第1章5話 あんなの、俺の望んだ魔法修行じゃないぞ!

「ソラトさん、ごめんなさい!」


 突然の謝罪を口にしたフユメは、俺を盾にレーザー攻撃をやり過ごす。

 当然だが、盾にされた俺は盾の役目を全う、大量のレーザーを受け死んだ。


 すぐにフユメの蘇生魔法で蘇った俺は、今度ばかりはフユメに抗議する。


「いくら蘇生し放題だからって、盾にすることはないだろ!」


「仕方ないじゃないですか! 私が死んだら、もうソラトさんを復活させられないんです!」


「魔法修行で俺が蘇生魔法と治癒魔法を覚えりゃ良いだろ!」


「治癒魔法と蘇生魔法は特別なんです! 他の魔法を覚えたら、もうその2つの魔法は覚えられないんです!」


「なんだよそれ! 先に言えよ! つうか、だからって俺を盾にするなよ! レーザーが当たる度に痛いんだよ! こっちの身にも――」


「まだ生きてるぞ、あいつ! もっと撃て!」


「あわわ! ソラトさん、もう一度ごめんなさい!」


 俺の抗議も虚しく、俺はフユメの盾にされ、何度目かのあの世へ。そして何度目かの復活。

 いつまでもこんなことを続けていたところで、俺の精神が崩壊するだけだ。


 神様もびっくりの何度目かの復活を遂げた俺は、フユメを連れて近くの路地裏を走る。


「おい! 魔法使用の許可はまだなのか!?」


「もう許可は出てます!」


「俺には通達なしかよ! というか、許可が下りたところで何の魔法を使えば良いんだ!?」


「さっきのチンピラのレーザーです! あれだけレーザーで撃たれたんですから、魔法として覚えているはずです! さっきのは魔法修行みたいなものだったんですよ!」


「あんなの、俺の望んだ魔法修行じゃないぞ!」


「私が想定してた魔法修行でもないです!」


「いたぞ! あそこだ! 今度こそあいつらを殺せ!」


「クソ……しつこいヤツらだな!」


 わずかな時間を稼ごうと、近くに積まれていた缶を路地にばら撒く。

 ガラクタらしくけたたましい音を立てながら地面に崩された缶は、男たちの行く手を遮った。


 これで多少の時間は稼げただろうが、俺は足を止めたまま、崩れた缶を見つめる。

 使い古され年季の入った缶は、地面に崩れただけで形を失い、いつからそこに入っていたのか分からぬ黒い液体を流し出していた。

 粘り気のある液体は、俺の直感を呼び起こす。そして俺は、直感だけを頼りに、ラグルエルに教えられた・・・・・炎魔法を使い、缶から流れ出した液体に火をつけた。


 俺の直感は正しかったらしい。火は瞬く間に黒い液体全体に広がり、炎の壁が路地を塞いだのだ。


「よし、今度はこっちの番だ!」


 今、俺たちは炎の壁に守られている。今こそ逃げるのを止め、あのガラの悪い男たちに反撃するべき時だ。


 炎に向かって俺は両手を突き出し、思い出す。五感で感じたレーザーを思い出し、想像し、再現する。

 刹那、突き出した俺の両手から赤いレーザーが放たれた。

 レーザーは炎を突き抜け、炎の向こう側からは男たちの悲鳴が聞こえてくる。先ほどまで俺に襲い掛かってきたレーザーは、俺の魔法として男たちに襲い掛かっているのだ。


 怒りと憎しみを魔法に込めなかった、と言えばウソになる。

 しかし今の俺は、覚えたての魔法を放ち自分の命を守ることに必死だった。


 しばらく無我夢中でレーザーを放ち、俺がようやく魔法を使うのを止めたのは、もはや男たちの悲鳴すらも鳴りを潜めた頃である。

 魔法を止めると、炎の向こう側からは、男たちではなく街の者たちの話し声しか聞こえてこない。


「見ろよ、死体まみれだ」


「またボッズ・グループの殺しかよ。今度はどんなヤツが……って、おいマジか!」


「こいつ、ボッズのドラ息子じゃねえか!」


「ボッズのシマの中心でドラ息子が殺された? やべえ! 戦争でもはじまるのか!?」


「しばらくは外に出ねえ方が良いな」


 物騒な話し声が聞こえてくるが、俺は気にしない。俺はただ、自分の命を守ろうとしただけだ。何度も死にながら、自分の命を守ろうとしただけだ。


 俺の背後では、フユメが全身の力を抜き、ぐったりと地面に座り込んでいる。


「なんとか生きてるみたいですね。良かったぁ」


「この世界に転移して、いきなり人を殺しちまったぞ……」


「気にする必要はありません。さっきのチンピラたちはソラトさんを殺害しようとしたんです。ソラトさんの反撃は正当防衛です」


「まあ、そうだよな」


 自分の命を守ろうとした結果なのだから、俺の行為が正当防衛であるのは理解している。


 それにしても、フユメの言葉は鋭く尖っているように感じられた。丁寧かつ快活な彼女の口調が、その冷酷さに磨きをかけている。

 もしやフユメは、俺なんかよりもよっぽど強い人なのではないか、と俺は思った。


 いや、今はそれどころではないだろう。まずはこの街を抜け出す方法を探さないと。


「フユメ、そのジャケット脱げ」


「い、いきなり脱げとはなんですか!」


「変な勘違いするな。こんな治安の悪い街で、お前のフォーマル衣装はマズいって言ってんだ」


「ああ、そういうことですか。確かに、ソラトさんの言う通りですね」


 フユメは納得したようにうなずくと、すぐさまジャケットを脱ぐ。

 白シャツ姿のフユメとともに、俺は路地裏を歩き出した。


「まずは、この街を抜け出す方法だ。こんな危なっかしい街、さっさとおさらばしよう」


「はい、できるだけ早く、この街を抜け出しましょう。魔法修行に最適な場所を見つけるのは、その後です」


「だな。とはいえ、ここがどこなのかも分からん。情報収集が必要だな」


「とりあえず街の中心に向かいましょうか」


 人が集まれば集まるほど、そこには情報も集まる。

 何も分からず危険な街を歩く現状を脱するためには、フユメの言う通り、街の中心地に向かうのが最適解だ。


    *


 俺たちは路地裏を抜け、大通りを慎重に歩きながら、人の流れに沿って歩き続ける。

 

 思いの外、この街は大きいようだ。どこまで歩いても、廃墟のような建物とガラクタが並び、多種多様な生物が牽制し合う、ゴミ溜めが続くのである。

 

 ただし、街を歩いているうち、この『ステラー』という世界が文明の進んだ世界であるということも理解した。

 街を走る乗り物は馬車でもなければ車でもない。見た目だけならば車によく似ているが、それらはタイヤを持つことなく、地面から数十センチほど宙に浮かび、ホバー移動するかのごとく街中を駆け抜けていくのだ。

 それだけではない。風に揺れる布切れの隙間から空を見上げると、大小さまざま、個性豊かな航空機が飛び交っていた。

 翼や回転翼を持たぬ航空機も数多くいる時点で、あれらが俺の知っている航空機でないのは確かだろう。

 

 見知らぬ生物、見知らぬ乗り物。

 想像していた形ではなかったものの、俺はようやく、自分が異世界にいるのだと強く認識するようになっていた。

 

 人と乗り物はだんだんと増え、舗装された道は混雑していく。これは俺たちが街の中心に近づいている証だ。

 

 廃墟のような建物は減っていき、俺たちの目の前には、雑多としながらも大型客船のように巨大な建物が現れた。

 建物の前に広がる広場では、大勢の話し声や怒号が絶え間なく響いている。

 ここが街の中心街であるのは間違いなさそうだ。

 

 俺たちは巨大な建物に足を踏み入れ、近場にあったベンチに腰を落ち着ける。


「なんとか中心街まで来たけど、さてどうするか」


「少し建物の中を見て回ってきます。ソラトさんはこれを」


「これは?」


 フユメから手渡されたのは、小さく折りたたまれた一枚の紙のようなもの。


「それを開いて、少しだけ強く振ってみてください」


 素直にフユメの言葉に従い、紙のようなものを開き強く振ってみる。

 すると、紙のようなそれはガラス板のように固まり、『魔物一覧』という文字が浮かび上がった。


「それは図鑑みたいなものです。すでに『ムーヴ』で確認されている魔物の情報が書かれていますから、目を通しておいてください」


「了解」


 魔物図鑑・・・・だけ渡し、人混みの中に消えていくフユメ。


 特にやることのない俺は、ベンチに深く座りながら図鑑を眺めた。

 図鑑のページはこちらの目の動きに合わせ自動的に進んでいき、必要最低限の情報だけを俺に与えてくる。


 図鑑を見ていて分かったことは、『ムーヴ』に現れた魔物が俺のよく知っている魔物たちであるということだ。写真付きで紹介されるオークやゴブリン、ガーゴイル、ドラゴンといった往年のモンスターたちは、四元素の魔法を駆使して人間に襲い掛かるのだとか。

 あまりの王道ファンタジーぶりに、俺が見ているのは図鑑ではなく、ファンタジーゲームの攻略本やWikiなのではないか、という気分になってきた。


 ただし、魔物の中でも特に四天王が使う魔法は、街ひとつを破壊し山を削る威力があるらしい。

 これがゲームであれば、少し難易度が高くないかと文句を言いたいところだ。

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