第1章9話 俺たちはどこかに運んでいってくれ
白のフードをかぶった、杖をつく長身の男が、数人の部下を連れ店に入ってきた。
「やあボッズ。今日もイライラしているようだな。ギャングのボスなら、もう少し落ち着いたらどうだ。長男が死んだストレスか?」
長身の男が発する低音を、ボッズと呼ばれた男は鼻で笑う。
「ヒュージーン? フン、相も変わらねえ怪しいツラしやがって。俺様の店に何の用だ?」
「なに、同じギャングのボスとして、親交を温めようと思ったまで。邪魔なら帰るぞ」
「こっち来い。ヒュージーンには聞いておきてえことがある。さっきお前が言った、俺の長男坊についてだ。おいてめえら、ついてこい」
「了解! ボス!」
「それとそこの女、良い体してるな。気に入った。今日はお前が俺のおもちゃだ、感謝しろ」
怪しい人物の登場、ギャングのボスという恐ろしい言葉、そして美しい女性とともに店の奥に消えていってしまった男たち。
そういえば、あの4本足の男はボッズのボスと呼ばれていた。
あの男がロクでもない男だとすれば、納得ではある。
ギャングのボスたちが消えると、店の中はざわめいた。
「やば。エルイーク三大ギャングの2人が対面だぞ」
「それもそうだが、俺はシェノの方がヤバイと思うぜ。あいつ、いつか妹を殺されるんじゃないか?」
「んなこと、自業自得だろ」
騒然とした店内で声をひそめる客たち。彼らは少女のことをシェノと呼んだ。まさか俺たちが探し求めているシェノとは、ニミーのお姉ちゃんだったというのか。
「あの、すみません」
「うん? あ! あんたらこの前の」
「運び屋のシェノさん、ですか?」
「運び屋っていうより何でも屋だけど、そう。私がシェノ。シェノ=ハル」
なんという巡り合い、なんという幸運。ついに俺たちにも救いの手が差し伸べられたようだ。
金に困り、ボッズに目をつけられ、俺たちにニミーの命を救われた恩があるシェノならば、依頼を引き受けてくれるかもしれない。
大きな期待を抱き、俺はすぐさまシェノに依頼する。
「聞いてくれ。俺たちはとっととこの街を出たい。だけど、この街を出る手段がない。だからお願いだ。俺たちをどこかに運んでいってくれ」
「目的地は?」
「特に指定はないが……」
想定していなかった質問に悩む俺。
フユメは小声で俺に聞いた。
「ソラトさん、水魔法と氷魔法を覚えたいって言ってましたよね?」
「ああ」
俺の答えを聞くと、フユメはまっすぐとシェノを見つめる。その真面目な瞳に、シェノは思わず首をかしげた。
「なに」
「変なことを伺いますが、豪雨が降り注ぎ波は大荒れ、しかも氷に閉ざされた極寒の地を、知っていますか?」
確かに変なことを伺っている。
そんな極限の地、あるとは思えない。そもそも、氷に閉ざされながら波が大荒れ、とはどういうことか。
おかしな質問に、シェノはなんと答えるのか。
「そうねぇ……ドゥーリオなんか、まさにそんな感じだけど」
あった。そんな極限の地があった。
「では、お願いします! ドゥーリオに連れていってください!」
「あんな場所に? あんたら、よっぽど訳ありでしょ」
苦笑するシェノに反論できない俺たち。するとシェノの好奇心が刺激されたのか、彼女は割れたテーブルに体を乗り出し質問してきた。
「もしかしてだけど、あんたら旅でもする気?」
「まあ、そんなところだ」
「じゃあさ、ドゥーリオに連れていくだけじゃなくて、旅の足になってあげようか?」
「本当か!? できればそうしてくれると助かる!」
「で、いくら払ってくれるの?」
この質問を俺たちは恐れていた。ここで失敗すれば、全て終わりだ。
だが俺たちはニミーを救った実績がある。はした金でも依頼を引き受けてくれる可能性はある。
恐れと緊張を払いのけ、俺は全財産を割れたテーブルにぶちまけた。
「どうだ、これで全部だ」
軽く詫びしい音を立てた俺たちの全財産。
シェノは真顔に戻る。
「帰れ」
「ちょっと待て! 俺たちはニミーを救って――」
「そのニミーを救うために、あたしは金が必要なの。こんなはした金で時間を潰してる暇はないの」
「だけど、俺たちは――」
「帰れ」
こうなることを予測していなかったわけではなかった。というよりも、こうなると思っていた。
シェノが依頼を引き受けてくれる可能性は、今までより高かったのだが、ごくわずかな可能性であることに変わりはなかったのだ。
俺たちはわずかな希望を過大に見積もり、勝手な期待を抱いていただけなのだ。
しかし、シェノにまで依頼を断られると、いよいよ俺たちの精神的ダメージは大きい。
意気消沈し、帰れと言われてもその場から動けない俺たち。
すると、大きなケースが重厚な音を立て、割れたテーブルの上に置かれた。
「仕事を頼みたいんッスけど、良いッスか?」
立派な触角を垂らす、青い肌の若い男が、そう言ってケースを開く。
ケースの中身は、積み木のように並べられた札束の山。
「どんな仕事?」
明らかに俺たちの時とは違う食いつき方で、シェノは若い男に聞いた。
若い男は周辺を確認し、声をひそめる。
「ちょっとした荷物と一緒に、ボクをドゥーリオに連れていってくれる人を探してたんッス。そしたら、3人の話が聞こえてきたんッスよ。どうッスか? 俺も混ぜてくれないッスか?」
「そこの金欠2人の依頼はお断りだけど、あんたの依頼は引き受ける」
「金欠? お断り? なるほど、そういうことッスか。なら、ボクが2人の分も払うッス! ちょうど目的地も一緒なんだから、良いッスよね?」
幸運に次いだ幸運。きっとこれを逃せば、新たなチャンスは訪れない。
若い男が何者なのかは分からない。彼が何を考えているのかも分からないし、何も考えていないのかもしれない。
だが、俺の
「頼む! 俺たちを連れていってくれ! いや、ください!」
「感謝します! そのご厚意に、甘えさせてもらいます!」
「ほらほら、2人もこう言ってんスよ?」
「……分かった。こんだけ払ってくれる客の言ってること、
「おお! ありがとう! 本当にありがとう!」
やっとだ。やっと俺たちは、メイスレーンから抜け出すことができるのだ。やっと、まともな魔法修行を開始することができるのだ。
シェノとの再会と、偶然現れた気前の良すぎる若い男には、どんな感謝の言葉を尽くしても足りないだろう。
俺とフユメは、喜びと感謝で絶望を忘れ去り、無意識に抱きついてしまっていた。
「あ! すみませんソラトさん!」
「いや……こちらこそ……」
ふとした冷静さが、抱き合う自分の姿を映し出し、俺とフユメは一瞬で距離を取る。
かける言葉が見つからず、おかしな空気に戸惑う俺たち。
そんなことは気にせず、シェノと若い男は会話を続けていた。
「すぐに出発できるけど、いつ出発する?」
「すぐでお願いッス。荷物は俺が運んでいくッス」
「了解。じゃあ、これがあたしたちの船『グラットン』がある場所だから。準備ができたらここに来て」
若い男に地図を渡したシェノは、金の入ったケースを持ち店を出て行く。
残された俺たちは、とりあえず若い男と行動をともにすることにした。
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