第1章12話 自分からお荷物宣言ですか!?

 居眠りをしていた俺は、フユメに体を揺すられ目を覚ます。

 寝ぼけた目で辺りを見渡すと、エルデリアとHB274は見当たらず、シェノは操縦席に、ニミーはコターツに突っ伏していた。


「ニミー、コターツはどうなった?」


「ぶひんがたりない! って、おねえちゃんがいってた」


「あれ、まだ直せてないのか」


「むう~、コターツうごかしたい!」


 手足をバタバタさせ、ぬいぐるみのミードンを抱きしめ、再び突っ伏すニミー。

 フユメがうっとりしてしまうほどにかわいらしいニミーのため、なんとかコターツを直したいところだが、部品がないとなるとどうしようもない。


 今はコターツを諦め、俺はシェノに話しかける。


「ドゥーリオ到着まで、あとどのくらいだ?」


「5分」


 シェノがぶっきらぼうに答えた瞬間、白の波に支配された景色が一変。グラットンはハイパーウェイを抜け出したようだ。

 フロントガラスは凍りつき、しかしすぐさま氷は溶かされ、目の前に惑星が現れる。

 灰色の雲に全体を包まれ、至る所に稲妻が走るその惑星こそが、俺たちの目指していた惑星ドゥーリオだ。


「揺れるからね、注意して」


 あまり危機感のない口調で忠告するシェノ。

 いざグラットンがドゥーリオに突入すると、シェノのその忠告が身にしみた。

 黒みがかった灰色の雲の中、グラットンは乱気流にからかわれ、船体はあらゆる方向に揺れ動く。

 シートベルトをつけなければ座席にも座っていられない揺れに、俺は鼓動を早くし、フユメは真っ青な顔をする。


「大丈夫か、これ。墜落とかしないよな……」


「う……気持ちが悪くなってきました……」


「おお~! すごーい! みてみて! ミードンがちゅうをとんでるよ!」


 ニミーはコターツで揺れを楽しみ、シェノは表情ひとつ変えることなく操縦桿を握っていた。


 分厚い雲を抜け出すと、グラットンに打ちつけられた雨の音によって、エンジン音すらかき消される。

 窓の外では時折、雷が脇をかすめ、視界は豪雨によって遮られていた。

 ドゥーリオの極限環境は、グラットンが墜落するのではないかという不安を掻き立たせる。


 しかし、シェノは慣れた手つきでモニターを操作、レーダー情報をもとにしたであろう周辺の地形を示すホログラムが、フロントガラスに浮き上がった。これにより、俺の不安は少しばかり緩和された。


 数分、極限環境を飛び続けるグラットン。すると突然、ホログラムが巨大な山の存在を俺たちに教える。山までの距離は数百メートル程度。


 豪雨の向こう側にそびえる山が肉眼でも確認できるようになると、シェノはスロットルレバーを最大まで引き、頭上にある赤いスイッチを押した。

 赤いスイッチが押されたと同時、グラットンの前方スラスターが起動、グラットンは急減速する。


 シェノはさらに別のスイッチを押し、ペダルと操縦桿によるグラットンの操作を開始。

 山に沿ってゆっくり飛び続けると、ぽっかりと空いた大きな穴――洞窟を見つけた。

 その洞窟を、グラットンは進んで行く。雨や風は山に邪魔され、もうグラットンが揺れることはない。


 洞窟を進んだ先、窓の外に広がった景色に俺は驚いた。


「街だ。山の中に街があるぞ」


 何の前触れもなく現れた広大な空間。山の中には、地下から山頂までを貫く空洞が存在していたのだ。それはまるで、壮大な吹き抜け。

 空洞の壁には多くの建物がへばり付き、小さいながらも立派な街を形成している。

 山のおかげか風はなく、雨も弱い。山頂からは、わずかながらの太陽光も差し込んでいた。

 宇宙船から眺める知らない世界、はじめて訪れる惑星、ドゥーリオの街は、なんとも幻想的で、夢でも見ているかのような気分である。


 グラットンは空洞の壁から伸びるターミナルに着陸、俺たちはドゥーリオに降り立った。


「ここがドゥーリオか」


「メイスレーンと違って、落ち着いた街ですね」


「みたいだな。チンピラもいないし、ギャングもいないし」


「これでやっと、魔法修行がはじめられます」


「修行か……面倒くさいな……」


 木造の街を前に、俺はため息をつく。

 メイスレーンで緊張感を抱いていた時は、早く魔法修行をして強くならねばと思っていた。だが、いざ平穏なドゥーリオの街にやってくると、途端に修行が面倒くさく感じてしまったのである。


 俺たちの背後では、シェノとエルデリアが仕事の話の真っ最中。


「あの荷物、どこまで運べば良いの?」


「とりあえず、シェノさんの輸送船に置いておいてほしいッス。あ、管理はHBがするッス」


「期間はどのくらい?」


「実は……さっき荷物の受取人から連絡が入ったんスよ。なんか、ドゥーリオへの到着が数日延期されたみたいで、まだしばらくかかるらしいッス」


「そう、分かった。じゃあ、宿でも探してきて。あたしはグラットンにいるから、なんかあったら連絡ちょうだい」


「お願いするッス! HB! 荷物は頼んだッスよ!」


《任せろってんでい!》


 話をまとめ、ドゥーリオの街に向かうエルデリア。

 そんな彼を見て、俺とフユメは次なる課題に直面する。


「俺たち、どこに泊まる?」


「ううん……さすがにこれ以上、エルデリアさんのお世話になるわけにもいきませんからね。どうしましょう……」


 悩むフユメ。俺としてはエルデリアの世話になっても良いと思っていたのだが、フユメはそうではないらしい。

 ならば、別の人の世話になれば良いだけだ。


「おーい、シェノ」


 呼びかけたところで、シェノは俺たちに顔を向けるだけ。構わず俺は続ける。


「俺とフユメをグラットンに泊めてくれ」


「はあ?」


「俺たちはエルデリアの荷物みたいなもんだ。で、エルデリアは荷物をグラットンに置いておくよう言った。お前はそれを引き受けた。じゃあ、俺たちを泊めてくれても良いだろ」


「ソラトさん! 自分からお荷物宣言ですか!?」


 言葉を鋭く突き刺してくるフユメとは対照的に、シェノは無視を決め込んだ。

 無視という名の否決である。

 だが、その無視という行為が俺たちを利する結果となった。


「フユメおねえちゃんとソラトおにいちゃん、いっしょにあそんでくれるの?」


「ちょ、ちょっとニミー、自分の部屋に――」


「そうだぞニミー。これからしばらく、一緒に遊べるぞ」


「おお~! やったー! おねえちゃん、フユメおねえちゃんとソラトおにいちゃんが、いっしょにあそんでくれるって!」


「待って待って! あたしは――」


「え……おねえちゃん、ダメなの……?」


「……分かった! もう、泊めてあげるから!」


「わ~い!」


「その代わり、宿泊代は払ってよね!」


「ありがとな、シェノ。代金はいつか払うよ」


「こんな強引な押しかけ、はじめて見ました……」


 大きなため息をつくフユメだが、これは彼女にとっても好都合な話。ため息をついてすぐ、フユメはニミーとミードンのもとに駆け寄るのだった。

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