第1章13話 魔法修行の過程で死ぬのは普通のことですよ
コターツを囲んで、フユメとニミーはお人形遊びを楽しんでいた。
この間、コターツの足りない部品を求め、シェノはスピーダーでドゥーリオの街を走り回る。
袋を抱えたシェノがグラットンに帰ってきた時、ニミーは遊び疲れ、お昼寝の真っ最中。
シェノが帰ってきたことでニミーのおもりを終えた俺たちは、いよいよ魔法修行を開始するため、ドゥーリオの空洞の外に向かった。
街のエレベーターとトロッコを乗り継ぎ、空洞の出入り口に到着。出入り口付近には、『危険地域』と書かれた看板が置かれている。
この先は嵐吹き荒れる極限環境だ。死と隣り合わせの世界だ。
「ソラトさん、髪の毛を数本、切らせてもらいますね」
「なんだ藪から棒に」
「髪の毛1本さえ残っていれば、蘇生魔法が使えるんです」
「おいおい、なんで俺が死ぬ前提なんだ?」
「魔法修行の過程で死ぬのは普通のことですよ。ほら、髪の毛を切らせてもらいます」
何気ないフユメのセリフはあまりに冷酷で、恐ろしい未来を俺の頭に描かせる。
死ぬのが普通の修行とは、『プリムス』の救世主育成プログラムは狂っているのではないか。
急に不安に駆られた俺だが、フユメは気にせず、レーザーカッターで俺の髪の毛数本を切り取った。
「では、私はここにいますので、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい? あれ? フユメはついてこないのか?」
「死んじゃいますからね、さすがに一緒というわけにはいきません」
「……まあ、百歩譲ろう。ここにいるお前は、どうやって俺が死んだことを確認するんだ?」
「ソラトさんの魔力を追えば分かります。私はソラトさんの補佐ですから」
フユメの爽やかな笑みは、別の場面であれば頼り甲斐があったのだろうが、今は恐怖の対象でしかない。
きっと駄々をこねたところで意味はないのだろう。ここまで来てしまったのだから、俺は魔法修行のため、一歩を踏み出す。
俺は大きく深呼吸をしてから、空洞の出入り口をくぐった。
空洞から出ると、猛烈な風が吹き付け、まるで鉄の塊に殴られたような衝撃が俺の体全体に襲い掛かる。
さらに、凶器にも近い雨が俺を叩き、服は一瞬でびしょ濡れに。目を開けるのだけでも精一杯だ。
痛い。雨と風を痛いと感じるのは、人生初。
「なんだよこれ……」
肌で感じる痛み、雨や風の匂いと味、山の斜面を殴打する雨風の音、壮絶な光景が、一斉に俺の五感に刻まれていく。
「まあ、これならさすがに、突風と豪雨の魔法が使えるようになるよな」
強烈な経験に五感が悲鳴を上げているのだ。
魔法の一つや二つ、すでに覚えているはずである。
できるだけ多くの魔法も覚えようと、俺は山の斜面を歩いた。だが、ぬかるんだ地面は俺の足をすくい上げた。
体が宙に浮き、視界には遥か彼方で俺を待ち受ける黒い海が。
俺の記憶は、ここで一旦途切れる。
次に脳に記憶されたのは、蘇生魔法を終えたばかりのフユメの顔。
「俺、死んだのか?」
「はい、死にました。でも、きちんと蘇りましたよ」
「あっそ」
妙に体が軽く感じるのは、1本の髪の毛から新たな体を作り出したからだろうか。
死んだことにより健康的になった俺は、そそくさと魔法修行に戻る。
そういえば、俺の前の体はどうなったのか。今の俺の体は、蘇生魔法によって作り出されたもの。先ほど命を落とした体は、死体となって海を漂っているのだろうか。
考えれば考えるほど気味が悪くなってきたので、意図的に頭の活動を緩める。
緩んだ頭というのは便利なもので、極限環境に身を晒しても、何が危険だとか何が安全だとかを考えず、無茶ができた。
「あの大波が魔法として使えたら、強いだろうなぁ」
たったそれだけの単純な理由で、俺は斜面を下っていく。
分厚い雲に頭を隠す山ではあるが、波もまた高く、少し山を下っただけで、大波に触れることができた。
豪雨と波の水しぶきに濡らされながら、俺は両手を広げる。
山の斜面をえぐってしまいそうな勢いの大波は、斜面で待ち構える俺など眼中にもない。
自然の持つ凄まじい力によって、俺はショベルカーの前の砂粒のごとく、大波にさらわれた。
頭の活動を緩めていたので忘れていたが、俺は泳げない。つまり、大波にさらわれたその瞬間、俺は溺れることになったのだ。
しばらく続く、真っ暗な水の中の世界。
激しい波にもまれている感覚とともに、無重力を疑似体験しながら、俺の五感は新たな経験を体と心に刻み込む。
上も下も分からぬ状況で、だんだんと俺の息は限界を迎え、体は暗闇に沈んでいった。
――また死ぬのか。
死の苦しみを味わいながらも、死への恐怖は薄れていた。
我ながらおかしな感情に苦笑し、視界は完全に閉ざされていく。
「ソラトさん、気分はどうですか?」
丁寧かつ快活な口調が俺の鼓膜を震わせ、俺は目を覚ます。
そこはやはり空洞の出入り口であり、石の上に腰掛けるフユメの目の前。
命を落とした俺を、当たり前のように蘇らせたフユメの表情は、普段と何も変わらない。だからこそ俺は、頭に浮かんだ言葉を飾りつけることなく言い放った。
「死んだばっかの人に気分はどうって聞くの、ちょっと猟奇的だぞ」
「りょ、猟奇的!?」
「猟奇的だ。もし自覚がないとしたら、たぶんお前、『プリムス』での長い神様生活でどうかしちまったんだろ」
「うーん、あながち否定もできませんね……以後、気をつけます」
「頼んだぞ。それと、一応伝えておくが、今の気分は虚無だ」
「虚無? それは、良い虚無ですか? 悪い虚無ですか?」
「知るか。悪いとか良いとかないから虚無なんだろ」
死の先に虚無を見つける、というのは厨二病にありがちな話であるが、まさかその当事者になるとは思いもしなかった。
虚無を引きずり、俺は懲りずに空洞の出入り口へと向かう。
フユメはまだ聞き足りないことがあったのか、俺を呼び止めた。
「ソラトさん」
「なんだ?」
「空洞の外でどんな修行をしているのか、教えてくれませんか?」
言われてハッとした。俺は修行内容をフユメに伝えていなかったのだ。
修行の補佐をしてくれるフユメには、せめて修行の概要ぐらいは伝えておくべきか。
「今のところ、突風と豪雨に打たれて、崖から落ちて死んで、大波に呑み込まれて死んだところだな」
「ということは、風魔法として突風を、水魔法として雨や波を起こせるようになった、といったところでしょうか」
「まだ確認はしてないが、たぶんな」
「それだけ覚えれば、もう十分なのでは?」
「まだだ。まだ修行が足りない。あと何回か海に飛び込んで、いろんなタイプの波を経験しておこうと思う」
「サーファーみたいなことを言い出しますね」
「俺も言ってて思った」
軽口に笑い合う俺とフユメ。
和やかな笑い声が響く空洞内は、壮絶な魔法修行の場である空洞の外とは正反対の、平穏な雰囲気に包まれていた。
「それにしても意外です。ソラトさん、重度の面倒くさがりだと思っていましたけど、修行に関してはストイックなんですね」
「勘違いするな。毎日毎日コツコツ修行するのは面倒だから、今日一日で覚えられること全部覚えて、あとはグラットンで寝てたいだけだ」
「なるほど。まあ、私はここで蘇生魔法を使う以外にやることはありませんから、心ゆくまで修行を続けてください」
「今の言葉、面倒くさがりの素質が見えた気がするが」
「勘違いしないでください。私の言葉は、真面目に考えた末の言葉ですから」
お互いに勘違いされ、お互いに勘違いを正し、話は終わりだ。
魔法修行を続けるため、俺は空洞の外に出た。
ここからの2時間程度は、全て同じことの繰り返し。
海に飛び込む、波にさらわれる、雨に打たれる、風に飛ばされるなどして、最後は死んでフユメのもとへ。この日の修行で、俺は何度死んだことか。
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