第1章14話 人類をダメにする古代兵器コターツの威力……すごい……!

 そろそろ修行は十分と判断した俺は、海を眺めながら『ラーヴ・ヴェッセル』と呟いた。


 数十秒の後、俺は両腕を前方に突き出し、五感に刻み込まれた今までの経験を思い出す。

 突風に吹かれた経験を思い出せば、突風が吹く。雨に打たれた経験を思い出せば、雨が降る。波にさらわれた経験を思い出せば、波が現れる。水中を漂った経験を思い出せば、小さな海を作り出せる。


 何度か魔法を使っているうち、出現させる水や風の方向を決められるようになった。この辺りは、おそらくだが想像力次第。


 ある程度の魔法が使えることを確認すると、俺は空洞内に戻った。


 考えてみれば、死なずに空洞内に戻ったのははじめてだ。おかげで、一人だと思い込み大声で歌っているフユメを見ることができた。

 今日の魔法修行はこれで終わり。俺は顔を真っ赤にしたフユメとともに、グラットンの待つドゥーリオへと向かう。


 街灯の仄かな光に照らされた、木造の建物が並ぶドゥーリオの街。

 メイスレーンと同じく様々な種族が住む街ではあるが、メイスレーンとは違い、住人たちは平穏な一日を過ごしている。

 人間である俺たちも蔑視されることなく、街を歩くことができた。


「あ、シェノさんとニミーちゃん!」


「おお~! フユメおねえちゃんとソラトおにいちゃんだ! ソラトおにいちゃん、ビショビショ~!」


「あんたたち、こんなところで何してるの?」


「グラットンに帰る途中だ。お前らこそ、何してるんだ」


 街で偶然に出会ったシェノとニミー。

 仲良く手を繋いだ姉妹の行き先を教えてくれたのは、ニコニコと笑うニミーである。


「おふろー! おふろいくのー!」


「風呂!? 風呂なんかあるのか!?」


「そりゃあるでしょ」


 そりゃ風呂ぐらいあるか。しかし、風呂の存在に関してはまったく頭になかった。

 蘇生魔法のおかげか体の疲れは少ないが、雨に濡れた体はいささか不快に感じていたところだ。このタイミングで風呂とは、なかなか悪くない。

 フユメも俺と同じことを考えていたらしい。


「シェノさん、私たちもお風呂に入りたいです。一緒に行っても良いですか?」


「別に良いけど。ドゥーリオのお風呂は珍しく混浴じゃないから、そこのアホ面がついてきても問題ないし」


 誠に残念なお知らせである。ドゥーリオでなければ、俺はめでたく混浴風呂に入ることができたというのに。心の底から残念なお知らせだ。


「ソラトおにいちゃん、へんなことかんがえてる?」


「まさかソラトさん……混浴風呂なら私たちの裸がとか……」


「絶対に考えてた。だって、アホ面が変態の面になってるもん」


 女性陣に好き勝手なことを言われているが、彼女らの言葉は事実なので、俺は黙して語らず。

 何はともあれ、少しだけ距離を取られながら、俺たちは街の風呂場に向かった。


 風呂場に到着すると、そこは地方にあるご当地温泉のような佇まい。

 シェノの言葉通り、風呂場は完全に男女で分けられており、俺は1人寂しく男湯に入るのであった。


「肩身が狭いなぁ」


 人間は俺ただ1人。裸になってみると分かるが、HB274の言った通り、人間は他の種族と比べて明らかに体つきが劣っている。

 この貧相な体つきを見れば、人間という種族を見下す者が現れるのも仕方がない、とすら思ってしまった。


 劣等感に襲われ、貧相な体をお湯の中に隠す俺。 

 しかし、おかげでしっかりとお湯に浸かることができた。

 俺は暖かい風呂に癒され、なんやかんやと、久方ぶりのリラックスした時間を過ごす。


 覗きイベントのようなものはなく、優れた技術力により女性陣の声すらも聞こえず、俺は1人の時間を過ごし、風呂を出た。


 風呂を出て驚いたのは、脱いだ服が洗濯されていたことである。

 『プリムス』に転移した日から肌身離さず着ていた服が、ついに洗濯されたのである。

 ところで、蘇生魔法は服も蘇生してくれるようだが、一体どんな仕組みなのか。この辺りは考えても無駄な気がするので、放っておこう。


 風呂を出て着替えを済ませ、待合室に出ると、すでにフユメが椅子に腰掛けていた。


「ほわあ~極楽です~」


 完全に気の抜けたフユメは、もはや綿菓子のよう。

 少しはフユメにも自由な時間を楽しませようと、俺はあえてフユメに話しかけず、シェノとニミーの風呂上がりを待った。


「わーい! おふろ、きもちよかったー!」


 ニミーの声が聞こえてきたので、女湯の入り口に視線を向ける。だが俺は、すぐさま視線を背けなければならなかった。

 なんとニミーは、全裸で女湯を飛び出してきたのである。視線を背けなければ、俺は犯罪者になってしまう。


「こら! きちんと服を着なさい!」


 シェノのまともな言葉が聞こえてきたので、安心した俺は再び女湯の入り口に視線を向ける。

 だが、シェノをまともだと思った俺が悪かったのだ。

 女湯から堂々と出てきたシェノは、ニミーと同じく全裸。

 何もかもをあらわにした彼女は、ニミーを捕まえると、彼女を担いで更衣室に戻っていく。


 あれこそが俗に言うラッキースケベというやつだったのだろう。実際、スラリとした体型に程よくついた筋肉、透き通った肌、揺れる胸は、本来であれば拝むべき存在。

 にもかかわらず、なぜか先ほどのシェノの姿は、あまりエロくは感じなかった。堂々とした佇まいが違和感となり、俺の認識を狂わせたのだろう。

 残念なような嬉しいような複雑な気分である。


 さて、次にシェノとニミーが女湯を出てきた時、2人はきちんと服を着ていた。俺たちは上機嫌なフユメを連れてグラットンに帰る。

 ターミナルに置かれた無骨なグラットンに乗り込むと、ニミーが嬉しそうに口を開いた。


「ソラトおにいちゃん! おねえちゃんがコターツ、なおしてくれたよ!」


「お! 本当か! よし、コターツを起動させよう」


 風呂に続いてコターツの起動とは、本当にここは異世界なのだろうか。

 ハシゴを上りコターツの前にやってくると、ニミーはミードンを抱いて目を輝かせる。

 一方でシェノは、どこか不安げだ。


「ねえ、それって古代兵器でしょ? ここで起動して大丈夫?」


「大丈夫だ。さっさとやるぞ」


 布団を捲り上げ、電源スイッチに手をかける。

 わずかな力を指に込めると、ついにコターツの電源が入った。


「それ、動いてるの?」


「たぶんな」


 早速だが、兵器の性能確認・・・・・・・といこう。

 俺はコターツの中に体を入れ、コターツが暖かくなるのを待った。


 数分もすると、コターツの暖かさが俺の体を支配し、俺の体を縛り付ける。


「ニミーもはいる!」


 待ちきれなくなったか、ニミーもコターツの中に小さな体を押し込んだ。

 コターツに入った途端である。ニミーは幸福度の高い表情をして、大きなあくびをした。


「あったかーい。ニミー、もうここからでたくなーい」


「ああ、俺も出たくない。俺、ここで一生を終えようかな」


「これが……人類をダメにする古代兵器コターツの威力……すごい……!」


「ただのコタツなんですけどね」


 蘇った古代兵器コターツ。人類をダメにすると言い伝えられるそれは、言い伝えの通りの威力を発揮した。

 コターツに囚われた俺とニミーは、次の日の朝、フユメとシェノに引っ張り出されるまで、コターツから逃げ出すことはできなかったのである。

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