第1章21話 これで一件落着ってこった
静まり返った山頂にて、胸をなでおろした俺とフユメは、しばらくその場に立ち尽くした。
「助かった……」
「無謀な戦いが避けられて、良かったです……」
俺たちは勝ったのだ。帝國の襲撃から、生き残ったのだ。
エルデリアは同盟軍の駆逐艦に手を振り、命がまだあることに感謝する。
帝國を退けた駆逐艦からは、1機の輸送機が飛び立ちこちらに向かってきていた。
一方で山に船体を隠していたグラットンも、周囲の安全が確保されたことを確認しこちらにやってくる。
同盟軍の輸送機はエルデリアのもとへ、グラットンは俺たちのもとへ。
「フユメおねえちゃん! ソラトおにいちゃん! すごーい! おケガもしてなーい!」
「帝國の軍艦が出てくるなんて想定外だったけど、無事だったみたいね」
山頂に着陸したグラットンから顔を出し、俺たちに話しかけてきたシェノとニミー。
突然の帝國との対決に協力し、勝利に貢献してくれた彼女らに、俺は感謝の言葉を口にする。
「シェノ、ありがとうな。お前らのおかげで、帝國の連中を追っ払えた」
「勘違いしないでよ。あたしは大金を払ってくれたエルデリアのために頑張ったんであって、金欠のあんたのために戦ったわけじゃない」
「でも、デイロンに襲われた俺を助けてくれたじゃないか」
「助けた? あんたが死ななかっただけでしょ。あたしはあのクソ野郎を始末したかっただけだから」
「おいおい、照れるなよ。素直になれ」
「はあ? 素直になって良いの? 素直な反応して良いの?」
シェノの手が太ももにぶら下がった銃に当てられている。
もしシェノが自分の心に素直になれば、俺はあと数回はフユメのお世話になること間違いなしだ。
俺はとりあえず、シェノに謝罪しておく。
さて、感謝の言葉を述べたはずが謝罪の言葉を述べていた俺とは違い、フユメはニミーと楽しそうに会話中。
「ニミーちゃん、大丈夫だった? 怖くなかった?」
「ニミー、おともだちのミードンとナツちゃんとあそんでたから、こわくなかったよ!」
「ナツちゃん?」
「うん! ナツちゃん! このまえね、おともだちになったおんなのこ!」
「ドゥーリオに住んでる子かな? ニミー、お友達いっぱいだね」
「えへへ~」
二人の会話を聞いていると、帝國との戦いに勝利して良かったと、心の底から思う。
デイロンがドゥーリオの住人を殺し尽くしていれば、帝國の巡洋艦がエルデリアを吹き飛ばしていれば、フユメとニミーののんきな会話はなかったかもしれないのだ。
そう、俺たちは帝國に勝利した。それはつまり、エルデリアが任務を完遂したということ。
同盟軍の輸送機は、俺たちから少し離れた場所に着陸している。
輸送機から出てきたのは、紺色の軍服を着た数人の人間。そして、エルデリアによく似た1人のヘッカケッサ。
彼らにオークの入った箱を渡したエルデリアは、同時に怪奇現象にでも見舞われたかのような、少し驚いた表情をしていた。
「兄さんじゃないッスか! 兄さんも、任務に参加してたんッスか?」
「ヒュージーンさんとドレッドさんに脅されてな。エルデリア、ご苦労だった」
「あの……父さんと母さんは元気ッスか?」
「元気にしている。元気すぎて迷惑なぐらいだ。だが、今は任務中だ。個人の話はするな」
「変わらないッスね、父さんも母さんも、兄さんも」
任務の終了と家族との再会に、エルデリアは白い歯をのぞかせる。
エルデリアの兄は、弟が守り通した荷物を輸送機に乗せ、エルデリアと短い会話を交わした。
さて、エルデリアの兄が輸送機に乗り込み駆逐艦に戻る頃だ。俺の心はある心配事に襲われていた。
たった今、エルデリアの任務は終わったのだ。これはつまり、シェノの仕事も終わったということである。
俺とフユメはエルデリアの荷物としてグラットンに乗せてもらい、ここまでやってきた。
エルデリアとシェノの仕事が終わってしまえば、金欠の俺たちがシェノに見捨てられるのは目に見えている。
このままでは、俺たちはドゥーリオに放置され、自力で生きていかなければならない。
それは面倒だ。
宇宙時代の『ステラー』で魔法修行をするには、宇宙船は必要不可欠だろう。宇宙船がなければ、魔王を打ち倒すほどの魔法を覚えることはできないだろう。
魔法修行のためにも、楽をするためにも、コターツと離れ離れにならないためにも、グラットンから追い出されることだけは回避しなければならない。
「なあシェノ、どうだ? これからも俺たちがお前を手伝ってやろうか?」
対価として労働力を提供するから、もう少し俺たちをグラットンに乗せてくれ。
そんな俺の願いは、意外にもシェノに届いたらしい。
「手伝い、ね。もしかしたら、あんたらならニミーを……」
「うん? もしかして、俺の提案を受け入れてくれるのか?」
「考えとく」
「おお! シェノ! ありがとう!」
「まだ決まったわけじゃないから」
口を尖らせたシェノではあるが、これで俺の心配事がひとつ減った。
俺とシェノの会話を聞いていたフユメは、微笑みながらシェノに頭を下げる。
「ありがとうございます、シェノさん。私たちのわがままを聞いてくれて」
「いや、だから、まだ決まったわけじゃ――」
「これからシェノさんと一緒に旅ができるなんて、とても嬉しいです」
「フユ? 話聞いてる?」
「ニミーちゃん! これからもよろしくね!」
「やったー! フユメおねえちゃんともっといっぱいあそべるー!」
「……ねえ、フユとの話が通じないんだけど」
「フユメのヤツ、たまにやたらと強引になるときがあるんだ。諦めろ」
大きくため息をつくシェノ。
笑顔のフユメとニミーを前にして、彼女は頭を抱えてしまった。
そんなシェノに同情しながらも、俺は心の中で、フユメの強引さを称賛する。
「お疲れ様ッス! 銀河連合と同盟軍も、ソラトたちに感謝してたッスよ!」
《これで一件落着ってこった》
解放感に浸るエルデリアとHB274が、俺たちの側までやってきてそう言った。
エルデリアは言葉を続ける。
「ただ、ガーゴイルの死体があったっしょ。あれの回収を命令されちゃったんで、ボクはもうしばらくドォーリオにいることになりそうッス」
ということは、帝國の兵士たちが出現する以前の状態に戻ったということか。
俺とフユメは魔法修行に勤しみ、シェノとニミーはグラットンで自由な時間を楽しみ、エルデリアとHB274は任務を遂行する、今までと同じ状態。
「また普段通りか」
「はい、普段通りですね」
戦闘は終わった。俺はそそくさとグラットンに乗り込み、ニミーと一緒にコターツの中へ直行するのであった。
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