第1章8話 シェノって運び屋が依頼を引き受けてくれるかもしらん

 おじさんたちの掃除・・を終え、ため息をついた少女。

 彼女が本当に、ニミーのお姉ちゃんだというのか。

 それを確認するためにも、フユメはおそるおそる口を開く。


「あ、あの……」


「見ない顔だけど、あんたらはどこのどいつ? ボッズの手下? ヒュージーンのスパイ?」


「私たちはただ――」


「こっちの質問に答えて」


 警戒感の強い少女は俺の首元にナイフを当て、銃をフユメに向けた。

 これは困った状況。この状況を打破してくれたのは、無邪気なニミーである。


「おねえちゃん、そのひとはソラトおにいちゃんだよ! で、そのひとはフユメおねえちゃん! あのね、いっしょにおねえちゃんをさがしてくれたの!」


「あたしを探してた?」


「うん! おかしもくれたの! とってもやさしいおにいちゃんとおねえちゃんだよ!」


「はぁ……ニミーを探してたのはあたしの方なんだけど……」


 相も変わらず俺に怪訝けげんな目つきを向けながら、少女はナイフと銃をしまい、ニミーとの話を続けた。


「あのさニミー、何度も言ってるでしょ。あたしに黙って勝手に家を出ないで。ニミーは悪い人に狙われちゃってるんだから」


「……ごめんなさい」


「分かれば良いの。ほら、行くよ」


「うん!」


 手を繋ぎ、闇市場の方角に歩き出す少女とニミー。

 少女は俺たちからもニミーを守りながら、俺とフユメの前を通り過ぎる際、ぶっきらぼうに言う。


「ニミーの暇つぶしに付き合ってくれて、ありがとう」


 たったそれだけ言って、少女はニミーを連れ人混みに紛れてしまった。


 いざニミーがいなくなると、静かなものである。

 路地裏に残された俺とフユメは、あっけなく訪れた静寂を受け入れるしかなかった。


「良かったですね、ニミーちゃん。無事にお姉さんが見つかって」


「そうだな。あんなヤバイのがお姉ちゃんなら、チンピラに襲われても大丈夫だろうし」


「でも、ちょっと寂しいですね」


「寂しい? お姉さんごっこができなくなったからか? それとも、ぬいぐるみのミードンと別れなきゃならないからか?」


「どっちもですよ。それに、お姉さんごっこというよりは……家族ごっこ……」


「なんでも良いけど、面倒事は終わったんだ。さっさとメイスレーンから脱出して、魔法修行をはじめよう」


「はい。……うん? あ」


「どうした?」


「今さらですけど、魔法使用許可が下りました」


「遅い!」


「マスターに文句言っておきますね」


「キツめの頼んだぞ」


 ニミーのお姉ちゃん探しというイベント・・・・は終わった。

 今度こそ俺たちは、この危険な街から抜け出すため、街を歩くのだ。


    *


 俺とフユメはなんとか宿を見つけ、命を繋いだ。


 翌日から、いよいよエルイークを抜け出すための行動を開始する。


 フユメの調べによると、このエルイークという場所はギャングに支配された地で、『公共』と名のついたものは存在しないらしい。

 つまり、この地を去る方法は己の努力次第なのだとか。

 努力というのは、簡単に説明すれば金である。

 俺たちがエルイークを去るためには、街の至る所で仕事を待っている運び屋に金を払うしかないのだ。


 だが問題がある。肝心の金がないのだ。


「あの、どうにかお願いできないでしょうか?」


「ムリだね、ムリムリ。こんな金じゃ、燃料費の無駄にしかならんよ。別のヤツを頼れ」


「じゃあせめて、私たちの依頼を引き受けてくれそうな方を紹介してくれませんか?」


「いないよ、そんな物好き。ほら、帰った帰った」


 これで依頼を断られたのは、3日連続29回目。

 まずこれだけの運び屋がいることが驚きだが、その全てに同じ回答を突きつけられるのも驚きである。

 どの運び屋も、口を揃えて『金が足りない』と言うのだ。

 フユメが稼いだ小銭と、ニミーを襲ったおじさんたちから頂戴した・・・・だけの金で喜ぶ運び屋は、どこにいないのである。


 中には、人間である俺たちを蔑視し茶化すだけの運び屋もいた。

 最初は肩を落とし、絶望に叩き落とされた俺たちだったが、こう何度も同じ絶望を味わえば、もはや感情らしい感情は湧き出てこない。

 心に浮かぶのは『次の運び屋を探そう』という淡白なものだ。


 ただし、29回目にしてはじめて、新しい台詞が運び屋から飛び出す。


「お前ら、ちょっと待て」


 俺たちの依頼を断ったばかりの運び屋が、謎の肉を食べながら俺たちを呼び止めた。

 何か新情報がないかと俺たちが立ち止まると、運び屋は続ける。


「もしかしたらよ、シェノって運び屋が依頼を引き受けてくれるかもしらん。あいつ、随分と金に困ってるみたいだからな」


「そのシェノさんは、一体どこに?」


「あそこに尖った屋根のバーがあるだろ。趣味の悪い女の飾りがついたヤツ。だいたいあそこで仕事を引き受けてる」


「分かりました。ありがとうございます!」


 運び屋に頭を下げるフユメ。俺も彼女に合わせ、運び屋に会釈する。


 店を出て、運び屋に教えられたバーに向かうと、そこには裸の女たちが絡み合うアーチという、確かに趣味の悪い飾りが置かれていた。

 頼れるものはなんでも頼りたい俺たちは、そんな飾りなど気にせずバーに入り込む。


 バーの中は、入り口の飾りと比べれば落ち着いた、ぱっと見は普通の店。

 ところが客たちが普通ではない。どいつもこいつも武器をぶら下げ、異性をひっかけ、誰から金を巻き上げたの、誰を殺しただのと語りながら下卑た笑みを浮かべている。


「どの方がシェノさんでしょうか……」


「大声で呼んでみるか?」


 言っておくが、俺はもうずっと自棄やけになっているのだ。捨てるものがなくなった人間は、怪しいヤツらが集まる店で大声を出すことだってできてしまう。


「なんだこの稼ぎは!」


 俺が大声を出す前に、別の男の大声が店に響き渡った。

 声の主は、でっぷりと肥え太った毛深い体を4本の足で支える、複数の部下を従えた、店の奥で偉そうにふんぞり返る男だ。

 その男の声が響き渡った途端、店の中にいた屈強な男たちや女たちが、一斉に冷や汗を垂らし、静まり返る。

 

 ただ1人、堂々と男に言葉を返したのは、男に怒鳴られた少女。


「十分に稼いでると思うけど? あんたのノルマが厳しすぎるだけでしょ」


 にべもなく男に言い返した少女を、俺たちは知っていた。彼女はニミーのお姉ちゃんである。

 まさかの再会ではあったが、今はそれどころではない。


「ああん? ニンゲンってのは賢い選択もできなければ、礼儀も知らねえのか? あんまりナメた態度取ってると、てめえの可愛い妹が泣くことになるぞ」


「やってみれば。この前、ニミーを襲ったあんたの部下、ニミーが泣く前に死んだけどね」


「目の前の金に目がくらんだバカどもなんざ倒して、悦に入るな。そうだろ、バゾ」


 油肉を持ち上げニタリと笑った男の隣で、筋肉とトンカチがそのまま服を着たような大男が、ゆっくりと頷いた。

 これには少女も黙り込んでしまう。


「バゾの腕なら、てめえの妹なんざ一捻りだ。『お姉ちゃん、助けて~』と泣き叫びながら死んでいく妹を、てめえは見たいのか? 俺様は見たいがな」


「……ノルマ通り稼げば良いんでしょ、稼げば」


「ああ、良い子だ。それが俺様たち文明種の賢い選択ってヤツだ。蛮族のニンゲンがこの街でうまくやっていきたければ、俺様に従順になれ。そして、そのまま自分が道具だってことも理解しろ。もし次また舐めた態度取りやがったら、娼館に放り込むぞ」


 人間への侮蔑を隠すことなく、男はそう吐き捨て少女の前から去っていった。

 男の去り際、男によく似た小男が、少女の尻を掴み彼女の耳元で囁く。


「お前さ、娼館に放り込まれた方が借金返せるんじゃねえの? その体、利用しないのは損だと思うぜ」


「体を利用しろ? こう?」


 少女は尻を掴んだ小男の腕を払い、彼の顔面に殴打を決め込む。さらに首根っこを掴み、小男を近くのテーブルに叩きつけた。

 割れるテーブル、割れるカップ、飛び散る飲み物。


「クソッ! パパ、またこの女が楯突いたぞ!」


「てめえ、本当に懲りないヤツだな」


 ニタリと笑ったまま、大男に指示を出す男。

 大男は待っていましたと言わんばかりに拳を握る。

 これは血を見ることになるかもしれない、と俺たちは思ったのだが、とある人物の登場で、店内の雰囲気は大きく変わった。

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