第1章20話 俺はどれも御免だぞ
突然の帝國軍の蛮行に混乱した住人たちで溢れる、ドゥーリオの街の広場。
グラットンはそこに割り込むように着陸、エルデリアとHB274、そして彼らの荷物を載せ、再び空を飛ぶ。
空洞の頂点には、太陽の光が差し込む穴があり、穴を抜ければそこは山頂だ。
急上昇したグラットンは穴を抜け、山頂にまでやってくる。
今日のドゥーリオは天気が良い。黒く分厚い雲は山頂よりも低い場所を漂い、山頂からは太陽が拝めた。
「あそこッス。あそこに着陸してほしいッス」
操縦席から山頂に向かって指をさすエルデリア。
シェノは難色を示す。
「まだ帝國軍がいるかもしれない。地上には降りたくないんだけど」
「同盟軍にボクの居場所を伝えるためには、地上にいる必要があるんッスよ」
「はあ? どうして?」
「さっきの戦闘で、同盟軍にボクの位置を伝える機械が壊れたんッス!」
「じゃあ、そのドロイドで修理すれば良いでしょ」
《おいらは修理した! ただ、どうしたってレーダーの出力が回復できなかったんでい!》
「使えな」
《起動できるように修理しただけでも感謝しやがれってんだ!》
「まあまあ、喧嘩しないでくさい」
不機嫌に口を尖らせるシェノと、オイルを飛ばし喚き散らすHB274の喧嘩は、すんでのところでフユメが止めた。
くだらない喧嘩などしている場合ではないのである。
小さく舌打ちをしながら、シェノはグラットンを山頂に着陸させた。
着陸したグラットンは、なおもエンジンをかけたまま。エルデリアはグラットンを降り、そんな彼を護衛するため、俺とフユメもグラットンを飛び降りる。
「なんだ……これ……?」
山頂に降り立つと、そこには俺たちにとって予想外の光景が広がっていた。
地面には、石のような体と翼を持つ複数の生物が、体に穴をあけ死体となって転がっていたのだ。
この生物の名を、魔物図鑑に目を通した俺とフユメは知っている。
「これは……ガーゴイルです。なんで、オークやガーゴイルが『ステラー』に?」
理解できぬ事象に混乱するフユメ。
エルデリアはガーゴイルの死体を見て、眉をひそめるのだった。
「帝國は、ついに生物兵器を使用する段階までやってきたってことッスか。これはマズイことになったッスね」
不穏な空気だ。平気で命を奪う帝國が、ガーゴイルやオークを戦場に投入すれば、多くの血が流れることになるだろう。
どうして『ステラー』の帝國が魔物を従えているのかは分からない。ただ、俺は救世主であり勇者だ。この時点で、帝國は俺にとって敵であることが確定したと言える。
敵の敵は味方。俺はエルデリアの任務を成功に導くため、エルデリアとともに先を急いだ。
山頂の開けた場所に立つと、エルデリアは小さな機械を手に取り、スイッチを押した。
「これで準備完了ッス。数分で同盟軍がやってくるッスよ」
「数分? ずいぶん早いな」
「これでやっと安心できますね」
《てやんでい! 安心するのはまだ早えってもんよ》
「まだ何かあるのか?」
「ボクの位置を同盟軍に知らせたってことは、半径10キロ以内にいる敵にもボクの位置を教えたってことッス、あとは、味方が先に来るのを祈るしかないッスね」
「……同盟軍! 早く来てくれ!」
デイロンのおかげで俺は面倒事に関しては腹いっぱいなのだ。
またも訪れた運任せ、果たして幸運な結果を引き出すことができるのだろうか。
心臓に悪い数分間を過ごしていると、大地が動いたかのような重低音が、俺たちの耳に入り込んでくる。
重低音と同時、山頂付近まで這い上がってきた分厚い雲の中から、鉄塔らしきものが姿を現した。
最初は鉄塔でしかなかったそれは、分厚い雲の中に隠していた巨体を徐々に明らかにし、それが鉄塔だけでないことを俺たちに教え込む。
雲の中から現れたのは、街ほどの大きさはあろうかという巨大な宇宙船。鉄塔はこの宇宙船のアンテナでしかなかったのだ。
雨をかぶり雲海を突き破った宇宙船のあまりの大きさに、俺は宇宙船との距離感すらも掴めない。
宇宙船には数多くの武装が施されており、グラットン以上の大きさを持った二連装砲が、船上にも船底にも、船首にも船尾にも搭載されている。
その船が軍艦であるのは、俺にも分かった。
問題は、この船が同盟軍の船なのか、帝國軍の船なのかということ。
「シュトラール級巡洋艦……」
エルデリアの震えた声。
直後、宇宙船に搭載された砲塔のひとつが、俺たちに向けられる。
視界いっぱいに広がる宇宙船から砲塔を向けられるというこの状況。エルデリアの震えた声と合わせて考えれば、俺たちは不幸な結果を引き出してしまったらしい。
「同盟軍の軍艦、じゃなさそうだな」
「あれは……帝國の巡洋艦ッス。まさかオークのために巡洋艦まで出してくるなんて、やりすぎっしょ」
「これからどうするんだ、エルデリア」
「シェノさんのグラットンで逃げる……のも難しそうッスね」
「合理的に考えれば降伏か?」
「自分の命を優先させればその通りッス。ただ、銀河の行く末を考えれば『吹き飛ぶ』って選択肢もあるッスね」
「俺はどれも御免だぞ」
「ソラトならそう言うと思ったッス」
呆れを通り越し、諦めにも似た表情を浮かべたエルデリア。
合理的に導き出されたエルデリアの選択肢を否定してしまえば、残る選択肢は『戦う』のみ。
1人で巨大な巡洋艦に立ち向かうとは、無謀どころか狂気の沙汰。それでも俺は、己の魔力を信じ、戦うことを決意した。
「魔法使用許可は?」
「まだ有効です」
「よし」
巡洋艦の登場以降、グラットンは姿を隠してしまっている。とはいえ、シェノはニミーを連れて逃げてしまった、というわけではないだろう。
シェノのことだ。彼女は俺たちを回収する機会を伺っているはず。
10数秒さえ稼げれば、俺たちは生き残れる。
「あとは、氷魔法や水魔法がどれだけ通じるかだな」
大砲から放たれるであろうレーザーを、俺の氷魔法は防げるだろうか。
巡洋艦を覆った装甲を、俺の水魔法はどこまで貫くことができるのだろうか。
いや、これはもういくら考えても無駄だ。有効であろうとなかろうと、やるしかないのだ。
俺は両腕を突き出し、次に行動すべきことを頭に浮かべる。
「あれを見てください!」
帝國の巡洋艦と俺、どちらが先に攻撃をするのか、というまさにその時であった。
大空――帝國の巡洋艦とは逆の方向に指をさしたフユメが叫ぶ。
フユメの指さした先に視線を向けると、そこには白く輝く球体が、もうひとつの太陽のごとく宙に浮いている。
あの球体は、グラットンがワープ移動する際に作り出したワームホールと同じものだ。俺が見たワームホールを遥かに凌ぐ大きさではあるが。
今度は何が起こるのかと空を見上げていると、突如としてワームホールから巨大な宇宙船が飛び出してきた。
ワームホールから飛び出した宇宙船は、瞬時にスピードを緩め、低速で空を飛ぶ。
丸みを帯びた葉巻型の宇宙船は、帝國の巡洋艦の半分ほどの大きさ。また、巡洋艦と同じく武装が施され、船上と船底には複数の三連装砲が搭載されていた。
「同盟軍のカージラス級駆逐艦ッス! 間に合ったみたいッスね!」
喜びを爆発させるエルデリアの言葉は、同盟軍の駆逐艦が鳴らした警報音によって、すぐさまかき消される。
警報音は帝國の巡洋艦に向けられたもの。だが、巡洋艦は聞く耳持たず、砲口を俺たちに向けたまま。
駆逐艦が三連装砲のひとつを発射し、緑色のレーザーが脇をかすめてもなお、巡洋艦が俺たちに対する殺意をなくす気配はなかった。
事ここに至り、駆逐艦に乗る者たちは攻撃要件を揃えたと判断したのだろう。
ついに駆逐艦は、撃てる砲を全て帝國の巡洋艦に向け、緑のレーザーを撃ち放った。
雨のように降り注いだ緑のレーザーは、巡洋艦のシールドをガラスのように砕き、数発が船体に食い込む。
炎と黒煙、破片を散らせた巡洋艦は、ようやく俺たちへの攻撃を諦めたようだ。
巡洋艦から伸びた鉄塔は強く輝き、巡洋艦の前方に新たなワームホールを生み出す。
ワームホールが出来上がると、巡洋艦はエンジンを全開にし急加速、俺たちを数メートルも吹き飛ばしワームホールに突入した。
俺たちが体勢を立て直し立ち上がる頃には、巡洋艦の姿はどこにもない。巡洋艦に支配されていた視界が嘘のように、俺たちの前には大空が広がっていたのだ。
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