第1章4話 マジかよ……レーザー銃は想定外だ……

 数秒の後に光が消えると、そこはもうラグルエルの執務室ではない。 

 俺たちの視界に映ったのは、重くのしかかる分厚い雲と、無作為に横たわる数多の岩、不毛という言葉がぴったりの景色、そして地面に転がる複数の死体。


「おい、これはどういうことだ?」


「どういうこと、というのは、どういうことでしょうか?」


「『ステラー』は地球文明よりも遥かに優れた文明があるって聞いてたんだが」


「はい、そうですね」


「荒野が目の前に広がってるんだが」


「はい、そうですね」


「いきなり死体が転がってるんだが」


「はい、そうですね」


「すごい世紀末感がするんだけど。まさか『ステラー』って、文明が発展しすぎて核戦争が起きた後の世界じゃないよな?」


「はい、違います」


 自信満々に、はっきりと答えたフユメ。

 彼女はしばし首をかしげながら、淡々と現状を説明しはじめた。


「たぶん、マスターはランダム転移を使ったんだと思います。『ステラー』は広いですから、きっと辺境の地に転移してしまったんじゃないかと」


「なんだそれ、面倒だな」


「でも大丈夫だと思います。ほら、後ろを見てください」


 言われた通り振り返ると、俺たちの背後には街が広がっていた。いきなり荒野で遭難、とならなかったのは不幸中の幸いである。


 しかし、背後に街があるからといって、安心できるわけでもない。


 街に並ぶのは、雨だれに汚れた廃墟のような建物。隙間もなくびっしりと荒野を覆うそれらは、道端のガラクタと合わせて、無機質かつ貧相な雰囲気を放っている。

 住人には申し訳ないが、正直な言葉で表現すると、ゴミのような街だ。


 それでも荒野を歩くよりはマシだろうと、俺とフユメは街を歩く。


 ガラクタと化した機械の破片を避け、舗装されていない道を歩けば、少なくとも俺がいるこの場所が、俺の知っている世界でないのは理解できた。

 街行く人々は、そのほとんどが人ではない。だからと言って、オークやゴブリンといったファンタジー世界の生き物でもない。

 サイの角のようなものを生やした三足歩行生物、人間と同じ形をしながら、青みがかった肌に触角を垂らす生物、毛深く丸っこい生物、ましてや生物ですらないロボットなど、俺の常識をいとも容易く打ち砕くような者たちが、ゴミのような街を跋扈しているのだ。


 彼らに共通しているのは、皆が言語を持っていること、つまり知能がある生物であること。


「なあフユメ、ひとつ質問」


「なんですか?」


「どう見ても日本語を喋りそうにないヤツらが、どうして日本語を喋ってる?」


「彼らが日本語を喋っているわけではありません。私たちは魔力を認識できる人間です。そして言葉は概念を記号化したものです。魔力は言葉として記号化される前の概念を――」


「よく分からん。つまり?」


「ええと……魔力は万能翻訳機」


「なるほど納得」


 言語の壁がないというのは素晴らしいことだ。言語の勉強と魔法修行を同時に行うのは面倒だったので、魔力に感謝である。


 ところで、しばらく街を歩いているうち、街行く者たちの共通点をもうひとつ見つけてしまった。それは、誰もが眼光鋭く、周りを警戒し牽制しているということ。

 誰かが小石を投げ込めば嵐が吹き荒れるほどに、この街は一触即発の状態なのだ。

 こんな状況でもなければ決して街に足を踏み入れることはなかった、危険な匂いが辺りを漂っている。


「ふざけてんじゃねえぞ!」


 突如として街に響く怒号。小石はとうに投げ込まれていたらしい。


 怒号とともに、ガラの悪い男たち――全員人間ではない――が廃墟から出てくる。彼らは1人の人間――この街ではじめて見た人間――を道に引きずり出し、その人間を何度も蹴り上げていた。


「約束と違うじゃねえか! てめえは、ボスのスピーダーをガラクタにする気か? ああ?」


 ガラの悪い男たちのリーダーと思わしき、毛深くもスラリとした体型を4本の足で支える男が怒号の主。引きずり出された人間は苦痛と屈辱に耐えながら、言葉を絞り出す。


「お、俺はお前らに言われた通りに修理しただけだ! ただ修理に使う部品が――」


「言い訳言ってんじゃねえぞ!」


 人間の腹に強烈な足蹴りが直撃、人間は唾を吐き散らし声にもならぬ呻きを漏らす。

 あまりにも酷すぎるその光景は、他の者たちにとっても気分の良いものではないらしい。


「またボッズ・グループのドラ息子が因縁つけてるのか」


「これで何軒目だ?」


「仕方ねえだろ。ここいらはボッズ・グループのシマなんだからよ」


 誰しもが乾いた視線をガラの悪い男たちに向け、しかし彼らの標的にならぬよう細心の注意を払う。


 ガラの悪い男たちは、散々に痛めつけた人間に飽きたか、人間を道に放置し言い放った。


「責任は取ってもらうぞ。てめえの息子、売っぱらえ。多少の金にはなる」


「い……いや! それだけは……! 頼む!」


「チッ、ニンゲンってのはどうしてこう、賢い選択ができねえんだ?」


「あの子は私たち家族の宝なんだ! 金のために売るなんて――」


「うるせえ! おい、こいつの息子を引っ張り出せ!」


 気分が悪い。ああいう現場は、もう二度と見たくはなかったのだが。


 程度の差はあれど、根本はあの時と同じだ。ああいった悪意と無関心が誰かを殺すのだ。

 あの時から、俺はああいう奴らが大嫌いになったのだ。


 怒りは心に抑えきれず、俺の目つきに反映されてしまったらしい。

 そしてその目を、ガラの悪い男たちは見逃さなかった。


「おいてめえ! なんだその目は! 喧嘩売ってんのか! ああ?」


「見ろよ、あいつもニンゲンだぜ。しかも女もいる。男殺して、女を売れば金になるぞ」


 下品に笑って、次の痛めつける相手を俺たちに定めた男たち。


 喧嘩の大安売りだ、買ってやるから俺の喧嘩も買え、という強気は俺の心の声。俺の本能は、ここから逃げろと叫んでいる。

 本能に従ったのはフユメであった。


「逃げましょう!」


 正しいのはフユメのその言葉だった。

 ところが俺は、一瞬でも男たちに抗おうとしてしまった。それが間違いだった。


 男たちの中の1人が黒い道具を手に取る。あれが銃であるのは間違いない。

 銃口は俺に向けられ、男は下卑た笑みを浮かべながら引き金を引く。引き金が引かれると、銃口から赤い光が飛び出し、光は俺の足を貫いた。


「ソラトさん!」


「マジかよ……レーザー銃は想定外だ……」


 激痛に顔を歪め男たちを睨みつける俺だが、男たちは容赦なし。

 彼らはおもちゃで遊ぶ子供のようにレーザー銃を連射、俺の体に赤のレーザーが次々と突き刺さる。

 全ての感覚が悲鳴を上げ、意識は薄れていった。


 真の英雄、ここに死す。


    *


 俺は確かに死んだ。だが俺は、再び意識を取り戻した。

 穴だらけになったはずの体は元通り、痛みはもう感じない。

 最後に見たガラの悪い笑みは、今では冷や汗を垂らすフユメの必死な表情に上書きされる。


「俺……どうして……?」


「蘇生魔法で蘇らせました!」


「そ、そうか。ありがとう」


「早く逃げますよ!」


 一度死んだはずなのに、再び立ち上がり街を走る。不思議な感覚だ。

 ガラの悪い男たちも、明らかに死んだはずの俺が逃げ出したのを見て、豆鉄砲を食らった鳩のような表情で立ち尽くしている。

 今が逃げるチャンスか。


「なんだあいつ……もっと撃て! あいつをブッ殺せ!」


 チャンスどころではなかった。男たちはさらに興奮し、全員が銃を取り出す。


 狙いもつけずに放たれたレーザーは、そのほとんどが俺やフユメの脇をかすめ、いくつかは俺の背中を焼き焦がした。

 当たりどころが悪かったのだろう、俺の意識はレーザーが当たった衝撃とともに、あの世へと飛んで行く。

 ただし、飛んで行った意識はフユメがすぐさま回収、彼女の蘇生魔法で俺は生き返った。


 生き返った直後、またもレーザーが俺の背中に衝撃を与え、意識は遠くへ。

 それでも俺の意識は、フユメの蘇生魔法によって俺の体に帰ってくる。


 痛みと死、復活を繰り返す度、自分の命の軽さと重さを思い知り、だがそれどころではない現状に心は焦るばかり。


「魔法です! 魔法で反撃しましょう! あの呪文を!」


「え!? あ、ああ! 確か……そうだ、ラーヴ・ヴェッセル!」


 覚えたての呪文を叫び、これで形勢逆転、というわけにはいかない。

 ラグルエルの魔法使用許可が下り、俺が魔法を使うよりも早く、男たちのレーザーが俺に殺到してしまうのだ。


 呪文を叫んでからも、俺は4度死に、4度蘇った。


「どうかしてるぞ……あいつ……!」


「女ごと撃て! なんとかしてあいつを殺すぞ!」


 死んでも死なない俺は、あいつをどうにかして殺そうという迷惑な目標を、ガラの悪い男たちに与えてしまったらしい。

 男たちはついにライフルを取り出し、街行く者たちをも気にせずレーザーを乱射した。

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