第1章16話 あたしはニミーを守って、なんとか生きてきた
コターツを囲みながら、俺たちは談笑した。
どうやら『ステラー』にも映画があるようで、しかも俺とエルデリアの映画の趣味が一致。俺とエルデリアは映画談議に花を咲かせる。
映画談議をしているうち、とある映画の話が、自分たちの家族の話へと発展した。
エルデリアの両親は、故郷ではそれなりに名の知れた家系らしい。兄も『銀河連合』という組織の高官として働いているとのこと。だが、教育の一環としてエルデリアは野に放たれ、1人で生きていくことを強いられたのだとか。
野に放たれてからは、街で見つけた謎のポスターを頼りに就職、自分でもよく分からないうちに今の職に就いたらしい。今の職が何なのかは、守秘義務があるとか言って教えてくれなかった。
「で? ソラトの家族はどんな人たちなんスか?」
自分は家族のことを話したのだから、お前も家族の話をしろとばかりのエルデリア。
俺が別世界の地球出身ということはまだ教えていないが、家族の話ならば問題ないだろう。
「そうだなぁ、俺の家族は一般庶民だけど、変人でもある」
「変人?」
「ああ。いつも冷静で、エルデリアみたいに合理主義なくせに、人情を大切にする変な親だ。どうしようもない理不尽な理由で怒鳴るしな」
「なんだか面倒そうな家族ッスね」
「ホント、面倒な家族だよ。でも今は遠い場所にいる。俺、不可抗力とはいえ突然家から出て行っちゃったから、今頃は母さんも父さんも、心配してるんだろうな」
最後に見た両親の姿は、理不尽に怒鳴る姿。
そのあまりの理不尽さに呆れ果て、それから起きたことが衝撃の連続であったため、両親のことはすっかり忘れていた。
しかし、こうして両親のことを振り返ってみると、少し寂しい。
一人っ子の息子が行方不明になって、母さんと父さんもきっと寂しがっているのだろう。
いつか家に帰る日が訪れたとしたら、一体どんなことを話そうか。
「フユメさんは?」
「……私の家族ですか?」
両親への想いに耽る俺を放置して、エルデリアはフユメに話を振った。
そういえば、フユメの家族のことを俺は知らない。
フユメはしばし間を置き、おもむろに過去を語り出した。
「私の家族は、10年以上前にいなくなっちゃいました。なんだかあの頃の記憶は、あまり思い出せないんです。本当の両親がどんな人たちだったのか、よく分からなくて」
「……そうなんッスか。なんか、悪いこと聞いちゃったッスね」
「いえ、気にしないでください。私は本当の家族のことは覚えていませんが、育ての親のことは覚えています」
表情を緩ませ、コターツに体をうずめながら、フユメは話を続けた。
「マスターは、私に優しく接してくれて、特別な力の使い方まで教えてくれました。マスターには感謝の言葉と、日頃のテキトーな仕事への愚痴しかありません」
これは良い話なのか?
どうにもフユメとラグルエルの関係が俺には分からない。
フユメはラグルエルを尊敬しているのか、バカにしているのか。
いや、そういった複雑な関係はまさに家族のそれだ。やはりフユメとラグルエルは、家族なのだろう。
ラグルエルの話を終えたフユメは、最後に小さな声で語る。
「それともう1人、私の命を救ってくれた神様がいるんです。その人が誰なのか、私には分かりませんが、いつか会ってみたいなぁ」
その時のフユメは、まるで想い人に心を寄せるような、そんな表情をしていた。
顔も名前も分からぬ想い人を、フユメは待っていた。
こんなに乙女チックな顔のフユメを見たのは、これがはじめてである。
「フユも、家族を亡くしたんだ」
唐突に話に参加してきたのは、エンジンの修理を終えたばかりのシェノだった。
彼女の言葉からして、シェノの両親がすでにこの世を去っているのは明白。それはつまり、ニミーも両親を亡くしているということ。
もしニミーが起きていれば、シェノはこの話題に乗ってこなかっただろう。
だがニミーが寝息を立てる今、シェノは日頃の不満を吐き散らすように、自分の家族の話を口にするのだった。
「あたしたちのパパとママは、5年前に死んだ。ママは病気で、パパは借金取りに殺されて。パパ、ママの薬代のために借金してたんだってさ。それでもママが死んで、パパは借金取りに追われて、あたしとニミーを捨てて勝手に死んだ」
だんだんとシェノの口調は荒くなっていく。
「明日から旅行だとかパパが言い出して、なんだと思ったら、次の日の朝、あたしとニミーはメイスレーンの路地裏にいたの。わけの分からない紙切れと一緒にね。あたしは立つこともできないニミーを連れて、どうにか生き残らないと、って必死になった」
荒々しい口調とは対照的に、ニミーの頭を撫でるシェノの手つきは優しさに溢れていた。
「生きて、ニミーと一緒にパパのところに戻って、一発殴ってやる。それだけのために、あたしは盗みも殺しもやった。ボッズのボスに雇われて、牢屋代わりにグラットンを与えられて、無茶な仕事させられても、あたしはニミーを守って、なんとか生きてきた。それなのに――」
拳を握るシェノ。
もはや憎しみにも近い感情がシェノを蝕みはじめる。
「それなのに、4年ぶりに家に帰ってみれば、パパはとっくに借金取りに殺されてた。あたしとニミーを捨てて、自分はさっさと死んで、辛い人生から逃げ切ってた」
激しい怒りと憎しみがシェノの口を動かし続ける。
「そんなあたしも、ボッズの無茶なノルマのせいで借金まみれ。あいつのせいでニミーの命も危ない。チャンスがあるなら、あのクソ野郎を今すぐに殺して自由になりたいところだけど、ニミーを守るためにはそれもできない。これじゃまるであたしが……」
怒りの矛先が変わり、シェノはようやく冷静さを取り戻したらしい。
どのように声をかければ良いのか分からない俺たちを前にして、彼女はバツが悪そうに言い放った。
「なんか、ごめんね。あんたらには関係のないことだから、忘れて」
苦笑いを浮かべたシェノは、小さく手を振り自室に戻っていく。
自室に戻る最中、ふとシェノの服のポケットから一枚の紙切れが落ちた。
俺は紙切れを拾い、それをシェノに返そうとしたのだが。
「それ、パパに捨てられたときに持ってた紙切れ。意味分かんないから、捨てといて」
にべもなくそう言って、シェノは去ってしまう。
紙切れに目を通してみると、そこには謎の数字が並んでいる。確かに、わけの分からない紙切れだ。
書いてあることは不明だが、この紙切れを見ただけでも、シェノの複雑な思いは伝わる。行き場のない怒りと悲しみの跡が、紙切れにはたっぷりと残っていたのだ。
「捨てといて、と言われましてもね……」
「もしかしたら気が変わるかもしれない。これはフユメが持っててくれ」
「分かりました」
フユメは俺から受け取った紙切れを、丁寧にポケットの中にしまう。
操縦室に静寂が訪れると、エルデリアは困ったように口を開いた。
「やっぱり、人間って分からないッス。自分を捨てた両親なんて、さっさと忘れれば良いじゃないッスか。しかも、ずっと持ってた紙切れを今になって捨てるとか言い出して、でもソラトはそれを捨てないなんて。何もかもが合理的じゃないッス」
「理解する必要ないさ。エルデリアの言う通り、人間は合理性よりも感情を選んで自滅する、面倒な生き物なんだ」
「ソラトのその言葉も理解できないスけど、ま、放っておけってことッスね」
「大正解」
シェノの家族の問題は、シェノとニミーの問題だ。俺たちが干渉して良いものではない。
干渉せず、だからと言って突き放さず、今まで通りを続ける。今の俺たちにできることは、それくらいしかない。
その後、シェノが操縦室に戻ってくることはなかった。
夜も遅くなり、フユメとエルデリアは夕食の片付けを終える。
そしてエルデリアは宿に帰り、俺たちはコターツの中で眠りにつくのであった。
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