第2章5話 こんなにかわいい子、放っておけませんよ!

 今日は忙しい日だ。

 燃料補給を終えたばかりのグラットンは、俺とフユメ、シェノとニミー、エルデリアとHB274、そしてメイティを乗せ、惑星『ボルトア』へと向かう。


 ボルトアはコヴと呼ばれる種族が住む惑星であり、『ステラー』の銀河で最も文明レベルが高い惑星。

 あらゆる技術がボルトアのコヴたちによって発明され、または発見され、銀河の文明は飛躍的に発展したという。

 新エネルギーの開発、重力の謎の解明、宇宙航行技術の開発、ワームホール生成技術とハイパーウェイの発見など、その全てがコヴたちによって作り出されたものである。


 政治や社会の面からも、ボルトアの功績は大きい。コヴたちは銀河に住まう他種族を統合し、巨大な連合体を作ることを目指していた。彼らは圧倒的な文明力を背景に、あるときは平和的に、あるときは武力も辞さず、わずか100年足らずで銀河連合を作り上げてしまう。

 ゆえに銀河連合の本部も、同盟軍の本部も、ボルトアに居を構えているのだ。


 銀河の歴史はボルトアなくして語れぬ、と言われるほど、ボルトアとそこに住むコヴたちは特別な存在らしい。


 なお、ヒュージーンもコヴの1人なのだとか。


 コターツの中でそんな話をエルデリアから聞いた俺は、原始人のような反応しか示せなかった。

 実際、俺が住んでいた地球の文明など、コヴから見れば原始人レベルなのだろう。


 原始人として、ボルトアの文明を目にするのは楽しみだ。

 俺の知らない世界が、ボルトアには広がっているのだろう。そう思うと、俺の胸は高鳴るばかりである。


 超文明ボルトアの街を妄想しニヤニヤとする俺。フユメはそんな俺を横目に、エルデリアに質問した。


「ところでエルデリアさん、メイティちゃんはどうして、銀河連合に保護されていたのでしょうか?」


「ああ、まだ話してなかったッスね」


 相も変わらず一言も喋らぬメイティは、コターツで体を丸めるだけ。

 少しでもメイティのことを知るためには、エルデリアに質問するしかなかったのだ。

 メイティについては、俺も気になることがいくつかある。


 エルデリアはメイティを眺めながら、滔々と説明をはじめるのであった。


「銀河連合・同盟軍がメイティさんを発見したのは、今からだいたい3年前ッスね。希少種のニャアヤは、その見た目から奴隷市場で高く売られていることがままあるんスけど、メイティさんもその1人だったッス」


 初っ端から重い過去が飛び出してきた。

 奴隷市場、という単語には、ニミーとお人形HB274遊びをするシェノもわずかに反応する。


「奴隷市場から救出されたメイティさんは、衰弱が激しくて病院に送られたッス。そこで検査してみるとビックリ、メイティさんは指先から小さな炎を作り出したんッスよ。あのコヴですら、これは魔法かと驚いてたッスね」


 指先から小さな炎を作り出す。どこかで聞いたことのある話だ。

 メイティは魔法を使える。これはもはや疑いようのないことだろう。

 俺とフユメが顔を合わせる中、エルデリアは話を続けた。


「メイティさんの噂は、魔術師として銀河連合のお偉いさんにも届いたッス。すると、高次元空間を研究してるなんとか研究所とかって場所が、メイティさんに興味を示したッス。もしかしたらメイティさんは、無から何かを生み出す力を持っているかもしれない、ってね」


 ますますフユメの指摘が現実味を帯びてくる。

 同時に、『ステラー』の文明が魔力の解明に近づいていることに、俺たちは驚いた。

 この『ステラー』という世界、まだ俺たちの知らないことが多くありそうである。


 ところで、その特別な魔術師がメイティ以外にもここに2人いるのだが、これはまだ黙っておこう。


「一方で同盟軍は、メイティさんが最強の兵士になることを望んだッス。そこで、銀河連合はメイティさんを保護、とある退役軍人にメイティさんの訓練を任せたんッス。訓練はうまくいかなかったみたいッスけど」


 冷酷な話ではあるが、世界が冷酷なのは世の常だ。

 これに関して、特にメイティが気にしている様子もない。

 ただ、エルデリアが『退役軍人』と口にしたとき、メイティのまつ毛がわずかに震えたような気がした。


「そして数ヶ月前、どこから情報が漏れたのか、メイティさんが帝國に拉致されたッス。救助隊も出したんッスけどね、なかなか見つからなくて、今日まで成果なし。それをソラトたちが見つけたんッスから、同盟軍のエージェントとしては、感謝感激ッスよ」


 満面の笑みを浮かべて俺の肩を叩いたエルデリア。

 ようやくメイティの立場を知ったフユメは、メイティの頭を優しく撫でる。


 メイティは黙ったままだ。

 特別な力を持ち、奴隷市場で売られ、同盟軍に兵士としての訓練を施され、帝國に拉致された人物。

 それが、尻尾を丸め、体を丸め、コターツで温まる猫のようなメイティの話であるとは、とても信じられない。


 しかし一方で、メイティが一言も言葉を口にしない理由も、分かったような気がした。


「よしよし、メイティちゃんはかわいいなぁ」


「フユメ、もしメイティがお前の言う通りの子だったら、どうする気だ?」


「……私はマスターの指示を待つだけです」


「本音は?」


「……私がメイティちゃんを育てたいです! こんな……こんな……こんなにかわいい子、放っておけませんよ!」


 母性を爆発させたフユメ。

 その気迫に圧倒された俺は、つい口を滑らせてしまった。


「じゃあ、俺と一緒に魔法修行でもさせるか」


「良いですね、それ! ただし、危険な修行はダメですよ」


「おい、俺に死ぬような修行をさせるのは良いのかよ」


 半ば冗談のつもりだったのだが、フユメは本気のようで、目をキラキラと輝かせている。

 きっとフユメの中の妄想が広がっているのだろう。彼女はメイティを抱きしめ、ニタニタとしはじめていた。

 心なしかメイティが少し怯えているような気がする。


「ソラト、何の話してるんスか? 魔法修行ってなんスか?」


「気にするな。俺とフユメの話だ」


「……ああ、そういうことッスね。分かったッス、お邪魔はしないッスよ」


「お前、なんでちょっとニヤニヤしてるんだ? 変な勘違いしてないか? 別に、そういうことじゃないからな!」


「でもソラト、フユメさんとずっと一緒じゃないッスか。そういうことじゃなけりゃ、どういうことなんッスか?」


「だから、気にするなって言ってんだろ! それとシェノ、なんで俺に銃を向けてる!?」


「あれ、ホントだ。なんでだろう……」


「どいつもこいつも……!」


「おいしゃさんごっこする~!」


《待ちやがれい! おいらはヤブ医者の世話になんざ――あああ!!》


 グラットン船内は随分と賑やかだ。

 それでもメイティは、沈黙したままであったのだが。


    *


 エルイークから約3万光年離れた、惑星ボルトア。

 そこは、ゴミのような街や荒れ地ばかりを見てきた俺にとって、はじめての『大都市』であった。


 大気圏を突破し空を飛ぶグラットンから見下ろしたボルトアの街は、まるで針山のよう。

 天を突き刺す無数の細い針。その全てが、雲にも届く高さを誇った超高層ビルだ。


 この惑星にはどれだけの数の人々が住んでいるのだろう。超高層ビル群を中心に広がる数多の建造物は、地上を完全に覆い尽くし、街は地平線の向こう側にまで続いている。


 建造物の群れの中には、これまた数えきれぬ数の乗り物が地上を行き交い、空を飛び回り、宇宙へと上っていった。

 銀河の中心地と呼ばれるに相応しい、大都市の光景である。

 ボルトアの街を眺めていると、東京やニューヨークが田舎に、メイスレーンなどは掘っ建て小屋にしか思えない。


《こちら銀河連合・同盟軍。銀河連合本部までは我々がエスコートする。自動操縦に切り替えよ》


 グラットンの操縦室に響いた男の声。

 しかし、男の声と同時にこちらに近づいてきたのは、コックピットを持たぬ2機の小さな無人戦闘機である。

 シェノは男の言う通りモニターを操作し、グラットンを自動操縦に切り替えた。


 無人戦闘機に囲まれ飛行する自動操縦のグラットン。

 俺たちは人の力を使うことなく、ゆったりと目的地に向かう。


 超高層ビル群から少し離れた位置、建造物に覆われた地上では珍しい、川沿いの広大な芝生地帯に、目的地の『銀河連合本部』はあった。

 銀河連合本部の建物は、白壁にガラス張りの巨大な四角い箱、といったところ。その箱が芝生地帯にポツリと置かれた光景は、派手さなど微塵も感じさせない。


《第3パッドに着陸せよ》


 またも男の声が操縦室に響くが、シェノは何もしない。

 何もしなくたって、グラットンは男の言う通り、第3パッドに着陸するのだ。


 芝生に開かれた大きなハッチから地下に入り、第3パッドに降り立ったグラットン。

 エンジンは切られ、俺たちはようやくボルトアの地に足をつけた。


「ここが銀河連合の本部か。チンピラもいないし差別主義者もいないし、落ち着けそうだ」


「そうですね。危険がない場所に来るのは、久々な気がします。メイティちゃん、行きましょうか」


 手を差し伸べたフユメの言葉に、メイティはぺこりと頷いた。

 一方でシェノは、ニミーとHB274に言いつける。


「ニミーはここでお留守番しててね。子守はHBに任せたから」


《ああ? ちょっと待ちやがれ! おいらは――》


「任せたから」


《おいエルデリア、なんとか言ってくれねえか?》


「ボクからも、ニミーちゃんのお世話を頼むッスよ。他に頼れるドロイドもいないッスからね」


《ふざけんじゃねえぞ、すっとこどっこい!》


「えいちびー! おにんぎょうあそびのつづき、やろうよ~!」


《はぁ……》


 ドロイドらしからぬ大きなため息をついたHB274。これでニミーの心配は無くなった。

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