乾いた笑みを浮かべ、瞳から光を失わせるフユメの肩を、俺はそっと叩いた。

 苦労と諦めに澱んだフユメの言葉は、地面から吹き出すマグマに溶かされていく。


「ま、急いで想像力を蓄えたってロクなことにはならない。とりあえず、普通に魔法修行を続けよう」


 それが、今の俺が導き出したひとつの答え。

 もしかすれば、魔法修行の経験がメイティの想像力を育てるかもしれないのだ。

 面倒だったので問題の解決を先送りした、と言われればそれまでなのだが。


 けれども、それ以外に思いつくことは何もないのである。

 フユメも良い案が思いつかなかったか、俺の答えに賛同してくれた。


「ソラトさんの言う通りかもしれませんね。メイティちゃんはどう思いますか? もう少し、魔法修行を続けてみたいですか?」


「……うん……」


「よおし! じゃあ、魔法修行を続けましょうか!」


 尻尾を揺らし、ぺこりとうなずくメイティを見て、フユメは快活にそう言った。

 火山にも負けぬ熱い心に突き動かされるフユメに対し、俺はつい頬を緩める。


「やる気満々だな。で、次の修行は何だ? 俺たちはどこで死ねば良い?」


「あの火山に行きましょう。頻繁に噴火するあの火山なら、噴火魔法を覚えられますからね」


「そうか。なあメイティ、次は火山に飛び込めってさ。準備はできてるか?」


「……熱そうだけど、大丈夫……」


「お前はクールだな」


 少しずつではあるが、メイティも俺たちに慣れてきたようだ。

 この調子なら、きっと魔法修行はうまくいく。

 根拠は不明だが、なぜか俺はそう確信していたのである。

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