第2章7話 お主なら必ず強き魔術師になれるはずじゃ

 虚無の海に浮かんだメイティの答えに、グロックはため息をついた。


「いいか、忘れるな。君が帝國を生かすために死を選べば、帝國によって大勢が殺される。その責任は誰にある? 君だ。君が戦わず、死を選べば、何億何兆という命が失われる。誰も殺したくないだと? 君のその選択が、何億何兆もの命を奪うのだぞ」


 そこまで言って、グロックの瞳が冷酷な霧に包まれる。

 彼はメイティを見下ろし、淡々とした口調のまま、言い放つのだった。


「いや、君の考えは良い考えかもしれんな。死ねば全て解決する。世界を救う責務からも、誰かが死ぬ責任からも、何者かを殺めた十字架を背負うことからも、逃れることができる。何億何兆という命を奪おうと、君はその責任から逃れられる」


 次々と放たれるグロックの厳しい言葉に、メイティは何も言い返さなかった。

 耐えきれなかったのはフユメの方である。


「グロック大将、いくらなんでも――」


「正論だな。間違いなく正論だ。フユメ、お前も大将の意見に賛同するだろう?」


 俺はフユメの反論を遮った。

 グロックは決して間違ったことを言っているわけではないのだ。

 フユメも、グロックの言葉の意味を分かっているはずなのだ。


「……否定はできません」


 うつむくフユメ。

 再び大きなため息をついたグロックは、もう一度メイティに手を差し出した。


「我々に協力してくれ。君の力ならば――」


「ちょっと待て、俺の話は終わってない」


 俺はグロックの言葉を遮った。

 この際、言いたいことは全て言わせてもらう。


「大将の言葉は正論だ。だけど、正論で相手を殴ればオッケー、って話でもないだろ。いいか、メイティが特別な力を持ってるのは確かだが、まだ子供だ。俺だって法的には子供なんだぞ。そんな俺以上にメイティは子供だ」


 グロックは黙り、フユメとエルデリアは冷や汗を垂らしている。

 知ったことか。


「子供に対して人殺しを命令するんだから、大将にもそれなりの覚悟はあるはず。それにしては、やり方が雑すぎないか? メイティを兵器扱いして、正論で殴って、嫌味を言う。俺はそんなヤツに、小さな女の子を預ける気にはならねえよ」


 日頃の不満とストレスを発散させた俺。

 会議室は沈黙し、お偉いさんたちの視線が俺に集まっている。


――少し感情的になりすぎたか?


 沈黙に冷静さを取り戻すと、俺の背中は凍りついた。

 俺の前にいるのは、各惑星の代表や高官、そして軍人のお偉いたちである。

 とてもじゃないが俺が偉そうにして良い相手じゃない。


――逃げようかな? うん、逃げよう。


 本能に突き動かされ、俺は会議室の出入り口に向かって一歩を踏み出す。

 だが、グロックの言葉が俺を逃してはくれなかった。


「君は確か、クラサカ=ソラトだな」


 なぜグロックが俺の名前を知っているのか、などというのは愚問だ。エルデリアが俺のことを伝えたのだろう。


「帝國によるドゥーリオ襲撃の際、君はどこからともなく氷や水を生み出し、いくらライフルで撃たれようと死ななかった、と報告を受けている。まさしく『魔術師』だな」


「ひ、人違いじゃ――」


「人違いじゃないッスよ。あのときのソラトについては、ボクが証人ッス」


「エルデリア……お前……!」


 まずいことになった。俺が魔法を使えることは、どうやら銀河連合・同盟軍に知られているらしい。

 となると、俺はメイティと同じ兵器・・ということだ。


「魔術師ソラト君、頼みたいことがある」


 それ以上は何も聞きたくない。

 これ以上の面倒事は御免だ。


「魔術師メイティは我々に協力する気がないらしい。しかし、君はメイティ君とは違うようだな。メイティ君以上の力を持ち、帝國と戦った経験もある」


 嫌な予感しかしない。


「そこで私は、メイティ君の訓練をソラト君に任せたいと思っている。どうかな? 引き受けてくれるかな?」


 俺が予想した頼み事と、グロックが口にした頼み事は違った。

 てっきり、俺が帝國を倒す兵器にされるのかと思ったが、そうではないようである。

 とは言っても、面倒事を頼まれたことに違いはない。


「俺みたいな半分ニートが、同盟軍のホープの訓練を任せられるなんて、さすがに――」


「メイティちゃんは私たちにお任せください! ね、ソラトさん?」


「え? いや、ちょっと待てフユメ、俺は――」


「良かったねメイティちゃん、ソラトさんがメイティちゃんを守ってくれるって」


「おーい! 俺の声が聞こえないのか!?」


「グロック大将、メイティちゃんは私たちが育てます。その代わり、私たちの教育方針に干渉しないことを、約束してください」


「うむ、約束しよう」


 頭の中から俺の存在を抹消したかのようなフユメを、俺は止められなかった。

 メイティを強く抱きしめるフユメの母性(?)の暴走を、俺は止められなかったのだ。

 それを良いことに、グロックも俺との会話を打ち切り、フユメの言葉だけで物事を決定、会議室を去ってしまう。


 またしても俺は、メイティとのお別れの機会を失ってしまったのである。

 勢いだけで決定してしまったメイティの訓練。次々と俺を襲う面倒事に、俺は深いため息をつくことしかできなかった。


「はぁ……フユメ、どうしてお前は面倒事を呼び寄せるんだ?」


「ソラトさん、そろそろ私も怒りますよ。困ってるメイティちゃんを助けることが面倒事だなんて、自分で言っていてひどいとは思わないんですか」


「思わないね。むしろ、面倒事に巻き込まれてる自分が可哀想だ」


「はぁ……」


 今度はフユメが大きなため息をついた。

 そのため息に、俺への激烈な非難が込められているのは明白だが、知らん。

 あれだけ強引に物事を決められて、仕方ないかと引き下がれる俺ではないのだ。


 フユメもそれは理解しているらしい。


「メイティちゃんの訓練を勝手に決められて怒っているのは分かりますが、これはソラトさんのためでもあるですよ」


「え? 俺のため?」


「はい。ソラトさんは救世主として、メイティちゃんよりもたくさんの魔法を使えます。つまりソラトさんは、メイティちゃんの先輩です」


「ああ、そうだな」 


「もしソラトさんがメイティちゃんの魔法修行を手伝った場合、ソラトさんとメイティちゃんの関係は、まるで師匠と弟子のようなものになります。すると、メイティちゃんが勇者として『ステラー』を救った場合、ソラトさんの立場はどうなりますか?」


「…………」


「伝説のマスター、と呼ばれるのも夢じゃありませんよ」


 耳元で囁くフユメ。

 俺の答えは決まりきっている。


「メイティよ、わしがお主に魔法の使い方を教えよう。辛く厳しい修行となるかもしれんが、お主なら必ず強き魔術師になれるはずじゃ」


 勇者には師匠が必要だ。メイティの師匠になれる人間は、俺しかいなだろう。

 将来的に伝説のマスターと呼ばれるためにも、俺は喜んでメイティの師匠となろう。


 そう、俺は将来の伝説のマスター。シェノの「ちょろすぎ」という言葉などは聞こえない、伝説のマスターとなるのだ。

 肝心のメイティは、相も変わらずフユメの背中に隠れているのだが。


 さて、メイティの話が一段落ついたところで、アース代表のシグが俺たちの前にやってきた。

 彼女は俺たちの前にやってくるなり、頭を下げる。


「グロック大将に代わり、謝罪いたします。グロック大将の言葉、少し厳しすぎました」


 一惑星の代表に頭を下げられ、俺たちは大慌てだ。

 慌てた結果、俺の口から単純な質問が飛び出してしまった。


「いえいえ、そんな、大将の言葉は間違ってないですし……それよりも、なんで俺たちなんかにメイティの訓練を頼むんですか? 俺たち、ならず者ですよ?」


「ならず者だから、です。ならず者に銀河の行く末を託すとなれば、同盟軍に反発する者が出てくるでしょう。一方で、同盟軍はメイティさんの訓練で成果を出せていません。唯一の成果は、ロングボーという先代の訓練担当者に、メイティさんが少しだけ心を開いたことぐらい」


 シグの放ったロングボーという単語に、メイティが小さく反応した。

 彼女は悲しげにうつむき、フユメの手をさらに強く握る。


「ロングボーは現役の軍人ではありませんでした。そんな彼が成果を出したとなると、軍ではメイティさんの訓練を成し遂げられないのかもしれません。そこで私たちは、部外者であり魔術師である可能性が高いソラトさんに、メイティさんの訓練を任せようと決めたのです」


「よく連合の話がまとまりましたね。帝國と戦うかどうかですら、あの有様なのに」


「耳が痛いです。ただ、ソラトさんに関しましては、ある有力者の力を借り、少々、強引な手を使いましたので」


「なるほど」


 政治の世界における強引な手がどんなものかなど、聞かない方が身のためだ。

 詳しいことは分からないが、俺たちは銀河連合に選ばれ、メイティを訓練することになってしまったのである。


「では、銀河の未来と自由のために、メイティさんの訓練、お願い致します」


「お任せを」


 心のどこかに申し訳なさをのぞかせながら、シグは俺たちの前から去っていった。

 残された俺たちは、エルデリアに連れられ会議室を後にする。


 会議室の中で浮いた存在であり続けるのも、いい加減に疲れていたところだ。会議室から出た俺たちは、牢獄から解放されたような気分である。


「メイティちゃん、これからは私たちがメイティちゃんの味方だからね。よろしく」


「……よろしく……」


 小さな声でつぶやくメイティ。そんな彼女の頭を優しく撫でるフユメ。

 今のフユメは、まるで母親だ。

 対してシェノは、腕を組みながらメイティを見下ろすだけであった。

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