第1章10話 グラットンをみせてあげる!

 エルデリア=ハクトロと名乗った若い男は、少し話しただけで、この街では奇跡のような存在とも思える、根っからのお人好しだということが判明した。

 荷物を運ぶエルデリアとともに、シェノの待つターミナルに向かう俺たち。道中、エルデリアは俺たちを心配してくれる。


「大変だったっしょ。エルイークは人間には住みづらい場所ッスからね」


「四六時中、変な目で見られて苦痛だったよ。なんでだ? 人間が何かしたのか?」


 メイスレーンに来た当初から抱いていた疑問。街の者たちやボッズのボス、一部の運び屋は、明らかに人間を蔑視していた。それはなぜなのか。

 この疑問に答えを与えてくれたのは、宙に浮いた2メートル程度の箱を運ぶ、エルデリアの小さなドロイド『HB274』だ。


《てやんでい。そりゃ、お前さんたち人間が何もできねえからに決まってんだろ》


「何もできない?」


《肉体労働なんざ、おいらたちドロイドがやってやるのが普通のこの時代、肉体労働者なんざ需要がねえんだ。その上、他の種族と比べりゃ身体能力はこれぽっちしかねえお前さんたち人間は、はっきり言ってお荷物なんだよ》


「手厳しいな」


《それだけじゃねえ。お前さんたち人間ってのは、愛だとか執念だとかカビの生えた言葉を根拠に、地獄道を喜んで選びやがる。馬鹿だろ、人間ってヤツは》


 HB274の指摘には反論できない。だが、反論する必要があるとも思えない。人間である俺にとって、人間が馬鹿であるのは認めても、蔑視されるいわれはないように感じられた。

 ぼんやりとした不満を抱えた俺に、エルデリアは補足する。


「理屈と合理性で物事を判断するのが普通じゃないッスか。それを、古臭い陳腐な言葉でかなぐり捨てて自滅するなんて、とても文明種のすることじゃないッス。ニンゲンは劣等種なんッスよ、って考えるヤツも少なくないんッス」


 つまり、人間の感情が理解されていないどころか、そこが蔑視されているということ。

 なんとも根が深そうな話だ。実際、エルデリアも続けて言った。


「正直、ボクたちヘッカケッサも、人間の馬鹿な部分は理解できないッス。どうかしてっるッスよ、人間って。挙げ句の果てに帝國とか作るし」


 お人好しのエルデリアでさえ、俺たち人間の感情を理解できていないらしい。

 ここでフユメが話に割って入り、エルデリアに質問した。


「でもそうなると、どうしてエルデリアさんは、私とソラトさんを助けてくれたんですか? エルデリアさんの行為は、博愛に近いものだと思うのですが」


「博愛? 違うッスよ。目的地は一緒なのに、別々に行動するのは合理的じゃないッス。どうせならまとめちゃおう、って方が合理的っしょ」


 単なる合理的判断で、エルデリアは俺たちを救ってくれたという。

 しかし、エルデリアの合理的判断は、お人好しが根底にあるような気もする。


 何はともあれ、人間は他の種族から劣った種として見られている、というのは覚えておいた方がよさそうだ。


 会話をしているうち、俺たちはターミナルに到着した。

 指定された場所に向かってターミナルを歩くと、1台の乗り物が見えてくる。

 船ともヘリコプターとも、トラックとも思える、薄汚れた無骨な船体。貨物をぶら下げるであろう後方下部は開け、大型のエンジンがその上に乗っかる、想像していたよりも大きなこの航空機が、シェノの乗る『グラットン』なのだろう。


 グラットンの側では、ぬいぐるみを抱きしめた小さな女の子が、俺たちに気づくなり満面の笑みを浮かべた。


「おお~! フユメおねえちゃんとソラトおにいちゃんだ!」


 てくてくと俺たちに駆け寄り、ニミーは目を輝かせた。

 同時に、フユメも目を輝かせていた。


「ニミーちゃん、久しぶり。ミードンも久しぶりだね。元気だった?」


「うん! げんきだよ! ミードンもね、フユメおねえちゃんにあえて、よろこんでる!」


「エヘヘ、嬉しいなぁ」


 差し出されたミードンに、とろけた表情をしたフユメは顔をうずめる。


 ニミーの元気な声が聞こえたか、シェノもグラットン船内から出てきて、俺たちのもとに歩み寄ってきた。

 太ももに銃を、腰にナイフを装備したシェノは、ニミーと違って威圧感がある。


「それが荷物?」


「そうッスよ。機密性の高い荷物ッスから、丁寧に扱ってほしいッス」


「了解」


 金を払ったのはエルデリアであり、俺ではない。だからだろうか、シェノはほとんど俺に目を向けることなく、HB274とともに荷物を運び、グラットンに戻ってしまった。

 エルデリアも彼女を追ってグラットン船内へ。

 行き場をなくした俺は、フユメとニミーの会話に飛び込む。


「よおニミー、俺たちはお姉ちゃんのお客さんだ。これからしばらく世話になるぞ」


「ホント!?」


「本当だよ」


「やったー! じゃあじゃあ、フユメおねえちゃんとソラトおにいちゃんに、グラットンをみせてあげる!」


 ここまで俺たちとの出会いを喜んでくれると、むしろ俺たちの方が嬉しくなってくる。

 俺とフユメはニミーに連れられ、グラットン内に足を踏み入れた。


 グラットン船内は外見と変わらず、無骨で殺風景。配線などがむき出しになっている箇所も珍しくなく、ニミーの明るい性格とは正反対の見た目だ。


「あそこが『そーこ』でね、ここが『きゃくしつ』だよ! ニミーとおねえちゃんのおへやは、あっち!」


 ざっくりとした解説は、全てがニミーのペースで進められている。

 『倉庫』や『客室』を確認する間もなく、ニミーはハシゴを上っていってしまった。

 置いていかれまいと、俺たちもニミーを追ってハシゴを上る。


「ここが『そーじゅーしつ』! ひろいでしょー!」


 ハシゴを上った先にあった、グラットンの『操縦室』。

 操縦室とはいうが、ニミーが両腕を大きく広げて紹介した通り、広い部屋だ。

 一八〇度を見渡せるフロントガラスに向かって並ぶ2つの席の前には、スイッチ類やモニター類が敷き詰められ、また半円型の操縦桿が置かれている。席の間にあるのは、スロットルレバーか何かだろう。


 これだけであれば、よく見るコックピット。

 だが2つの席の後方には、アパートの1部屋程度の空間が広がっていた。

 何らかの機械やモニター、いくつかの座席が置かれたその空間の中央には、布団に覆われた四角いテーブルが。


「これって、まさかコタツじゃ?」


 不意に現れた、見知った存在。未だ全貌の掴めぬこの世界で、フユメの次に現れた日本的要素は、まさかのコタツであった。

 どうしてコタツが、などと思考を巡らせていると、ハシゴを上ってきたシェノが言い放つ。


「あんた、人類をダメにする古代兵器コターツのこと、知ってるの?」


 知っている、とは答えにくい。コタツは知っているが、古代兵器コターツは知らない。

 少しでも新情報がないかとフユメに視線を向けるも、彼女は首をかしげたまま。

 どう答えて良いか分からず黙っていると、シェノは構わず続ける。


「いつかの仕事で見つけたんだけどさ、使い方がよく分からなくて、とりあえずテーブルとして使ってるんだよね。兵器のくせにテーブルとして使いやすいなんて、変な話でしょ」


 いや、それは兵器ではなく、暖かいテーブルだ。シェノは間違っていない。

 どこの時点で、コタツが古代兵器コターツとして認識されたのかは不明だ。しかし、コターツはコターツ。使い方は俺の知っているコタツと同じはず。


 布団を捲り上げ、テーブルの下を覗いてみる。すると、やはりコンセントへの差し込みプラグを発見。

 次はコンセントだが、あいにくこの世界でコンセント類を見たことがない。


「なあシェノ、発電機ってあるのか?」


「もちろん。機関部にあるけど」


「よし、じゃあなんとかして、ここに電気を送れ。そうすりゃ、コターツが使えるようになる」


「ふ~ん、分かった。あとでなんとかしてみる」


 もう俺にできることは何もない。あとはシェノに任せるだけだ。

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