第1章15話 その場合、俺が悲惨なことになるのは分かってるよな

 いまだコターツの後遺症を残しながら、俺はフユメに連れられ、ドゥーリオのエレベーターに乗っていた。

 目的地は空洞の最奥、地下世界である。


「シェノさんが教えてくれたんですけど、空洞の地下は氷の世界らしいです。氷魔法を覚えるにはうってつけの場所ですね」


「なあフユメ」


「はい、なんでしょうか?」


「二日連続の魔法修行は面倒なんだけど」


「たった二日頑張るだけで、真の英雄としてちやほやされるんですから、お得じゃないですか」


「まずは何を覚えようかな。氷柱つららを撃ち出す魔法とかどうだろう」


「ちょっとチョロ過ぎませんかね……」


 フユメが何か言っているが、気にするものか。

 氷魔法を覚えたいという逸る心を抑え、俺は地下世界への到着を待ち続ける。


 エレベーターに乗っていた時間は、おそらく十数分はあったのではないだろうか。惑星の地殻に辿り着いてしまうのではないかというほど、俺たちは地下深くにまでやってきた。


 地下世界に光はなく、闇の中で俺たちは、肌を突き刺す寒さに体を震わせる。


 グラットンから持ってきたライトをつけると、ようやく地下世界の姿を目にすることができた。

 高速道路のトンネル程度の広さを持つ空洞は、全体が氷に覆われ、天井からは数多の氷柱がぶら下がっている。

 クリスタルの中に迷い込んだかのような美しい光景に、白い息を吐く俺たちは、思わず言葉を失った。


 しばしの後、ここに来た理由を思い出す。


「ええと、修行をはじめましょうか」


「あ、ああ。そうしよう」


 この美しい世界で魔法修行をするとは、いかにも勇者らしいシチュエーション。

 ますます俺のモチベーションは上がっていく。


「じゃあ……まずは氷柱魔法だな」


 攻撃技として最も有効だと思われるのが、氷柱を撃ち出す攻撃だ。これはレーザーとは違った物理攻撃であり、クールキャラへの第一歩にもなる。

 問題は、どうすれば氷柱を撃ち出す魔法が覚えられるのかだ。

 とりあえず俺は、手の届く距離にまで垂れ下がった氷柱を抱きしめることにした。


「冷たい。凍え死にしそうだ」


 抱きしめた氷柱から伝わる、刃物のような冷たさが俺の体を蝕む。

 

 五感のうちのひとつ『触覚』は寒さにやられ、ほとんど何も感じない。

 加えて、『味覚』のため氷柱に触れた舌は、見事に氷柱に張り付いてしまった。

 俺は慌てて小さな炎魔法を使い、唇を火傷しながらも、なんとか氷柱から舌を剥がすことに成功する。

 

 散々な目に遭いながら、もう十分だろうと氷柱から離れる俺。


「大丈夫ですか? 鼻水、出てますよ?」


「そう言うお前も鼻水出てるぞ。ああ、コターツが恋しい」


 今日の魔法修行は早めに切り上げ、至急コターツに飛び込むと俺は決めた。

 だから俺は、鼻をすすりながら『ラーヴ・ヴェッセル』と口にし、魔法使用許可が下りたという報告をフユメから聞くと、すぐさま氷柱魔法を使う。


 氷柱を思い浮かべ、突き出した両手が魔力を操作すると、氷柱を作り出すことに成功。だが、それは俺が望んだ形の氷柱ではなかった。

 突き出した手の平の先、空洞の壁から氷柱を伸ばすことには成功したが、氷柱を撃ち出すことはできなかったのである。


「できないな。どうしてだ?」


「もしかすると、高速移動する氷柱を五感で覚える必要があるんじゃないでしょうか」


「高速移動する氷柱なんてどこにあるんだよ」


「天井の氷柱をレーザー魔法で撃ち落として、落ちてきた氷柱に当たれば良いのでは?」


「その場合、俺が悲惨なことになるのは分かってるよな」


「安心してください、私が必ず蘇生させます」


「ああ、そう」


 遠回しに死ねと言われているような気がしないでもないが、氷柱を撃ち出す魔法を覚えるには、フユメのアドバイスが正しそうだ。

 どうせ死ぬだけである。ためらっていても仕方がない。


 魔法使用許可はすでに出ているので、レーザー魔法はいつでも撃ち出せる。俺は近場にあった、人間サイズの氷柱の下に立った。

 右手を氷柱に向け、チンピラに撃たれたあの時を思い出し、赤いレーザーを発射。レーザーは氷柱と天井の付け根を溶かし、氷柱は鋭利な刃物として俺に降りかかる。

 

 おそらくだが、俺は即死した。気づけば俺は、フユメの側で地面に横たわっていたのだ。

 なぜだろう、フユメの顔色は少し悪い。


「どうした? 寒いのか?」


「い、いえ、落ちてきた氷柱に真っ二つにされたソラトさんを思い出すと――」


「それ以上は言うな」


 精神衛生上、この話はここで切り上げるのが正解だろう。フユメも話の続きを口にすることはなかった。

 俺は立ち上がり、両腕を突き出す。


「さて、氷柱魔法の確認だ」


 即死する刹那にも、勢い良く地面に落ちる氷柱の感触を、俺の五感は体に刻み込んだはず。

 今度こそは氷柱を撃ち出す魔法が使えると、俺は確信していた。


 確信は事実に。


 突き出された俺の両腕から、氷柱が地面と水平に撃ち出された。撃ち出された氷柱はライトの明かりも届かぬ空洞の奥に突き刺さる。

 少し想像の方向性を変えれば、氷柱の数も大きさも、撃ち出す方向も自由自在。

 まさしく望んだ通りの結果に、俺は満足だ。


「やりましたね。新しい攻撃魔法を修得です」


「これで俺も氷魔法の使い手、クールキャラの仲間入りだな」


「……クールキャラは自分がクールキャラになったこと、笑顔で喜ばないと思いますが」


「じゃあドSキャラの仲間入り」


「死にながら魔法修行をする人がドSというのも違和感があります」


「フユメ、俺の喜びをいちいち砕いていくのやめろ」


「ご、ごめんなさい」


 まったく、ヒーラーのはずのフユメの方が、氷魔法使い並みのドSではないか。


「氷柱の威力、確認しに行くぞ」


 俺はクールキャラにもドSキャラにもなれなかったが、氷柱を撃ち出す氷魔法使いにはなったのだ。撃ち出された氷柱がどの程度の威力を持っているのかも、是非知りたい。


 ライトを持ち、氷柱がぶつかったであろう壁を目指して、俺とフユメは氷の張った空洞内を慎重に歩いていく。

 歩いている最中、砕け散った氷柱の破片を見つけた。この破片は、俺が撃ち出した氷柱のものではなく、おそらく魔法修行に使った氷柱の破片。

 砕け散った氷の破片は真っ赤に彩られているが、どうしてだろうか。


 一面が白く透明な世界で、鮮やかな赤色に気を取られた俺は、しかしすぐにその赤から目を背けた。

 あそこは俺が氷柱を撃ち出す魔法を覚えた場所。つまり、俺が死んだ場所。

 俺が死んだ場所に広がる赤の正体など、少し想像力を働かせれば分かる。


 ただでさえ寒さに体は震えていたというに、俺の心まで震えだした。死ぬことには慣れてきたが、死んだ自分の一部を見るのは、さすがにショックが大きい。

 血の気が引き、モチベーションは下がるばかり。


「なあフユメ、帰ろう」


「え? でも、まだ氷柱の威力を確認してませんよ? それに、氷の壁を作る魔法とかも修得していません」


「明日で良い」


「そうですか。分かりました」


 急激にモチベーションが下がった状態で魔法修行を続けるほど、俺はストイックではない。 

 フユメも首を縦に振ってくれたのだから、さっさと帰ろう。


 回れ右をしてエレベーターに乗り込み、途中で買い物をしながらも、俺たちはドゥーリオの街、そしてグラットンへの帰路についたのだった。


    *


 地下世界の極寒とドゥーリオの街に降りしきる小雨から逃れ、俺とフユメはコターツに直行。古代兵器の放つ暖かさに、俺とフユメはつい夢の世界へと入り込んでしまう。

 目を覚ますと、いつの間にニミーとエルデリアがコターツメンバーの仲間入りを果たしていた。


「お、ちょうど目を覚ましたッスね」


「ごはん~ごはん~」


 片頬を上げて笑うエルデリアと、ミードンを頭に乗せゆらゆらとするニミー。

 コターツの上には、カニのような甲殻類に囲まれた大きな焼き魚が、テーブルいっぱいに置かれている。

 操縦室を漂う甘辛い匂いに、俺の口は無意識によだれを溜め込み、空っぽの腹が豪快な音をたてた。


「さっき街でね、お土産もらっちゃったんスよ。ただ、こんなにデカイ魚は1人で食えねえッスから、ソラトたちと一緒に食べようと思ったんス」


「エルデリア、お前、最高だ」


「単なる合理的判断ッスよ」


「合理的だろうかなんだろうが、最高なことに変わりはない」


「とても美味しそうな魚介類です。街の人たちとエルデリアさんに、感謝ですね」


「おさかな~」


「ほらほら、遠慮しないでどんどん食べるッス」


 お人好しエルデリアは、立派な触角を首に巻き、いの一番に焼き魚を頬張った。

 続いてニミーが体を乗り出し、そんなニミーのため、フユメが焼き魚を取り皿に分けている。

 俺も食事をはじめようとフォークらしきものを手に取るが、ここでひとつ疑問が。


「ところで、シェノはどこに?」


「あたしならここにいるけど」


 部屋の奥、機関部と操縦室を繋げる小さな入り口から、シェノが顔を出し答えた。

 煤に顔を汚した彼女は、言葉を続ける。


「ちょっとエンジンの不調で、HB274と修理中。たまに食事に混ざるから、気にしないで」


「そうか」


 ならばシェノの分を残して食べなければ、とは思うものの、いざ魚を口にすると、そのあまりの美味しさに俺は感激、シェノのことも忘れて食事に夢中になってしまった。


 肉のような舌触りの魚は、ふんわりとした甘みで口の中に君臨する。

 魚によく合った甘辛い味付けは、地球にはないスパイスがよく効いており、単純なようで奥深い美味しさを演出してくれた。

 魚の周りに置かれた甲殻類も、カニによく似た美味しさで俺の胃袋を満たしていく。


 『ステラー』にやってきてはじめての美味しい食事を、コターツに入りながら堪能できるとは、魔法修行も悪いことばかりではない。

 フユメやニミー、エルデリアも幸せそうな表情。たまに食事に混ざるシェノも、エンジンの修理時間を削りはじめた。

 皿の上があっという間に空になっても、満足な時間は続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る