第1章7話 おお〜! おねえちゃん、やっぱりつよ〜い!

 目的の人物をなかなか見つけ出せず、俺とフユメの口からため息が。

 現状、俺たちはただ闇市場を歩き、ほんの少しだけ闇市場の地理に詳しくなっただけである。

 

 一方で肝心のニミーは、フユメと手を繋ぎながら、ある店の前で足を止めた。


「みてみて! おかしがいっぱいあるよ!」


 子供にとっては夢の世界を前に、ニミーは飛び跳ねている。

 彼女の指さした先を見てみると、確かにそこはお菓子屋さんだ。しかも、闇市場の端っこにあるにしては、随分とまともそうな店。


 キラキラと輝くニミーの大きな瞳が、俺をジッと見つめている。

 小さく柔らかいニミーの手が、フユメの繋いだ手をぎゅっと握る。


 ニミーの望みは分かっている。とはいえ、俺たちはお菓子を買う金もない。

 金はない、と思っていた。ところがフユメはニミーを連れ、お菓子屋さんに入っていった。


「ニミーちゃん、どのお菓子が良い? あ、買ってあげるのは1個だけだからね、本当に欲しいお菓子を選んでね」


「うん、わかった! ええとね……これ!」


「よおし、それで決まりだね。じゃあ店員さん、これをひとつ」


 フユメは当たり前のように金を払い、ニミーにお菓子を与える。

 あの金はどこから用意したものなのだろう。


「わーい! フユメおねえちゃん、ありがとう!」


「どういたしまして」


「なあフユメ、あの金はどこから?」


「すみません、伝え忘れてました。さっき、地図を探すついでに見つけた質屋さんで、ジャケットと『プリムス』の品をいくつか売ってきたんです。まあまあの額になりましたよ」


「いつの間に」


 見知らぬ土地でいきなり金を稼いでくるという抜群の行動力を見せたフユメに、俺は驚きっぱなしだ。

 よく考えれば、俺はフユメにお世話になってばかり。これ、いつかお返しをしなければならないパターンではないだろうか。


 いや、お返しをするのはまだ先の話。今はニミーのお姉ちゃんを見つけるのが先決だ。


「ニミーちゃんのお姉さん、見つかりませんね」


「ああ。もしかしたら、闇市場にはいないんじゃないか?」


「そうかもしれませんけど、ニミーちゃんのお姉さんがニミーちゃんを探しに闇市場に来ていたら、すれ違いになってしまいます」


「……あのさ、もしかしての話なんだけど」


「なんですか?」


「まさかニミー、お姉ちゃんに捨てられたんじゃ……」


 決して裕福とは言えない街だ。ここは闇市場だ。その可能性だってあり得る。

 けれでもフユメは、俺の最悪の考えを一蹴した。


「ソラトさん、いくら面倒だからって諦めるのはなしですよ。だいたい、闇市場なら妹を捨てるよりも売ることを考えます。でも、ニミーちゃんは売られたわけではないんですよ」


 的確な推測。まったくどうして、フユメはこうも冷静で、冷酷な考え方ができるのか。


 フユメの隣では、お菓子を食べるニミーがぬいぐるみのミードンを抱きしめ、お姉ちゃんを探そうと街を見渡している。

 確かに、諦めるにはまだ早すぎるだろう。


「変なこと言ったな、忘れてくれ。ほら、お姉ちゃん探しを再開しよう」


「ええ。ニミーちゃん、行こうか」


「うん!」


 泣き言も言わず、寂しそうな表情すらも見せないニミーは、お散歩のついでと言わんばかりにお姉ちゃんを探そうとしている。

 そんなニミーの底なしの明るさに疲れも癒され、俺たちは再び闇市場を歩き出した。

 歩き出そうとしたのだが。


「いたぞ! ハル姉妹の妹の方だ!」


「とっ捕まえろ! これで俺たちも大金持ちだぜ!」


「ボッズの親分への言い訳も考えておけよ」


 ニミーに指をさし、汚い笑みを浮かべて大喜びする5人の男。

 触角を生やしたヤツ、頭の大きなヤツ、鱗に覆われたヤツなど、種族は多種多様だが、全員がチンピラであるのは一目瞭然だ。

 しかも、またボッズである。ボッズがどこの誰かは知らないが、ロクでもないヤツなのは確かだろう。


 またも訪れた危機的状況。けれども笑顔のニミー。


「おお~! いつものおじさんたちだ!」


「し、知り合いなのか!?」


「えっとね、ニミーをつかまえてね、おかねもちになるって、いつもニミーとおいかけっこしてくれるおじさん!」


「逃げるぞ!!」


 この小さな女の子は、一体どんな人生を過ごしてきたのか。

 世紀末臭溢れるおじさんたち・・・・・・から逃れるため、俺はニミーを担ぎ走った。


「フユメ! 俺はまだ魔法を使える状況か!?」


「時間的に考えると、もう一度魔法使用許可申請を出す必要があります!」


「面倒くさい!」


 制約ばかりに縛られ、まともに魔法を使うこともできない。ラグルエルに文句のひとつでも言ってやりたい気分だ。


 ただし、文句を言うのはこの状況を切り抜けてから。俺はすぐに叫ぶ。


「ラーヴ・ヴェッセル!」


 叫んだところで、単に魔法使用許可申請を出しただけというのが悲しい。

 いくら小さな体とはいえ、5歳程度の女の子を担いで走るのは限界がある。

 不幸なことに、おじさんたちの身体能力は人間よりも高い。

 人混みとガラクタを味方にしたところで、俺たちとおじさんたちの距離は徐々に詰められていくばかり。


「魔法使用許可はまだか!?」


「まだです!」


 まったく、ラグルエルは何をしているんだ。

 このままだと、『ムーヴ』どころか小さな女の子すら救えない。


 俺は神様頼りを止め、すぐ近くの路地に入った。この判断が俺たちを追い詰めた。


「ソラトさん! 行き止まりです!」


「マジかよ……」


「みてみて! おじさんたちもきた!」


「ああ……もう……!」


 のんきにお菓子を食べているニミーを地面に置き、俺はおじさんたちを正面に見据える。

 こうなれば自棄やけだ。魔法使用許可が下りるまで、時間を稼ぐしかない。


「おいあんちゃん、てめえが誰かは知らねえが、大人しくその子を渡してくれりゃ、てめえとそこの女の命は救ってやるぜ」


 俺たちに追いついたおじさんたちの1人が、銃口を俺に向け脅しをかけてくる。

 だが、どうせ撃たれたところで、こっちには治癒・蘇生魔法持ちのフユメがいるのだ。

 脅しに屈する必要はない。


「ニミーを先に見つけたのは俺たちだ。どうしてもニミーを渡せっていうなら、分け前ぐらいはあるんだよな?」


「はあ? てめえ、自分の立場が分かってんのか? ああ?」


「その言葉、そのまま返す」


「ニンゲンごときが、イキってんのか? ぶっ殺すぞ!」


「殺してみろよ! 俺が死んだ途端、ニミーも死ぬからな!」


「ハッ! そりゃ好都合だ! 俺たちは別に、そのガキが死体でも構わねえんだぜ!」


「え?」


 まずい、完全に読み違えた。

 てっきり、おじさんたちはニミーを人質に金を稼ごうとしているものだと思っていた。

 まさか小さな女の子を殺しても構わない、というほどのクズだったとは。フユメから魔法使用許可の通達は来ていないが、このおじさんたち、一発殴っておこう。


 俺は感情に従い、拳を握り、踏み込む。

 まさにその時であった。


「やっと見つけた」


 おじさんたちの背後に現れた、背の高いショートヘアの少女。彼女の右手には銃が、左手には青白い稲妻を纏ったナイフが握られている。


「てめえ……ハル姉妹の……!」


「妹を探すの、手伝ってくれてありがとね」


「クソッ! あいつを――」


 指示を出しきる前に、生命を失った体が鈍い音を立て地面に倒れこむ。おじさんの1人が、レーザーによって眉間を撃ち抜かれたのだ。


 仲間を失い顔を真っ赤にしたおじさんたちは、しかしすぐに仲間のもとへ去っていくこととなる。


 少女は一瞬でおじさんたちとの間合いを詰め、1人の首元をナイフで突き刺し、同時にもう1人の頭に銃を撃った。

 続けて少女に銃口を向けた1人が、少女の回し蹴りによって地面に倒れる。その間、少女は別の1人を銃撃。

 最後に少女は、回し蹴りによって地面に倒れていた男の胸にナイフを突き刺す。


 まるで突風が吹き荒れ、ちり紙が飛び散るかのよう。ショートヘアの少女によって、おじさんたちはあっさりと全滅してしまった。


 おじさんたちを片付けた少女は、俺の目の前でナイフの血を払う。


 命が吹き飛ぶ凄惨な光景に似合わぬ美しさ、そして凛とした雰囲気をまとったその少女は、どこかニミーに似た目元で俺たちを睨みつけていた。


「おお~! おねえちゃん、やっぱりつよーい!」


 いささか小さな女の子が目にするには刺激的すぎる光景をよそに、ニミーの意識は少女と出会えた喜びに満ちている。


 お姉ちゃん? この、おじさんたちを一瞬で地獄送りにした少女が、ニミーのお姉ちゃん?

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