第2章6話 メイティ=ミードニアの救出、感謝する

 グラットンを降りると、俺たちは白いローブに身を包んだコヴたちに囲まれる。

 コヴたちが連れた警備ドロイドは、俺たちから武器を回収した後、銀河連合本部を案内してくれた。


 案内と言っても、今日は観光で銀河連合本部に来たわけではない。

 俺たちが案内された先は、銀河連合本部の会議室である。


 間接照明の仄かな明かりに浮かぶ、銀河連合の旗が垂れ下がった会議室。

 そこでは惑星ごとの代表たちが、一般家庭のリビングよりも大きな円卓を囲み、話し合いをしていた。


「――からの報告によると、ゾザークは完全に壊滅したとのこと。しかし、銀河連合に宣戦布告したエクストリバー帝國に動きはないとか」


「彼らの狙いはゾザークの壊滅。ならば、目的はすでに達した。兵力に劣る帝國が連合に攻撃を仕掛けることは、しばらくないと見て間違いない」


「では、なぜ宣戦布告を? 帝國の敵対行動など、今にはじまったことではないというに」


「宣戦布告は国内向けであろう」


「アース代表のシグ、あなたは同じ人間として、帝國の宣戦布告をどう見る?」


 場違いな俺たちなど眼中になく、話し合いを進める各惑星の代表たち。

 彼らが注目したのは、スーツに身を包んだ人間の女性――アース代表のシグ=サデアだ。

 シグは一拍置いてから口を開く。


「帝國の狙いは、銀河の支配権を、銀河連合から奪い取ることです。ゾザークの破壊と今回の宣戦布告は、その狼煙に過ぎないのではないかと、私は考えております」


 会議室にどよめきが起こった。

 各惑星の代表たちは、シグの考えが理解できないらしい。


「あり得ん。いくら惑星を破壊できる力を得ようと、絶対的な戦力差は覆せん。圧倒的に不利な状況にある帝國が、銀河連合に攻撃を仕掛けるなどあり得ない」


「合理的に考えて、アース代表のお考えは否定されるべきものであろう。もし帝國が連合に戦争を仕掛けるのであれば、それは帝國にとって自殺行為。彼らも命あるものだ。帝國が自殺行為を自ら望むとは、考えられない」


 次々と反対意見を述べる各惑星代表たち。

 それでもシグは、堂々と反論するのであった。


「私たち人間は、ときに『劣等種』と呼ばれるように、合理性よりも感情を優先する生き物です。そんな人間だけで構成された帝國が、合理から外れた行動をしたとしても、不思議ではありません」


「……つまり、同盟軍を出動させ、エクストリバー帝國と戦えと?」


「はい。総力戦が望ましいかと」


「帝國を過大評価していないか? 我が惑星にも問題は山積みだ。総力戦など御免被る」


「戦争をしている暇はない。いずれ帝國は自滅する。それまで放っておいても問題はなかろう」


「非合理的な意見には従えん。我々には我々の惑星があるのだ」


「まさか皆様は、兵をお出しにならないのですか? 戦争はすでにはじまっています。そしてこの戦争は、銀河の自由を守るための戦争です。私たちが立ち上がらなければ、誰が自由を守るというのですか?」


 力強く訴えるシグであったが、やはり各惑星代表たちの反応は著しくない。

 きっとここにいる者たちの多くが、エクストリバー帝國の実態を知らないのだろう。


 帝國の虐殺を目にした俺は、シグの意見に大賛成だ。手遅れになる前に帝國を潰さなければ、この先に待つのは悲劇しかない。


 とはいえ、各惑星代表たちの会議に俺が口を挟む権限はないのだ。

 同盟軍の出動に後ろ向きな者たちを前に、俺はやきもきすることしかできないのである。

 そうしているうちに、


「休憩時間だ。次の会議は16時に開始する」


 各惑星代表たちは席を離れ、会議室を後にしてしまった。

 会議室に残ったのは、コヴたち、ヘッカケッサたち、シグをはじめとする人間たち、軍服を着た者たちだけ。


 軍服を着た者たちの中で、深いシワを刻み込んだ人間の男が、メイティの前までやってくる。


「メイティ=ミードニア、無事で良かった」


「グロック大将、彼らがメイティを救い出した3人ッス」


「話はエルデリア少尉から聞いている。私は同盟軍アース軍団の司令官、グロック=スペンサーだ。メイティ=ミードニアの救出、感謝する」


「い、いえいえ」


 とてつもないお偉いに感謝され、俺はどんな反応をすれば良いのか分からない。

 分からなかったので、丁寧にお辞儀をするフユメに倣い、俺もお辞儀をしておいた。


 対してシェノは、何か言いたげな表情。

 ひとつの軍団を率いるだけの能力を持ち合わせたグロックは、表情を見ただけで、シェノの言いたいことを理解したようだ。


「褒賞については安心してくれ。君たちの船まで運ばせている最中だ」


「どうも」


 朝日が昇ったかのように満面の笑みを浮かべたシェノは、今すぐにでも帰ろうと踵を返す。

 しかし、俺とフユメは会議室を離れられなかった。

 メイティがフユメの手を離さなかったのだ。


「メイティちゃん、どうしましたか?」


「…………」


 何も答えようとしないメイティ。

 ただ、フユメの手を握る彼女の手に力が入ったのは、確かであった。


 困った俺たちは、メイティが落ち着くまで会議室に残る。

 会議室では、軍人や銀河連合の高官たちが、率直な意見交換を行っていた。


「確実な情報ではないが、帝國の艦隊がロデン宙域に集結していると聞く」


「まずいですね。このままでは帝國の侵略を許してしまう」


「我々コヴとしては、アース代表の意見に賛同、同盟軍を出動させたいと思っている。同盟軍の出動に消極的な者たちを説得してみよう」


「ありがたい。なんとしてでも、エクストリバー帝國の野望を打ち砕かなければ」


 銀河連合も一枚岩ではないらしい。

 シグの意見に賛同し、帝國の撃退を望む者たちは少なくないようだ。

 一方で、少し気になる会話も俺の耳に届いた。


「魔術師が帰ってきたか。帝國の宣戦布告と同時とは、良いタイミングだ」


「待て。魔術師の訓練は進んでいないと聞く。今回の戦争で、彼女は役に立つのか?」


「訓練が進んでいようがいまいが、最強の兵士として役に立ってもらわねば困る」


「使えぬ兵器を戦場に持ち込むのは、私としては反対だがな」


 軍人たちはメイティの話をしているのだろうか?

 いや、彼らはメイティの話などしていない。

 彼らは、『魔術師』という兵器の話をしているのだ。猫耳を丸め、尻尾を垂らし、モフモフの頭をフユメに埋める、小さな女の子の話など、軍人たちはしていないのだ。


 なんとなくだが、メイティがフユメの手を離さない理由が分かった気がする。


「メイティ君、どうした?」


 フユメの手を離そうとしないメイティを見て、グロックがそう言った。

 メイティはグロックと目を合わせず、フユメの背中に隠れてしまう。

 それでもグロックは、軍人としてメイティに言うのであった。


「聞いてくれ。エクストリバー帝國は、人類支配論を掲げて銀河を支配するつもりだ。彼らが支配する銀河に、人間以外の自由は存在しない。多くの種族は家畜として扱われ、あるいは植物として扱われ、権利や尊厳は完全に奪われるだろう。ニャアヤである君も例外ではない」


 一切の感情を言葉に含ませないグロック。

 まるで人間の心を持たぬかのような彼は、説明を続ける。


「帝國を止める方法はひとつ。今のうちに徹底的に叩き潰すことだ。そのためには、メイティ君の力が必要不可欠だ。それは君も分かっているはず。メイティ君、是非とも、この銀河の自由のため、帝國と戦ってほしい」


 グロックは手を差し出し、メイティに協力を願う。

 これにメイティはどう答えるのか。


 意外にも、メイティがその答えを口にするまで、あまり時間はかからなかった。


「……戦いたくない……」


「なに? 今、戦いたくないと言ったか?」


 にわかには信じられぬという顔をして、グロックはメイティを見つめた。

 対してメイティは、フユメの手を強く握りながら、つぶやくように言う。


「……戦えば、誰かが死ぬ……わたしは、誰も、殺したくない……」


「戦わねば、君も死ぬのだぞ?」


「……殺すぐらいなら……わたしは、死を選ぶ……」


 そのメイティの言葉は、本心から出たものではないように感じられた。

 同時に、偽りの言葉でもないように感じられた。

 彼女の言葉から感じたのは、絶望の果てにたどり着いた諦めの気持ちである。


 一体何が、この小さな女の子にそんな返答をさせたのだろう。

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