第1章11話 宇宙だぞ、おい。俺たち、宇宙にいるぞ!

 いつの間にニミーのグラットン案内も終わっていたようで、俺たちは操縦席のすぐ後ろに置かれた座席に腰を落ち着ける。

 エルデリアとHB274は客室に、ニミーはコターツの中に、シェノは操縦席に。


「さっさと出発するよ。目的地はドゥーリオ、間違いない?」


「間違いなしだ」


「シェノさん、よろしくお願いします」


「任せて」


 シェノが操縦席に座るなり、モニター類が一斉に起動。

 続いて腕を伸ばし、フロントガラスの上にあるスイッチを押したシェノ。


 次の瞬間、吹き抜ける風のようなエンジン音が轟き、微細な振動がグラットンを揺らす。

 振動が収まると、シェノはモニターをタッチ。これによりグラットンは重力の枷から解放され、宙に浮かび上がった。


 窓の外に目を向ければ、ゴミ溜めのようなメイスレーンは早くも眼下に。

 一定の高度に達し、シェノは右手でスロットルレバーを倒す一方、左手で操縦桿を引いた。

 グラットンはシェノの操作に忠実に従い、機首を上げながら加速していく。機関部から聞こえてくるエンジン音は活気付き、俺たちはGによって座席に押さえつけられた。


 わずか数十秒。グラットンはよどんだ空を突き抜け、青空と太陽の強い光に包まれる。さらに数十秒が経過すると、窓の外に広がっていた青い空は、だんだんと黒に染められていく。


「随分と高度を上げるんだな。このままだと宇宙に出そうだ」


「そりゃそうでしょ、宇宙に向かってるんだから」


「……え?」


 緊張感と不安をメイスレーンに置き去りにし、ようやく頬が緩むのを感じた俺は、シェノの言葉に固まってしまった。


「確認だ。俺たちの目的地はドゥーリオだよな?」


「惑星ドゥーリオだけど。なに? 今さら変更とかやめてよね」


「惑星……。ええと次の質問。ドゥーリオって、メイスレーンからどのくらいの距離にあるんだ?」


「だいたい1540光年ぐらい先だったはず」


「1540光年」


 光が古墳時代から平成の終わりまでの時間をかけて到着する距離。

 いきなり話が膨大に膨れ上がり、俺の頭はまたも混乱中。

 ラグルエルは『ステラー』を、文明が遥かに発展した世界と言っていたが、まさか宇宙時代にまで発展しているとは。


「フユメ、『ステラー』が宇宙規模の世界なのは、知ってたのか?」


「知っていました。むしろ、ソラトさんは今まで知らなかったんですか?」


「知らない。誰からも教わってないからな」


「そ、そうだったんですか!? 伝えるのが遅くなって、ごめんない!」


「マジかよ」


 俺の中で描かれていた『ステラー』の地図が、爆発的に広がっていく。

 世界は俺の想像の範疇に収まるほど、狭いものではなかったのだ。


 それにしても、惑星ドゥーリオとは衝撃的である。こうなると、てっきりエルイークのメイスレーンに俺たちはいるものと思っていたが、エルイークのメイスレーンに、俺たちはいたということか。


 ただし、惑星間移動となれば、子供の頃からの憧れが現実のものになるということでもある。


「これは……これは……そうだ……間違いなくこれは……」


「ソラトおにいちゃん、どうかしたの?」


「もしかして船酔い?」


「大丈夫ですか?」


「これは……夢の宇宙旅行じゃないか! うおお!」


「あわわ! ソラトさんのこんな明るい表情、はじめて見ました!」


 困惑気味のフユメなど知ったことか。

 大好きな映画は『ステラーウォーズ・サーガ』と『インタースペース』である俺が、幼少の頃からスペース・ファンタジーを妄想し続けてきた俺が、ついに宇宙に飛び出すのだ。

 幼心に芽生え、今に至るまで俺の心に根を張った夢が叶おうとしているのだ。


 興奮した気持ちを積極的に表に出す俺を、フユメとシェノは不気味がり、ハシゴを上ってきたエルデリアは不審がり、ニミーは喜びを共有してくれる。


 エルイークの地上を離れ数分。惑星と宇宙の境界はおぼろげに。

 フロントガラスから見えるのは、どこまでも続く暗闇。そこに数多ある星々は、エルイークの光に照らされ見ることはできない。


 星が見えずとも、無限に続く宇宙が俺たちを出迎えてくれているのだ。

 俺たちが悪戦苦闘していたエルイークは、もう背後に見える灰色の球体でしかない。


「宇宙だぞ、おい。俺たち、宇宙にいるぞ!」


「こうして宇宙から惑星を見るのは、私もはじめてです」


 興奮した俺の心を不気味がっていたフユメも、いざ宇宙からの景色を眺めれば、瞳を輝かせ外の景色に夢中になっている。

 遠ざかる惑星を眺め、フユメは呟いた。


「宇宙から惑星を見下ろしてみると、人間がどれだけちっぽけな存在か、あらためて痛感させられますね」


「おいおいフユメ、卑屈になるな」


「卑屈?」


「確かに俺たち人間はちっぽけな存在だ。でも、そのちっぽけな存在が、あれだけの文明を生み出し、こうして宇宙船を作り出し、それを操縦し、広大な宇宙を旅してるんだぞ。俺たちの体はちっぽけかもしれないけど、その探究心は、宇宙並みにデカいってことだ」


「……ソラトさんって、意外とロマンチストなんですね」


 少し驚嘆したような表情をするフユメ。

 俺からすると、神に命を救われ女神に育てられ、救世主の魔法修行補佐を務めるフユメの方が、よっぽどロマンに溢れているような気がするのだが。


 一方でシェノは、俺のロマンに満ちた言葉を鼻で笑った。


「宇宙なんて、先の見えない闇でしかないじゃん」


 どこか遠くに不満を吐き捨てるように、シェノはそう言って退ける。

 彼女の言葉に、俺はすぐさま言い返した。


「だからこそだろ。先が見えない世界だからこそ、新しい発見があったりする。それが――」


「うるさい」


 怒られてしまった。

 はじめての宇宙に興奮した俺は、周りから見ればウザいだけだったのだろう。

 この話題はここで終わせるべきか。


 ただし、ひとつ気になったことがある。宇宙を『先の見えない闇』とシェノが言って退けた際、俺にはむしろ、シェノ自身が先の見えない闇に見えたのだ。

 どこまでも明るいニミーとは対照的に、シェノはどこか苦痛を抱えているように見える。


 いや、人様の内心に入り込むのは失礼であり、何より面倒だ。

 やはりこの話題はここまで。


 多少ウザがられようとも、宇宙を眺めて迷惑を被る人はいないはず。俺とフユメは宇宙の景色を眺め、知らない世界に心を躍らせた。

  席を立ち、窓に張り付くそんな俺たちを見て、HB274とエルデリアは笑う。


《ガキみてえな反応しやがってんな、おい》


「二人とも、宇宙に出るのははじめてなんッスか?」


 エルデリアの言葉に、俺はつい素直にうなずく。

 すると、操縦席でモニターを操作していたシェノが、理解できないといった風の表情で俺を見つめた。


「宇宙に出るのがはじめてってことはさ、エルイークに生まれて、今までずっとエルイークに住んでたってことだよね。そうには見えないけど?」


 核心を突いた疑問。これはまずい。

 実は俺は救世主に選ばれ、魔法修行のために『ステラー』に転移したら、偶然エルイークに来てしまった、などと答えても信じてはくれないだろう。

 だからと言って、とっさの嘘は思いつかない。フユメも返答に困っている。


「おねえちゃん! グラットンがピーっていってるよ!」


 さすがはマイペースなニミー。彼女のおかげで、シェノの意識は俺たちへの疑問から、小鳥のように鳴く操縦席からの電子音に集中した。

 電子音を聞いたシェノは再びモニターの操作に移り、フロントガラスの向こうでは、グラットンから光が放たれる。

 光はグラットン前方の宇宙空間に留まると、徐々に膨らみ、球体となった。

 闇に浮かぶ光の球体は、世界の境目かのように神秘的に輝き、今にも俺たちを呑み込んでしまいそう。


「ハイパーウェイ、入るよ」


「ハイパーウェイ? なんだそれ?」


《お前さん、ホントに何も知らねえんだな》


 HB274には呆れられてしまい、シェノに至っては俺を無視。

 初見さんに厳しい人たちだ。

 親切に俺の疑問に答えてくれたのは、お人好しのエルデリアだけである。


「ワープ航法で通る道ッスよ。ああやって生成したワームホールに飛び込んで、別次元に行って、そこで通る道、それがハイパーウェイってやつッス」


 ドゥーリオまでの距離は1540光年。この距離を移動するには、ワープ航法が必須だ。

 その程度のことは理解していたので、エルデリアがワープ航法と言った時点で、俺の疑問は解消されている。


 ハイパーウェイに入るとは、つまりワープをするということらしい。

 エルデリアの丁寧な説明などお構いなしに、シェノはスロットルレバー前方にある別のレバーを握りしめていた。

 レバーが倒されると、グラットンは急加速し、視界は光の球体に覆われる。


 球体の中に突入したのだろうか、フロントガラスから見渡せる宇宙の光景は、うごめく白の波に支配されていた。

 ここはあの世なのではないか、とすら思う光景ではあるが、フユメの反応は俺とは違っている。


「高次元の波……『ステラー』の文明って、こんなに『プリムス』に近づいてたんだ……」


 予想だにしなかった場所で、見知った景色を目にしたかのような反応。やはりフユメの方がよっぽどロマンに溢れているではないか。

 ハイパーウェイに見慣れているであろうシェノは、これといった感情もなく操縦席を立ち、俺たちに伝えた。


「だいたい2時間ぐらいで到着するから、それまで好きにしてて」


「ああ、分かった」


 映画を見るにはちょうどいい時間だが、暇を持て余すには長すぎる時間。

 俺はどのように2時間を過ごそうか考える。

 そんな俺の横を通り過ぎたニミーは、シェノのもとに駆け寄ると、元気いっぱいに言った。


「おねえちゃん! コターツ! コターツうごかそうよ!」


「そうね。じゃあニミー、ちょっと工具持ってきて」


「うん!」


 性格は正反対の姉妹は、なんだかんだと、仲良く古代兵器の修理に勤しむのであった。

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