第2章4話 銀河連合が保護していた魔術師ッスよ
ハイパーウェイ内での3時間の旅。
その最中、コターツで突っ伏す俺の耳元を、フユメの小声がくすぐった。
「あの、お話があります」
「な、なんだいきなり……」
「ちょっと、こっちへ」
俺の腕を引っ張り、操縦室から客室へと移動するフユメ。
彼女の真剣な表情を見ていると、俺も彼女についていくほかない。
俺とフユメは梯子を下り、客室へ足を踏み入れ、辺りを見渡し、扉を閉める。
2人だけの密閉空間ができあがると、フユメはようやく口を開いた。
「さっき、メイティちゃんを抱きしめたときに気づいたんです。メイティちゃん、ソラトさんのように魔力を使えるかもしれません」
「なんでメイティを抱きしめたかは聞かないが、どうしてそう言えるんだ?」
「魔力感知能力が強い人は、三次元を超えた高次元――魔力と常に無意識的な接触を行っています。つまり、私たち魔力感知者は、魔力の動きを見ることで、魔力感知能力の高い人を見つけることができるんです」
「へえ~。で、メイティの魔力は魔力感知者のそれだったと」
「はい。しかも、ソラトさんに迫るほどの強い魔力の動きを感じました」
「俺に迫る? 一応は救世主の俺に?」
「間違いありません。どこの世界でも魔力感知者は珍しい存在です。そして、あれほどの強い魔力を持つとなると――」
しばし間を置き、唾を飲み込むと、フユメは言った。
「メイティちゃんは勇者かもしれません」
フユメの言葉が俺のぼうっとした心を叩きつける。
それは俺にとってあまりにも、想定の範囲を飛び越えた言葉であったのだ。
「勇者って……俺と同じ存在ってことか?」
「いえ、勇者と救世主は厳密には違う存在です。救世主は世界を危機から救うため、救世主派遣法に則り管理人が別の世界から連れてきた人物を指します。一方で勇者は、その世界で自然に生まれ、自分が生まれたその世界を危機から救う人物を指します」
「その話を聞いてると、仮にメイティが勇者だとして、『ステラー』に魔王級の危機が迫ってることになる気がするが」
「ですから、こうしてソラトさんにお伝えしているんです」
「なるほどな」
ラグルエルに与えられた俺の任務は、『ムーヴ』を魔王の魔の手から救うこと。そのための魔法修行をするために、俺はここ『ステラー』にいるのだ。
その『ステラー』にて、魔王級の危機を乗り越えるための勇者が出現した。しかも、俺たちの目の前に。
これは何かの予兆か、とフユメは考えたのだろう。
だが、俺が彼女に言えることはひとつだけだ。
「まだメイティが勇者かどうかは分からない。そうだろ?」
「はい、そうです」
「確認する方法はあるのか?」
「このことは、マスターにお伝えしました。あとは、マスターの回答を待つだけです」
「仕事が早いな。で? メイティが勇者だったとして、俺はどうすれば良い?」
「それは……マスターの回答次第かと」
「分かった。面倒なことにならないよう祈ってるよ」
正直なところ、メイティが勇者だっとして、俺はどうすることもできない。
俺は魔法修行を続け、『ムーヴ』を魔王から救うことしかできないのだ。
それだけでも、俺には手一杯なのだ。
おそらくフユメも俺の本音に気づき、話を終わらせる。
話を終えると、船内に細かい振動が走った。ちょうどグラットンがハイパーウェイを抜け出したらしい。
数分もすればグラットンはエルイークに到着、俺たちは船を降りる。
せめて同盟軍から金をむしり取ろうと息巻くシェノは、メイティを連れてエルデリアのもとに向かった。俺とフユメ、ニミーも彼女の後を追う。
俺たちが降り立ったのは、惑星エルイーク最大の商業都市『アンジェ』だ。
メイスレーンよりは比較的綺麗なこの街は、武器やヤク、違法に採掘された鉱石の密輸で発展した都市である。綺麗なのは見た目だけ、ゴミのような街であるのはメイスレーンと変わらない。
アンジェはベス・グループの本拠地。俺たちが向かうのは、そのベス・グループの総本山である『ベス商会』の本部だ。
街の中心に君臨する要塞のような建物――ベス商会本部にやってくると、俺たちは広大な廊下を進み、エルデリアの部屋を目指す。
窓口を持つエルデリアの部屋に到着すると、シェノはノックもなしに部屋へ入り込んだ。
「金になる新しい仕事、ある?」
「相変わらずシェノさんは気が早いッスね」
「まったく、噂に聞いていた通りだ」
部屋の中にいたのは、エルデリアだけではなかった。
エルデリアの隣にいる、フードで顔を隠した長身の男を見て、俺たちは身をすくめる。
彼はヒュージーン=ベス=ジャーリア、ベス・グループのボスだ。
ボッズ・グループが壊滅した今、エルイークを支配する最大のマフィアはベス・グループである。そのマフィアのボスが目の前にいるのだから、俺とフユメが体を緊張感に拘束されてしまうのも、無理はないだろう。
それでも堂々としていられるのが、シェノとニミーなのである。
「ヒュージーンおじさん! こんにちは!」
「こんにちは、ニミー=ハル」
「なんでこんな下っ端の部屋に、ボスが?」
「大した理由はないさ。銀河連合と帝國の戦争に関して、銀河連合・同盟軍のエージェントであるエルデリア君と、少し話をしたかっただけだ」
「あっそ」
地鳴りのような低い声に対し、ハル姉妹は普段通り。
可笑しそうに笑ったヒュージーンは、視線を俺たちに向けた。
フードの奥に隠されたヒュージーンの瞳を想像し、俺とフユメは冷や汗が止まらない。
何か言葉をかけるべきかと悩んでいると、メイティを見つけたエルデリアが叫んだ。
「あれ? まじッスか!? え!? どうしてッスか!?」
体を乗り出し、目を見開き、口をぽっかりと開けたエルデリア。
その大げさな反応に、メイティは無反応を貫き通しているが、俺とフユメは首をかしげる。
「おいエルデリア、なんだその反応」
「メイティちゃんが、どうかしたんですか?」
「今……メイティって言ったッスね!?」
「は、はい」
「メイティ=ミードニア!」
まだ伝えていないはずのメイティのフルネームを、エルデリアは大声で口にした。
エルデリアはメイティの顔を見ただけで、彼女の名前を言い当てたのだ。
「お前、メイティを知ってるのか?」
「もちろんッス! というか、なんでソラトがメイティさんと一緒に?」
「いや、ちょっとな、かくかくしかじかで拾ったんだ」
「え!? 女の子を拾ったんスか?」
「エルデリアさん、その言い方だと、ソラトさんが変質者みたいです」
フユメに同意である。誤解を招くような言い方をしないでほしいものだ。
しかしエルデリアは、興奮を隠すこともなく、満面の笑みを浮かべている。
彼は俺の両肩を掴むと、唾を飛ばしながら言うのであった。
「ソラト、さすがッス! 帝國に拉致されていた銀河連合の保護対象者を救出するなんて、勲章もんッスよ!」
全く話についていけない。
銀河連合の保護対象者だなんて、俺は初耳だ。
そもそも俺たちは、メイティの名前以外は何も知らないのだ。
「エルデリア君、まさかその話、特別な力を持ったニャアヤの少女に関してかね?」
「仰る通りッス! 自由自在に炎を生み出すメイティ、銀河連合が保護していた魔術師ッスよ。数ヶ月前に帝國に拉致されていたんスけど、いや~見つかって良かったッス!」
「ほお、これは興味深いではないか」
エルデリアの話を聞いて、ヒュージーンは悪巧みするかのような反応を示す。
帝國や銀河連合、挙げ句の果てにはマフィアのボスにまで目をつけられ、メイティも大変なはずだ。
にもかかわらず、メイティは無表情のまま。
そうやってメイティが黙っている間に、話は勝手に進んでいってしまう。
「これは銀河連合に恩を売る良い機会だろう。エルデリア君、シェノ=ハルたちとともにメイティ=ミードニアを惑星ボルトアの銀河連合本部に運びたまえ」
「りょ、了解ッス。連合への連絡は、ボクから入れとくッスか?」
「必要ない。連合には古い友人がいるのでな」
眼前で進むヒュージーンとエルデリアの会話は、俺たちへの命令と同義。
下っ端の下っ端に過ぎない俺たちにとって、ヒュージーンへの拒否権など無きに等しい。
それでもヒュージーンに迫れる勇気と馬鹿さ加減を持ち合わせているのは、口を尖らせたシェノだ。
「待って。どうせメイティを引き渡した褒賞、たっぷり貰うつもりでしょ」
「目ざといな、シェノ=ハル」
「メイティを見つけたのはあたしたち。褒賞の6割はくれても良いんじゃない?」
「3割だ」
「5割」
「……4割でどうだ?」
「少な。あんたたちの目的は、銀河連合に恩を売ることでしょ? どうせ銀河連合に恩売れば、褒賞以上の金が入ってくるんだから、あたしたちに褒賞の5割ぐらい寄こしても良いじゃん」
「これはこれは……ボッズも手を焼いただろうな」
事実上エルイークのトップであるヒュージーンに頭を抱えさせるシェノ。
本来なら命の危機を感じてもおかしくないような場面だが、なぜだかシェノは堂々としており、そんな彼女の真似をして、ニミーも腰に手をやり仁王立。
この状況に焦っているのは、むしろ俺とフユメの方であった。
あの勇気と馬鹿さ加減、羨ましいものである。
「クラサカ=ソラト、コイガクボ=フユメ、私はシェノ=ハルになんと答えれば良いかな?」
突如としてヒュージーンに話しかけられた俺は、背筋を凍らせた。
なんと答えれば良いのかと聞きたいのは、こっちの方である。
「4割で手を打つ代わりに、次の仕事は報酬の高いものを用意する、というのはどうでしょう」
焦りを彼方に追いやり淡々と答えたのは、俺ではなくフユメであった。
フユメのこの答えに、ヒュージーンは深くうなずく。
「ふむ、悪くない。シェノ=ハル、それで良いか?」
「乗った」
話はすんなりと終わり、シェノは早速、出発の準備を開始する。
俺はシェノの勢いに紛れ、エルデリアの部屋を後にしようと思ったのだが。
「君も大変だな。シェノ=ハルとの仕事は、苦労の連続だろう」
またもヒュージーンに話しかけられてしまった。
困った俺は、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「はい、本当に苦労の連続です。だから全ての仕事をシェノに押しつけてます」
「そうか、それは良い考えだ。面倒事は他人に押しつけるのが一番だからな」
おやおや、ヒュージーンは面倒くさがりの気持ちが分かるのか。
ヒュージーンの心に面倒くさがりの素質を見た俺は、安心感を胸にエルデリアの部屋を後にするのだった。
さて、俺たちはメイティを銀河連合に引き渡す役目を言い渡された。
当のメイティは沈黙したままだが、彼女は元々、銀河連合に保護されていた人物である。
元いた場所に返すだけ、と考えれば、きっとメイティも喜んでくれるはずだ。
この面倒事を早急に終わらせるためにも、さっさと仕事を終わらせてしまおう。
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