第1章6話 おねえちゃんがどこにいるか、しってる?
図鑑に書かれた魔物たちは、いつかは俺が倒さなければならない相手。どのような魔法を覚えれば彼らを撃破できるのか、などと考え出した時である。
ふと視線を上げると、そこにはフユメが立っていた。
「おいフユメ、建物探索は終わったのか?」
「ソ、ソラトさん!?」
声を裏返らせ数歩退くフユメ。
何をそんなに驚いているのかと思っていると、彼女は俺から視線を外し、どこか別の場所を眺める。
「いえ、実は……その……市場に行きましょう! 市場なら物の値段の相場も分かりますし、情報通がいるかもしれませんし」
「オッケー、そうしよう」
「あ! そうだ! ちょっと待っててください! 忘れ物しました!」
いくらか
なんともひたむきで頑張り屋さんな彼女が帰ってくるのを待ちながら、俺も少しは救世主らしくなろうと、魔物図鑑をじっくり読み込む。
数分して、フユメが帰ってきた。俺はベンチを立ち、出発の準備を終わらせる。
フユメは俺の前にやってくるなり、自分の手柄を自慢した。
「私たちがいる街の名前が分かりました。この街、『エルイーク』という場所にある『メイスレーン』って名前の街だそうです。見てください、街の地図も発見しました。簡単なガイドも付いてますから、これで街を抜ける方法が見つかるかもしれません」
「さすがフユメ。じゃ、市場に行くか」
「え? あ、はい。市場の場所は……こっちです」
巨大な建物を後にし、ホログラム状の地図を頼りに街を歩く。
人混みとガラクタをかき分け市場に向かう俺たちは、まるで観光客だ。
だが、ここメイスレーンを観光で訪れる者など、そうそういないのだろう。地図を片手に街を歩いているだけで、好奇の目にさらされる。
周りから好奇の目を向けられる理由は、きっとそれだけではない。俺たちは人間という理由だけで、物珍しい存在なのだろう。
思えば、街で見かけた人間は、あのチンピラに暴行されていた男のみ。もしかすると、この街では人間というだけで特別な存在なのかもしれない。
さて、メイスレーンの市街地を歩くこと十数分。俺たちは市場に到着した。
市場に並ぶのは、ボロボロの布切れやトタンのような素材で組み立てられた、簡素かつ質素な、モノクロの露天たち。
露店には、ガラクタや機械類、食べ物類、怪しい液体、挙げ句の果てには銃器類など、平穏無事な高校生活を送っていれば決して見ることのなかったモノが溢れている。
商品が商品なら、店員も店員。店員が店員なら、客も客。
そこかしこで密売のような商談が進み、あるいはガラの悪そうな客と殺し屋のような店員が睨み合っていた。
活気というよりは殺気に包まれた市場は、観光客どころか堅気の人間が来る場所ではない。
こんな場所に来て、フユメは何をしようというのか。
目的も分からず、空を飛ぶ航空機を眺めながら市場を歩いていると、ふと俺の足に何かがぶつかる。
「うわ!」
俺の足にぶつかった何かは、甲高い声でそう叫んだ。
視線を下げてみると、そこには長い髪を可愛らしい髪留めでまとめた、人間の小さな女の子が、ぬいぐるみを片手に地面に尻もちをついている。
「ああ! ごめんごめん! 大丈夫?」
「だいじょーぶ! ニミー、ケガしてないもん! ほら、ミードンもケガしてない!」
女の子は地面に座ったままぬいぐるみを俺に見せ、屈託なく笑う。
同時にフユメが目を輝かせ、女の子に話しかけた。
「かわいい! ねえねえ、このぬいぐるみさんのお名前は?」
「ミードンだよ! ニャアヤのミードン!」
「そっか、ミードンか。よろしくね」
白ネコのようなぬいぐるみの前足を掴み、フユメはミードンと握手する。
ミードンと握手するフユメは、まるで夢でも叶ったかのように幸せそうな表情をしていた。
幸せそうな表情などしている場合なのだろうか。ここは殺伐とした闇の市場。どのような思考を巡らせたところで、ニコニコと笑う小さな女の子が、ぬいぐるみ片手にお散歩するような場所ではない。
しかも、女の子は人間だ。人間というだけで好奇の目にさらされるこの街で、女の子が1人で歩き回るのは、数多の肉食動物がよだれを垂らす檻に子羊を放り込むようなもの。女の子がこうして元気に笑っていられるだけでも奇跡である。
そんな俺の心配をよそに、女の子は元気よく立ち上がり、俺たちに言った。
「ねえねえ、おねえちゃんがどこにいるか、しってる?」
さすがに女の子1人で闇の市場をお散歩、というわけではなかったらしい。
さしずめ、どこかでお姉ちゃんと別れてしまい迷子になった、というところだろう。迷子になったにしては満面の笑みを浮かべているが。
まさか迷子の女の子を危険地帯に放っておくわけにもいかない。とんだ面倒事が舞い込んできたものである。
面倒事を前にげんなりする俺とは対照的に、フユメは女の子の質問に答えた。
「お姉さんの居場所は知らないかな? お姉さんとはどこで別れちゃったの?」
「ううん……わかんない!」
「そっか。じゃあ、私たちがお姉さんを探してあげる」
「ほんと?」
「うん、本当だよ。ソラトさん、良いですよね?」
「できれば面倒なことは――」
「良いですよね?」
「……仕方ない。手伝うよ」
「おお! やったー!」
「私の名前はフユメだよ。こっちはソラトさん。君のお名前は?」
「ニミー! この子はミードンだよ!」
「じゃあニミーちゃん、ニミーちゃんのお姉さんの特徴を教えてくれる?」
「ええとね、コワい! つよい! やさしい! あと、どーぐをつかうのがとくい!」
あまりに漠然とした返答が俺とフユメを困らせる。
しかし、きっとニミーにとっては、その答えがお姉ちゃんの特徴の全てなのだろう。
たった今、魔法修行よりも厳しいミッションがはじまってしまったのだ。
「どうしますか?」
「ニミーを連れて街を歩き回るしかないだろ。偶然お姉ちゃんが見つかるかもしれないし、ニミーが何か思い出すかもしれないし」
「そうですね」
こうなれば、面倒だがベテラン刑事よろしく靴底を減らすしかない。
俺とフユメはニミーを連れ、まずは闇市場を歩き回ることにした。
あらゆる露店をのぞき、人間の女性がいないかを確認する。それが冷やかしにやってきた客と思われたのか、店員から怒鳴られてしまうこともあった。
それでもめげずに、ニミーのため、俺たちはお姉ちゃんらしき人物を探し回る。
露店にいなければ道を歩いてはいないだろうか。道にいなければ路地裏はどうか。まさか空を飛ぶ乗り物に乗ってはいないだろうか。
あらゆる可能性を考え、あらゆる場所に目を向ける。
それにしても、こうして闇市場で小さな女の子を連れていると、注意するべきことが多い。
闇市場というだけあって、周辺はあまり子供に見せられないようなモノばかり。銃器類の店の前を通るだけでもどうかと思うのだから、売春宿風の店の前を通るときは早歩きだ。
また、人間の観光客というだけでも珍しいのに、人間の子連れとなったら、これはもう珍獣の生態を見るようなものだ。街の人々からの視線も、今までより強く感じる。
加えて、ニミーのお姉ちゃんを探すため市場の隅々に視線を向けているが、これも気をつけなければならない。チンピラというのは厄介なもので、彼らは他人の視線に難癖をつけるものだからだ。
つまり、チンピラらしき人物と目を合わせないようにしながら、細心の注意を払って市場を見渡さなければならないのである。
こうした注意が功を奏したか、チンピラに絡まれるようなことはなかった。
だが、ニミーのお姉ちゃんらしき人物が見つかることもなかった。
「お姉ちゃんどころか、人間すらいないぞ」
「ニミーちゃん、お姉さんがどこにいるのか、やっぱり分からないかな?」
「おねえちゃん、いろんなとこでおしごとしてるの! だから、どこにいるかわかんない!」
「はぁ……面倒なお姉ちゃんだ……ん?」
どこからともなく、腹の底までを揺らすような低音が響き渡った。
これはおそらく爆発音。しかも、複数の爆発音。
「なんなんだよこの街、紛争地帯なのか?」
「ふんそーちたい? ちがうよ! めいすれーんだよ! ドカーンっておとは、いつもきこえるよ!」
「それを紛争地帯と言うんじゃ……」
メイスレーンの危険度は、一般人脱出から数時間しか経っていない俺には厳しそうだ。
下手すると、ニミーの方が危険な街で生き抜ける可能性が高い。
自分の命のためにも、ニミーを早いところお姉ちゃんに返して、俺たちはメイスレーンを脱出すべきだろう。
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